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第二十話 作戦開始前





「……」


 窓を覆っているカーテンの隙間から差し込む日の光に照らされて私は重い目蓋を開けて目を覚ます。


「朝……」


 これほど朝を迎えたくないと思った事は無い。そう思いながら差し込む太陽の光を恨めしく見る。


「……」


 私はとても重く感じる身体をゆっくりと起こしてベッドから降り、重い足取りでクローゼットへと向かう。


(今日でここに居るのも、最後なのね……)


 長く居たとあって思い出は良くも悪くと様々あるが、いざここから去るとなると寂しさが込み上げてくる。しかもその理由が理由とあると更に悔しさが込み上げてくる。


「……」


 ふと脳裏に彼の顔が過ぎり、クローゼットの前で立ち止まる。


「キョウスケ……」


 私は彼の名前を口にして、俯いた。



 彼との出会いは、私を大きく変えてくれた。


 育てられた環境からか、私は人と接する事が苦手だった。けど、不思議と彼だけは苦手と言う意識は無かった。初めて出会った時の出来事が夢の内容とよく似ていた事もあったから、私は気になって彼との接触を図ってきた。

 そして彼との接した日々は私を大きく変えた。


 でも、ブレンを離れれば、もう二度と彼と会うことは無い。いや、彼は冒険者だ。もしかしたらどこかで会う可能性は僅かでもあるだろう。まぁ、ほんの僅かな、万に一つの可能性でしかないのだが。




「……」


 パジャマを脱いで騎士団の制服に着替えると、クローゼットの扉の裏に取り付けられている鏡の前に立って自分の姿を見る。


(この格好も今日で最後、か)


 割と気に入っていた服装だったので、少し寂しかった。だからこそ、ちゃんと目に焼き付けておかないと。もうこの制服を着ることは二度と無いのだから。


「……」


 鏡に映る自分の姿を見ていると無意識の内にため息が出て、私は思わず目を逸らす。


 自分でも分かるぐらいに顔はやつれ、顔色は悪く、目の下に隈ができていた。


(もし、あの時にキョウスケに連れて貰っていたら、自由になれたのかな)


 あの日の夜、密かに彼に会いに行った時に私は言った。『私が望んだら、どこかに連れて行ってくれる?』と。もしその時に連れて貰えれば、こんなに苦しむ事は無かったのだろうか。

 今頃、自由な時間を過ごせたのだろうか。


(駄目。それじゃ、キョウスケに迷惑を掛けちゃう)


 私はすぐにその考えを頭から振り払う。確かに得られるものはある。だが、同時に犠牲となるものもある。

 他人を犠牲にしてまで、自由を得たいわけじゃない。


(キョウスケには、関係の無い話。これは私の問題なのだから……覚悟を決めるしかない)


 どの道今の自分に出来る事はもう無い。受け入れるしかないのだ。


「……」


 重く感じる足を動かして扉を開けて部屋を出る。



「やぁ、フィリア。おはよう」


「……えぇ、おはよう」


 部屋を出るとアレンが待っており、挨拶をしてくる。私は気が進まなかったけど、一応挨拶する。


「今日はとても良い朝だね」


「……」


「そして君も何時見ても美しい」


(この姿でよくそんな事が言えるわね)


 今の私の姿は自覚ができるぐらい、アレンの言っている姿とは言い難い姿だ。正直言ってこの男の頭はどうなっているんだと思う。

 そんな男が私の夫となるのだ。正直言うと、顔を見るのも嫌になる。


「どうしたんだい? 緊張でもしているのかい?」


「……」


「まぁ、今日は僕達の新しい人生への歩みへの一歩の日になるんだ。緊張しても無理ないか」


(こんな姿からどうやったらそんな事が言えるの)


 本当にこの男の頭がどうなっているのか理解出来ない。なんだか頭痛がしてきた。


「出発まで時間がある。それまで僕と一緒に過ごそうじゃないか」


 この男はそう言って私の肩に手を置く。


「……遠慮しておくわ。一人で居たいの」


 私は嫌いな虫を払うように手を退かしてこの男の元を離れる。


(少しでも、この男から離れていたい……)


 今はただ、この男から少しでも離れていたい、ただ、それだけだった。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……」


 宿舎の自室から出た私は襟元を調える。


(たった一日しかなかったが、可能な限り準備は整えた。後は実行に移すだけだ)


 昨日の間に出来る事は全て行った。今頃キョウスケ殿は作戦開始地点で最終確認を行っている頃だろう。


(しかし、昨日渡されたあれは、うまくいくのだろうか)


 昨日セフィラとリーンベルにキョウスケ殿からある物を渡されており、扱い方は昨日の内にキョウスケ殿が教えている。

 それは扱い次第では状況の行方を左右すると言っていたな。


 だが、そうは言ってもすぐに信じられるかどうかは別の話になる。


「……」


 私は懐に忍ばせている物を服の上から触れる。


 これは保険としてキョウスケ殿が渡した物で、形こそ違うがキョスウケ殿が使っている武器と同じ物らしい。もちろん使い方は昨日の内に教えてもらっている。


(出来れば、使わないに越した事は無いのだが……)


 キョウスケ殿はこれはこの類の武器としては威力は小さい方だが、それでも十分殺傷能力があると言っていた。出来れば使い事が無いのを願いたいものだ。


(悩んでもしょうがない。今は、その時を待つだけだ)


 私は深呼吸をして気を引き締め、自室の前から離れる。




 少し歩いて中庭が見える開放的な渡り廊下に出ると、中庭に生えている木にもたれかかるフィリアの姿を見つける。


「……」


 私は物陰に隠れて彼女の様子を窺う。


(フィリア……)


 彼女の雰囲気は誰もが分かるぐらい沈んでおり、哀愁が漂っている。さすがにアレン以外の騎士達も彼女の雰囲気には気付いているが、相変わらずアレンはそれに気付いていない。もはや哀れみすら感じる。


 しばらく彼女を見ていると、フィリアは見上げていた顔を下に向けて目元を袖で何かを拭っていた。


「……」


 私は彼女のその姿を見て、作戦の事を伝えたかった。そうすれば彼女の気持ちは大分落ち着くはずだ。

 だが、キョウスケ殿は作戦の事を彼女に伝えないで欲しいと私やセフィラ、リーンベルに言っている。理由は彼女の変化にアレンが気付く可能性があったからだと言っていた。 


 正直今のフィリアの様子に気付いていないようなアレンがフィリアの変化に気付くとは思えなかった。教えても大丈夫と思うが。

 だが、今の状態で作戦の事を伝えれば、彼女は明るさを取り戻すだろうが、逆に変化が分かりやすく出るかもしれない。


 それに、もしかしたらアレンは気付いていないフリをしている可能性があるので、キョウスケ殿の言う事も理解出来る。


(フィリア。すまないが、今はまだ伝えられない)


 友人に内心で謝罪しながら、私はセフィラとリーンベルを探しに行く。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 見渡す限り広がる草原がある中、地面が盛り上がって緩やかな坂が出来ている丘の上。


 一見すれば足首より上の高さまで生えている草が吹いた風で靡いているように見えるが、よく見ると細かくナニカが動いていた。




 丘の上にギリースーツを身に纏い、うつ伏せになって陣取った俺はジッとその時を待っていた。


(とは言えど、やはりただジッとして待つのはキツイな)


 内心で愚痴りながら水筒の蓋を開けて中に入っている水を飲み、蓋を閉めて腰のベルトに提げる。


 俺が居るのはフィリア達を乗せた馬車の車列が通ると思われるルート上にある草原であり、ここでひたすら馬車の車列を待ってユフィ達と共にフィリアを奪還する。

 その為に昨日の間に作戦に必要な物を彼女達に渡している。


 作戦は第一段階を俺がここから狙撃を行って車列を止め、第二段階で彼女達が兵士達の動きを封じる。その間にユフィがフィリアを連れ出せば、後は俺が近くに草木を被せて偽装して止めている装甲の追加や拡張性を向上させた改造済みの高機動車で彼女達を迎えに行き、その場からスタコラサッサだ。


(まぁ、その通りに作戦が進むかどうか分からんがな)


 俺は近くに置いているサプレッサーを新たに取り付けたM24(カスタム)に触れながら内心呟く。


 だが、失敗は許されない。ここでフィリアを奪還できなければ、奪還のチャンスは無いに等しいし、俺たちはお尋ね者として追われる身となる。いや、俺は遠くに居て尚且つ気付かれにくい武器を使用する。向こうに気付かれる事は恐らく無いので、彼女達だけに罪を背負わせてしまう形になるか。彼女達を囮にして俺だけが逃れる形になるので、罪悪感しかないが、これも彼女達が自ら決めて俺と約束したことだ。

 本来なら俺には関係の無い事だから、罪は自分達が背負っていく、と。


「……」


 その事を思い出しながら立ち上がり、近くに偽装して止めている高機動車の元に歩いていく。


 この高機動車はかなり改造が加えられており、アメリカ軍の『ハンヴィーM1025』みたいに防弾版を全周囲に施し、銃座を追加した物だ。防弾版は少なくとも5.56mm弾に耐えられるぐらいの強度はあるが、さすがに至近距離では貫通される恐れがある。まぁ、この世界では十分すぎる強度ではあるが。

 銃座はハンヴィー同様に天井に設置し、5.56mm機関銃MINIMI以外に7.62mm機関銃M240Bや12.7mm重機関銃M2を搭載出来るようになった。この『高機動車改』には12.7mm重機関銃M2を搭載しており、弾薬も満載している。

 だが、当然これだけの改造を施した事で性能はオリジナルより変化しており、若干機動性は低下してしまったが、大きな変化があるほどではないし、兵員輸送車としては平均的な性能は有している。まぁ銃火器と違って、改造には結構ポイントを消耗したけどな。


 まぁ、ぶっちゃけ言うと、ちょっと形の違うハンヴィーM1025と言った感じだ。


 俺は高機動車改の車体後部のドアを開けて積み込んでいる荷物を再度確認する。


 いざという時に備えて車内には64式小銃や89式小銃と言った銃器に各種弾薬が詰まった弾薬箱の他に非致死性手榴弾を積み込んでおり、壁にズラリと並べられている。

 銃には安全装置を掛けているが、いつでも使えるように初弾は薬室に装填済みだ。


(まぁ、これらを使う状況にならない事を願いたいな)


 内心で呟きながら扉を閉める。



 すると耳に装着しているイヤフォンの様な形をした装置からコール音がして、それに指を当てる。


「こちら土方」


『わ、私だ、キョウスケ殿。聞こえて、いるか?』


 イヤフォンから小さくユフィの声が発せられた。


「あぁ鮮明に聞こえる」


『……本当に会話が出来ているのか』


「そう説明したし、実際に会話を交わしただろ」


『それでも、遠くとなると通じるか分からないだろ』


「まぁ、それもそうか」


 俺は小さく呟いた。


 俺が耳にしているのは小型のイヤフォン型の通信機で、ユフィ達にも同じ物を渡している。


 こいつは本来半径100mの範囲しか電波が届かない代物だが、俺がここまで来る間に通信機の中継器を80m間隔で置いて行っているので、少なくともブレンに居ても無線が届くようになっている。

 まぁ当然遠くなればなるほど無線の感度は悪くなるんだが、ノイズが少ないところからみるとそう遠くではないようだ。


 しかしこんなタイプの通信機は前世では見たことが無いんだよな。何であるかはまぁ今は気にしないで置こう。

 兎に角、結構便利だからいいか。


「それで、どうした?」


『あ、あぁ。途中経過の報告だ。どうやらアレンは予想通り最短ルートで屋敷へと向かうようだ。今は休憩を行う為に道中にある村に居る』


「そうか。なら、作戦は予定通りに」


『分かった。二人にも伝える』


 ユフィはそう言って通信を切る。


(作戦は予定通りか。まぁ、移動する手間が省ける)


 まぁもし別ルートで通るとなっても、ただ場所が変わるだけで、作戦自体に変更は無い。


 俺はすぐにM24(カスタム)の元へ戻ってうつ伏せになって伏射の体勢を取ると傍に置いていた.338ラプア・マグナムが10発収まっているマガジンを手にして挿入口に挿し込み、調整済みだが一応スコープの最終確認を行う。


(車列が村に居ると言う事は、もうそう遠くは無いか)


 となれば、車列がここを通るのも時間の問題か。


 俺は気を引き締めて、M24(カスタム)を手にして身構える。


(フィリア。待っていろ。必ず助ける)


 決意を胸に秘めて、車列が通るのを待つ。




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