十四
私はマキナの独白の中途、ある気詰りを懐えた。血の低徊が突如*渇筆の如く乾燥り、瞳孔は潤み、脈拍は擾乱され、精神は何者かによって攪拌されたかのような、あの呼吸苦さである。
独唱のような披瀝は何時しか燦ついた様相を呈した。私が今聴いたのは、運命を見透したような、*端倪すべからざる私語きであった。自分の裡を曝れたような邪念に駆られ、靭く不審しんだ。女に*敵愾心らしきものを懐えたのは是が初であろう。マキナの心の裡に視られた、空恐ろしい焔の舌は点々と肉の鎧を炙って居るかのようである。
マキナの叙情は茫漠を深め、私は昏迷に苛まれていった。この徒然とした騒擾はマキナの容貌を徹して父母の幻を泛ばせた。恰度肉を有ぬものが影を有ぬのと同一ように、肉感の伴わない、上擦った実感が故意に淡い記憶から象徴られ、現実からその身を背伸させて居た。
私は皆も有っている、父母の遍在化された肉の記憶に不忠義であった。私は青春に疎い許ではなく、親子の情にも疎んでいた。疎む許に*胡座を掻き、決して知己こうとはしなかった。歩寄りは強大で岩乗な壁となって幾度となく立跨かった。終にそれは私を縛る存在へと達った。困むことはなかったが、然とて怡ばしくもなかった。
例も一条の川が二個を距た。私は*逝水を視る許で、水面の晃乎は恒に間遠であり、人心地の喋聒しさは*漣に掻消された。私にも普通の情と云うものはあったようであるが、それが吃を呈げ初めたのは、こんな一句からではなかったろうか。
「貴郎はかわの傍で拾ったのよ」
*渇筆…かすりふで
*端倪…推測すること
*敵愾心…相手に対する憤りや憎しみから発する強い闘争心
*胡座を掻く…自分では何もしないで、好い気な態度でいること
*逝水…水の流れ
*漣…細やかに立つ涙




