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第十二話 フィリアの過去


「それにしても、まさか直接来るなんて思ってなかったな。てっきり呼び出されるのかと思ったが」


「私個人の用があったから、そのついでに渡し物と団長からの用件を伝えにね」


「ついで、ねぇ」


 フィリアの待っているテーブルの向かい側に座った俺はとりあえず料理を頼んでグローブを取りながら彼女が来た用件を聞く。


「で、渡し物って言うと、この間の報酬のことか?」


「えぇ。騎士団に報酬金が来たから、それを渡すように団長から言われたの」


 そう言うとフィリアはテーブルに置いている袋を俺に差し出す。


「結構入っているっぽいが、どのくらいあるんだ?」


 見た感じ今まで貰った報酬より多いかもしれない。


「金貨6枚に銀貨13枚よ」


「そ、そんなにあるのか?」


 予想以上の額に戸惑う。


「ビッグゴブリン辺りの魔物の討伐なら、大体このくらいはあるわ」


「そうなのか」


 袋を引き寄せながら呟く。


 あの程度だと、もっと大きなやつはどのくらいの額になるのだろうか。



 その後に頼んだ料理が来て俺とフィリアは少し遅めの昼食を取る。


「それで、用件ってなんだ?」


 ビーフシチューを掬ったスプーンを口に運んで飲み込んで、俺は問い掛ける。


「団長からあなたに会ったら聴いて欲しい事があるって言われたの」


「……」


 スプーンを置いて口元を布で拭いてから話し出す。


「もしあなたがよければ、騎士団に入団しないかって、団長が言っていたわ」


「騎士団に?」


「えぇ」


「……」


 騎士団に入団か。悪い話ではないが……


「……」


 俺は考えたが、答えはすぐに出た。


「せっかくの話だが、辞退すると伝えてくれ」


 見た感じあの人が腹黒い人とは思えんが、もし俺の力を目的に騎士団に入れるというのなら、願い下げだ。入った後の扱いなど想像がつく。

 それに、俺の事を快く思っていないやつが多いだろうし。


「そう。分かったわ」


「あんまり驚いていないんだな」


「あなたならこの件は断るだろうと思っていたから、期待はしてなかったわ」


「そ、そうなのか」


 こうもバッサリと言われると、地味に傷付くな。


「それにしても、この4日であなたの活躍は凄いものね」


「そうなのか?」


「えぇ。騎士団でもあなたの話題は持ちきりよ」


「持ちきりねぇ。良い意味でも、悪い意味でもあるんだろ?」


「えぇ。あなたのことを評価する者も居れば、快く思っていない者も居るわね」


(だろうな)


 まぁどういった事を考えているのは、大体察しがつく。


「まぁ、そのお陰でビッグゴブリンの討伐依頼騎士団の仕事は町の警護のみとなって、暇を持て余しているわ」


「え……」


「今私がこうしてあなたと話せるのも、やる事がないからなのよ」


「……」


「……」


 気まずくなった空気に俺は頬を掻く。


「その、すまない?」


「何で謝るの? それも疑問系で」


「いや、俺って君達から仕事を取ってばかりだなぁって」


「そうね。それを意図しているかどうかはさて置き、あなたに仕事を取られてばかりね」


「うっ」


「別に責めているわけじゃないわ。騎士団が暇を持て余しているっていうのは聞こえが悪いけど、それだけ平和だって事よ」


「まぁ、そりゃそうだけど」


 物は言いようってやつだが、何か悪いな。 



「……」


 するとフィリアは水の入ったコップを手にして口に運んで一口飲むと、小さくため息の様に息を吐く。


「……? どうした?」


「あっ、いえ。ただ、こうして男性と会話をするのが、楽しいんだなって思って」


「あんまり騎士団じゃ話さないのか?」


「話さないって言うより、会話にならないのよ」


「つまり?」


「騎士団の男性達は私と交友を深めたいって考えているのか、お世辞混じりの会話ばかり。全く弾みがないし、会話も続かない。それに、内容だって全然面白くない」


「……」


「まぁ、それ以前に私がこういう会話に慣れていないって言うのもあるかもしれないけど」


「小さい頃から、会話自体苦手だったのか?」


 でもこの時俺は疑問が過ぎる。


 彼女の家が貴族の中ではどのくらいの地位に当たるかは分からんが、親が伯爵の階級であるのなら貴族同士の会話など多くの経験がある筈。苦手なはずはない。


「苦手と言うより、機会がなかった、と言ったほうが正しいかな」


「……?」


「実を言うと、騎士団に入ってからできた友人は、リーンベルにセフィラだけ。それ以前は、ユフィだけだったの」


「ユフィって言えば、あの黒髪の?」


 フィリアは縦に頷く。


「でも、君は貴族なんだろ? なら、友人は多く居ても」


「えぇ。それが普通なんでしょうね。そう、普通、なのよね……」


 表情を暗くしてフィリアはそう言うと最後に小さく呟く。


「……」


「私、物心が着く前から、何をするにも全て両親に決められていたの。だから、学校はおろか、外に出歩く事すらできなかった」


「出歩く事すらって、じゃぁ、勉強とか習い事とかは?」


「全て屋敷の中、もしくは敷地の中のみよ。その敷地の外から先に出ることは許されなかった」


「……」


「だから、友達もお父様の信頼できる人物の娘であるユフィしか、いなかった」


「友人ですら決め付けられるのかよ」


 まるで箱入り娘だな。いや、それよりも厳しいか?


「もちろん、疑問に思った事はあるわ。何で私だけこんな扱いなのか。何でユフィや他のみんなと違うのかって」


「……」


「お父様やお母様に聞いても、全ては私の為だとしか言わず、その理由は一切言ってくれなかった」


「……」


「疑問に思ったし、不審にも思った。けど、それが私の為なんだって、私の為にしている事なんだって、そう自分に言い聞かせたわ。そうじゃないと、自分の気持ちを抑え込めないから」


「フィリア……」


「そして、ある日お父様と誰かが話しているを聞いたの。よく聞こえなかったけど、話の中で私のことを言っていたわ」


「……」


「もしかしたら、私のこの扱いって、何か別の理由があるんじゃないかって、そう思ったの」


(別の理由、か……)


 どうもきな臭いな。いくら箱入り娘の様に大事に育てようとしても、ここまで行動に制限を掛ける必要があるのか?


「でも、15歳の時に、外に出ることを許してくれたの。同行者が常に居たけど、外の世界を多く知った。何かもが、驚きに満ちていた」


「……」


「まぁ、当時は外に居られたのは少しの間だけだったけど、2年後にはほとんど外に出ることに制約はなくなって、こうして騎士団に居られるようになった」


「……」


 俺は首を傾げる。


 今まで自由を縛っていたのに、なぜ急に自由を与えたんだ? 世間の事や外の世界の事を学ばせる目的があるのだろうが、それならもっと早い段階でしても良かったはず。

 何より、箱入り娘の様に大事に育てていたのに、危険と隣り合わせな場面と多く関わるような騎士にならせるか普通?


 まるで、彼女に何かを悟らせない為に、気を紛らわせているような――――


(いや、考えるだけ無駄か。それに、こう言っちゃ何だが、俺には関係無い話か)


 考えた所で何も知らない俺が答えを出せるわけがないし、家庭の問題に赤の他人の俺が付け入る隙間は無いんだ。


「まぁ、15になる少し前に、外に出たことがあるんだけどね」


「そうなのか?」


「えぇ。ある日の夜にこっそり屋敷から出た事があるの。どうしても外の世界を知りたくて」


「……」


「住んでいた屋敷の裏に山があってね、そこに登って夜空を眺めたわ。その時の光景は、今でも鮮明に覚えている」


 フィリアはとても懐かしそうに微笑を浮かべて語ると、服の下から首から提げている物を取り出す。


「それは?」


「その時に拾った石よ」


 彼女が手にしているのは大体10円玉と500円玉の中間ぐらいの大きさで、武骨な形状をした無色半透明の綺麗な石であった。


「形は兎に角、綺麗な石だな」


「えぇ。とても綺麗だったから、記念に拾ったの」


 フィリアは石を眺めながら答える。




「……そういえば、あの時助けてもらったのって、三度目になるのかしら」


「三度目?」


 石を見ながら小さく呟いた彼女の言葉に俺は首を傾げる。


 あれ? この間二度目って言ってなかったっけ?


「あっ、いえ、これはただの独り言……」


 フィリアは慌てた様子で訂正しようとしたが、意を決してか問い掛けてきた。


「今から、少し変な話をするかもしれないけど、聞いてくれる?」


「別に構わないが」


「……」


 彼女は間を空けてから口を開く。



「あなたと出会う数日前に、夢を見たの」


「夢?」


「えぇ。薄暗い中、私一人だけで武器を持たず、魔物の群れに囲まれているって言う夢を」


 物凄く詰んだ状況だな。


「絶望的な状況なのは誰が見ても分かるものだったけど、私はそれ以外の事が頭の中にあった」


「それ以外の?」


「えぇ。生まれながらにして、私を縛っている状況の表れなのだと、そう脳裏に浮かんだの」


「……」


「どうしてそんなことが最初に思い浮かんだのかは分からない。でも、間違いないって言う確信はあった」


「……」


「そして魔物たちが私に襲いかかろうとした瞬間、突然大きな破裂音がして、魔物の一体が倒れたの」


「破裂音?」


「魔物は破裂音がする度に次々と倒されていき、私の前に居た魔物達が倒されると、誰かが立っていた」


「……」


「その人は魔物を倒しながらこっちに向かって来て、私の前に来た時には私を囲んでいた魔物達は全滅していた」


「それで?」


「その人は私に手を差し伸べて来て、私は何の疑問を抱かずに、その人の手を取って、立ち上がってからその人と一緒にその場から離れるように走った」


「……」


「すると、その人と私が走っている先に光が見えてきて、その瞬間私は目を覚ました」


「……」


「その夢を見た数日後に、あなたと出会い、ゴブリンから助けて貰った」


「あ、あぁ。あの時な」


 俺は思わず視線を外す。


 まさかそれ以前に対面しているとは、口が裂けても言えないよな……。意図が無くても、状況的にこっそりと覗いていたなんて……。


「その時の光景が、若干異なる所はあったけど、あの夢によく似ていたの」


「似ている、か」


「不思議よね。夢にあった光景が、現実でも似た状況で起きるなんて」


「あぁ。全くだな」


 正夢とは正にこのことか。


「だから、三度目って言ったの」 


「なるほどねぇ。でも、夢の中の人物が俺だって事じゃないんだろ?」


「えぇ。顔は暗かったから分からなかったけど、キョウスケが来ているような斑点模様の服を着ていたし、使っていた武器もあなたのとよく似ていた」


「……」


 うーん。不思議なものだな。




「大分話が長くなったわね」


「そうだな」


 俺は腕時計を確認すると大分時間が経っていた。


「それじゃぁ私は戻るわね。団長にはあなたの答えを伝えておくわ」


「頼む」


 俺が報酬金の入った袋を手にして立ち上がり、彼女も同じタイミングで立ち上がる。


「ねぇ、キョウスケ」


「なんだ?」


 昼食代を袋から取り出してテーブルに置いた時にフィリアが問い掛ける。


「その、キョウスケはどのくらいの時間で、ここで夕食を取るの?」


「ん? 急になんだ?」


「あっ、いえ。ただ、会話をしながら夕食を取るのも悪くはないかなって。あなたとの会話は、楽しいから」


「そうか?」


「えぇ」


 まぁ、俺もフィリアと会話するのは、嫌じゃないし、むしろ心地いいと言うか、なんと言うか……。


「……そうだな。まぁ、依頼を終えたぐらいなら大体夜の8時から9時の辺りに夕食を取るかな」


「そう。それなら、今夜も一緒にどう?」


「俺は別に構わないぞ」


「っ! なら、待っているわ」


 フィリアは少し嬉しそうに表情が明るくなる。


「あぁ。じゃぁ、また今夜」


「えぇ。また、今夜」


 俺とフィリアは約束を交わして酒場を後にした。





「……」


 その様子を遠くから見ていた者は、手が白くなるほど握り締めて震えていた。




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