神様との出会い
「よう、お前、俺の世界で無双してみないか?」
この新手のナンパ文句はなんだろうか。それに俺は男だ。こんな訳の分からない奴の言うことなんて聞かずに作業に戻らないと。
「さすがにこんな腐った電脳世界で英雄気取りしてるだけあってクソみたいな奴だな。人の話は聞くもんだぜ? 親から教えられなかったか?」
急に視界が動いたと思ったら目の前にはさっきの男がいた。俺は首を掴まれて持ち上げられた格好になっている。だが、これはありえない。俺がいるゲームの世界ではこのコマンドはないからだ。
「お、お前・・・一体何者だ?」
「ようやく話を聞く気になったか。俺の名前は・・・そうだな、アシュトラとでも名乗っておくか。まぁ、正直名前なんてどうでもいいんだ。
俺は神様をやってるんだが、どうも退屈でつまらん世界で飽き飽きしてた。何も起きはせず、人間は変わらず戦争ばかり。クソつまらん。
そこでだ、異世界から人間を連れてきて何か面白いことでもしようかと考えたんだ。連れてくると言っても何をさせれば面白いのかそこからずっと考えて考えて出た答えが、俺の世界で無双させること」
「無双だって? つまり、俺がお前の世界にいって一騎当千でもしろってのか?」
「その通り! 急に来た異世界人にバッタバッタと倒される人間たちはどう思う? どんな顔をすると思う? どういった感情が芽生えると思う? 考えただけで面白くてしょうがない!」
なんだこのイカれた自称神様は。邪悪な笑顔を浮かべて人が苦しんでいるのが楽しいと言っている。狂気。その一言でこいつを表すことが出来る。
「狂ってる・・・」
「あぁ? 狂ってる? じゃあ、逆に聞くがお前は狂ってないのか? 何をするでもなく1日中電脳世界に入り込み、毎日を無駄に過ごす日々。命は限りあるのに無駄な消費をすることをいとわない。ククク・・・それのどこが狂ってないんだ?
電脳世界で他のプレイヤーを圧倒し、ランキング1位獲得してから無敗の英雄さん。仮想世界でそれだけ有名ってことは現実世界では反比例して―――」
俺は全てを言う前にアシュトラに斬りかかった。あまりにもムカついたからだ。突然人の前に現れたと思ったら好き勝手に言って俺の全てを否定してきたこの男を許せなかった。そう思ったら勝手に体が動いていた。
上段から斜めに斬りかかる。それを防がれることは想定済みだから途中で手を放す。そして、勢いを付けて左手でそれをキャッチすると反対側から回り込んで斬りつける。だが、それも防がれる。
驚きはしたが、攻撃の手を止めはしない。このゲームにおける必殺技に位置づけされる奥義はコンボによって発動されるからだ。最初のコンボが少ない時はそれ用の攻撃でコンボを稼いで徐々に強力な攻撃へと繋げていくというのがこのゲーム最大の面白味だ。
ただ闇雲に攻撃すればいいという訳でない。攻撃から攻撃へと繋がるコンボになるにはルートが決まっており、そこから分岐していくため初手は一緒でも途中から無数に別れる。
そして、俺の攻撃を全てをアシュトラは防いでいるがコンボのカウントは貯まっている。もう少しでもう少しで・・・今だ!
「奥義! エタニティ・ストリーム!」
無限かと思われる剣閃がアシュトラを襲う。ゲーム内における片手剣の最上級奥義エタニティ・ストリームは50コンボ達成後に前派生のゼロ・リミットを発動することで使うことが出来る奥義である。ゼロ・リミットまでの過程でコンボが途切れてしまうプレイヤーが大半であり、例えコンボを達成したとしてもその後の技を出すことが出来ずに挫折プレイヤーばかりであった。
無敗の英雄が現れるまでは伝説の技とされてきたその技をアシュトラに全て叩き込む。・・・やったか?
「ばーか、それ負けフラグって言うんだよ」
「なっ!?」
俺の攻撃を受けてアシュトラは無傷でそこに立っていた。あり得ない。確かに手応えがあった。どうしてそれなのに無傷なんだ?
「どうして無傷なんだ?って顔してるな。教えてやるよ。俺はお前の全ての攻撃を避けたのさ。欠伸が出るくらい遅い攻撃だったから途中でお前の剣に落書きもしといたぞ。
剣先を見てみな」
アシュトラに言われるまま剣先を見て俺は驚愕する。あいつの言う通り剣先にはアシュトラ強いという落書きがしてあった。
いや、驚きはそれよりもゲームシステム上で武器に落書きが出来るという物はない。なのにこいつはそれをやってのけた。さっきの首を掴むモーションといい本当にこいつは・・・。
「仮想世界における英雄は果たして異世界でも英雄足り得るか? 現実世界は確かに冴えないただの人間のガキだ。しかし、それが一転して仮想世界では英雄と崇められる存在となる。
そこの線引きはなんだろうなー。リアルだからかバーチャルだからか。肉体という概念が邪魔をするからか? そんなものは関係ない。全ては凝り固まった頭の中の常識だ。
こうだから何かが出来ない。それを常に頭の片隅で考えてしまっている。現実という言葉だったりが足枷となってるんだ。だが、仮想世界ではそれがない。システムの全てを熟知していない限りはプレイヤーはこうだから何かが出来るという思考回路になる。つまり、枷がない状態だ。その状態での人は何でも出来る。不可能な事なんて何もないと感じるほどにな。
お前はどっちになりたい? 鎖で縛られて可能性が潰された現実世界のただのクソガキか。はたまた枷がない可能性に溢れた仮想世界の英雄か。チャンスはいつまでもは待ってくれないぞ」
アシュトラの言っていることのほとんどは訳が分からなかった。正直、頭がおかしい人間とまで思えるほどであった。だが、俺はアシュトラの可能性に溢れた世界という言葉に惹かれた。現実世界に一切の未練も後悔も無かった俺はアシュトラが差し出している手をすぐに取った。
異世界? 無双? そんなものは関係ない。俺が必要とされる世界ならどこにだって行くさ。だってそうだろ? 誰だって必要とされる時は嬉しいもんさ。
「決まりだな。ようこそ! 俺の世界サンサーラへ! 歓迎するぜ英雄 グレンよ!」
こうして俺は新たなる世界へ旅立つことになった。後になって思うがもう少し人を疑うことをするべきだとこの時の自分に言い聞かせたいがそれも今になってはいい思い出だ。新世界よ! 俺は無双しにいくぞ!