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十三

「あゝ、まだ受け入れられないのね。えゝ、わかりますとも。仕方ありませんわ、私もそうでしたもの。まあ、なんと可哀想な御方(おかた)!命あるもののなかではお独りなんですもの。あゝ、貴郎(あなた)にも御覧(おみせ)したいですわ、悲哀に満ち、*歔欷(きょき)に歪んだ(まつり)運搬(はこば)れてくるのを。

「*黒紗(くろしゃ)胡蝶(ちょう)が死の袖を()くさまを。それはそれは美しい悲劇でしたのよ。貴郎(あなた)父御(ちちぎみ)の一層深く装上(もりあが)った(しわ)がその溝の一個一個(ひとつひとつ)(さみ)しさを満々(いっぱい)に(たた)え、母御(ははぎみ)呻吟(さまよ)いに膨れた豊頰(ほお)から*滂沱(ぼうだ)(なみだ)を辷らかすさま。葬送(そうそう)の花束と云ったらもう表現(いいあらわ)すことの不可能(できな)いものでありましたのよ、私、そこで神聖めいたものを視たのですわ。

「そうして*灯明(みあかし)は私に不断の火焔(ほのお)を点じたのでしてよ。私に命の動揺(ゆらめ)きを示してくれたのは貴郎(あなた)でした。敬弔(とむら)いの*供華(くうげ)を私の*名代(みょうだい)(おもいみ)ますれば、なおも哀悼(いたみ)の色が()せることはありませんでした。胡蝶蘭(こちょうらん)の心は私の(なか)にも流れておりましたの。白菊(きく)(しおり)でさえあなたを(とむら)うためと思われるのでありました。しかし、私は蓮華(はす)容貌(みすがた)忘却(わすれ)たことは一度もなかったのでございます。

「ああ、花は死者の現世に於ける(ただ)一個(ひとつ)とれる(すがた)なのだとしたらなんと美しく、心悲(うらがな)しいことでありましょう。でもたとえ貴郎(あなた)花弁(はなびら)の人となっても、私は貴郎(あなた)を見つけ出す確信が御座いましたのよ。

「葬送の折、私は道端に咲く花を一個(ひとつ)摘みましたの。それは(まこと)に美しい花圃(かほ)に揃えられた叢生(くさばな)で*斑雪(はだらゆき)のように嵩を張った秋桜(こすもす)でしたの。花の主人には悪う思うとこおろも御座いましたけれども、貴郎(あなた)の遥かな旅路を想えばなんともありませんでしたわ。ああ、こんなことを申し開けばこころやさしい貴郎(あなた)のことです。さぞお嘆き、さぞお悲しみになることでしょう。花嫁もとらず、死の床へ一人歩きしていったあなたは、私にとって英雄のようにうつりましたのよ。殉教者ですらあなたには遠く及びますまい。

「儒教では人が死歿(なくな)るとその魂は(こん)(はく)別離(わかれ)るそうで、(こん)は天へ昇り、(はく)は地に逗留(とどま)るそうで御座います。貴郎(あなた)(はく)一本道(まっすぐ)秋桜(こすもす)(なか)飛込(とびこ)み、私の(ふところ)温々(ぬくみ)を帯びたという想いが附いて離れませんでした。(あたくし)現世(このよ)で唯一人貴郎(あなた)()り、貴郎(あなた)憂鬱(うれい)に触れました。(いえ)、今になって考えればそう想って居ただけのことでしたわね。でもその想いが肉を授かったのは*(たまさか)ではなかったのです。あなたの憂鬱(うれい)に触れた私はあなたの求婚(つまどい)()ない(わけ)何処(どこ)に在りましょうか。(あたくし)天啓(おつげ)(たまわ)りましたのよ。それは花の神託(おつげ)でした。

「私は(たなそこ)秋桜(こすもす)()んだのでした」

*歔欷…すすりなき

*黒紗…目が荒く透ける布地でつくられた幕。そのなかでも黒いもの

*滂沱…涙のとめどなく流れる様

*灯明…神仏に供える灯火

*供華…仏前または死者に花を供えること

*名代…人の代わりに立つこと

*斑雪…はらはらとまばらに降る雪

*偶…たまたま

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