表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

まんじゅう自衛隊

作者: 名無佑馬

お母さんの声がする。

 たぶん、わたしを慰めているのだろうけどうまく認識できない。

「コロン、なんで死んじゃったの」

「そら、もうそろそろね」

 お母さんはわたしを飼っていたペットから引き離す。

小型の狩猟犬のコロンはいつも騎士のように私の側にいてくれた。

 その彼が、小さな箱に包まれている。機械の中へ連れて行かれる。

 大人の人がスイッチを切り替えると、ランプが緑から赤へ。冬の空気が熱気に包まれていく。

 お母さんが用意したお葬式。亡くなったペットを人と同じように火葬してくれるとか。見送るのはわたしとお母さん、おねえちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんだけ。お父さんはいない、コロンへの思い入れがないから。

 男の子って勝手だ。大人でも、わたしと同い年でも。

 犬や猫は追いかけられると本能的に逃げて行く。散歩の途中、同じクラスの男の子がふざけて、わたしの手からリールを奪い、コロンを追いかけまわした。

 わたしの制止を無視した結果、男の子はコロンを走る車の前へ。

 コロンが入ったところからバチバチと音がする。


 今のわたしはどんな顔をしているのだろうか。

「そら、大丈夫?」

 待ち合わせしていた雪奈がわたしの顔を覗く。

「うん、少し楽になった」

心配してくれる親友にわたしは笑顔を見せる。

 雪奈はコロンのことをよく知っていた。彼女とは小学生になってからの付き合いだ。それから三年間、二人が遊ぶ時、側にはコロンがいてくれた。

 大人の人にとってはとても短い時間かもしれないが、わたしには遠い昔のように感じる。

「そっか、ならいいや」

 雪奈は優しく微笑む。私と同い年なのに、どうしてか、時々大人びて見える。いつもわたしは羨ましくなるが、今日はその顔に救われる。

「でも、気が遠くなるほど長いな」

「なにが?」

「次にコロンに会えるのが」

 雪奈は人差し指で空を指す。

「ほら、天国でなら会えるけど。そらも、僕もまだ若いから」

「若いってより、幼いじゃないかな?」

 わたしの指摘を雪奈は笑いで一蹴する。

 雪奈も辛いはずなのに、気を使ってくれている。

「まあ、コロンには一瞬か。あっちでは早く時間が進むって言うし」

 もの知り顔で話を続ける雪奈を横目に、わたしは無理に口角を上げてみる。

 お母さんにも、雪奈にも言うからね、悲しい顔をしたらコロンが安心して天国へ行けないって。

「御姫、待てよ」

 わたしたちの前に寒い中なのに薄着な男の子が前に現れる。彼が追いかけたからコロンが。

「重島、学校に遅れちゃうから、用があるならさっさとして」

 無言で重島くんを見つめるわたしを庇うようにして、雪奈が前に出る。

「いや、晴埼、そんな用ってほどじゃ」

「これ以上、そらをイジメないで」

 雪奈の眼力で、重島くんは戸惑う。

 動きがない重島くんを置いて、わたしたちは通学路を進む。

「死んだら、会えるかな、コロンに」

 重島くんの登場で混乱したわたしは呟いていた。

 その声に反応してか、背後に何かが割れる音がした。

「なんで、鉢植が」

 振り返った先に重島くんは見えない。

 目に見えるのは土が散らばった割れた鉢植だけ。通りがかったマンションの上階に作られたベランダガーデンには不自然なすき間がある。


 それから数日、私の周りで不自然な出来事が起こり続けた。

 みんながいなくなった教室に野球のボールが飛んできた。

 照明が突然割れて、破片が降ってきた。

 目の前のマンホールが突然に壊れて、落ちかけもした。

「コロンが死んだばかりなのに」

「泣きっ面に蜂だね」

 わたしの身の上に起こる状況を端的に表したことわざを雪奈はしれっと言う。冷静でいるが、彼女自身も困った顔をしている。

 ため息をわたしは何度も繰り返す。

 雪奈は苦笑いで返答する。

「なんだろう、あの人」

 雪奈の呆けた声に私の足が止められる。彼女の目線上にはいい大人の男がアリをつついている。ジーパンにチェックのシャツ、上にダウンをはおり、加えて壊れかけの鞄。危ない人にしか見えない。

「何だろうね」

「とりあえずは通報するか?」

 学校では持ち込むことを禁止されているのに、雪奈の手には携帯電話がある。

「そこまでしなくてもいいと思うよ」

 わたしは乾いた笑いで返事をする。

 コロンが亡くなってから不運なことが続いたけど、この男の人もその一連かもしれないかな。

「あ、来る」

 雪奈は防犯ブザーを鳴らす準備をする。持っているのに気付かなかったな、わたし。

「お嬢さん方、失礼」

 男の人は私たちの頭上に腕を滑らせる。一瞬だけブーンと音がしたような気がするけど、わたしの思考は止まっている。わたしの隣にいる雪奈は呆けて、防犯ブザーを落としそうになっている。

 長く息を吐く男の人は握っていた手を開く。そこから蜂が飛んでいく。

「見つけたのはいいけど、まいったな」

 助けてもらったが、男の人がわたしたちに関わってきたことには変わらない。

 わたしも防犯ブザーを手にする。知らない人、特に行動が怪しい人には関わらないようにするのは常識だよね。

「いや、待ってくれ。蜂をどかそうと思っただけだから」

 男の人は焦って足がもつれる。

 カッコ悪く何度も転びながら男の人は去っていった。

「防犯ブザーって効果あるんだな」

 雪奈の納得にわたしはうなずく。


 夜になれば、町は、世界は闇に包まれる。

 闇に浮かぶそれは拒み続けていた。

 形を持たぬそれは、自身が持ち得る空間を必死に振るわせて嫌々する。そうしなければ、抗わなければ、自分は溶けてしまう。

 あの人を守れない。

 それは足を振るわせようとして、歪が起こす。

 何度も繰り返すうちにそれは闇から抜け出た。

 元の姿に近い状態へと形を整える。

 目は元から見えない。それには嗅覚さえあれば十分だった。

 闇から離れて、初めて得た匂いは懐かしいもの。

 首に当たるところを振るそれは周りにそのものが無いか探す。ただ、感覚が完全に覚醒してないそれがわかることは、求めるものが遠ざかっていることだけだった。


 不吉が続く。

 星の巡りで運命が変わると言うならわたしと同じ日に生まれた子たちは同じ目にあっているのだろうか。

 いや、ない。

 物が頭上近くに落ちてくることがあるとしても、黒く、動く正体がわからないものに出くわすことはない。

「あ、変質者だ」

「誰が、変質者だ。ガキンチョ」

 お姉ちゃんに頼まれて、昨夜、コンビニまでアイスを買いに行った。その帰りのことが衝撃的で今日の不幸を受け流していた。それでも、下校時にこの男の人と会うことで最近の運の悪さを再認識した。

「てか、助けたのに色々と失礼ではないかな」

「あなた以外じゃしませんよ」

「よりヒデーな。しかも、防犯ブザー片手」

 隠し持っていたものを男の人に言い当てられて、わたしは冷や汗を流す。

「いや、そうしようと思うのは仕方ないけど、せめて話をさせてくれ」

「いやだ、近づいたら鳴らすよ」

 腕を目の前に伸ばしてわたしは防犯ブザーを堂々と見せる。刺激を与えすぎると突発的に襲い掛かるとか言われたけど、警戒させれば動きづらいだろう。

 男の人は戸惑って、歩を進めようとしない。

「あれ? クウヤなにやってるの?」

 女の人のきれいな高音にわたしは警戒を解かされる。わたしの背後から長い髪を持つ、幼さが残る女性がのんびりと歩いて来る。服装で目につくのがセーターにジーパン、ロングコートのせいでわかりづらいけど、年齢はクウヤとか言う男の人と同じくらいだろう。

「ウミ、助かった」

 クウヤは安堵した表情を見せるが、わたしの手中にある防犯ブザーを見て、眉間にしわを寄せる。

「クウヤくん、何をしたの?」

「昨日、俺、説明したよな?」

 呆れた顔でクウヤはため息をする。

 ウミと言う女の人はわたしに抱き付く。趣味なのかアロマテラピーで使っただろうバラの香りがする。クウヤから守ることが目的だろうけど、違うような。

「おい、警戒されないために一緒に行動してんのに。お前が通報しようとするな」

 ウミさんは携帯電話を取り出して百十番の準備をしている。

「彼女できないからってそれは、メっだよ」

「着々と冤罪の内容を悪化させんな。てか、彼女できないのは言わなくていい」

 クウヤは泣きそうな目をしている。わたしが始めたことだし、クウヤは不審者だけど、少しばかり同情の念が生まれてしまう。

 ウミの言葉にあらかじめ用意していたかのようにクウヤは言葉を返す。疲れそうなくらいクウヤは勢いあるけど。

「て、んなタイミングか。どけいっ」

 唐突にクウヤはわたしたちへ突っ込んでくる。

 ウミさんはわたしを隠すようにより覆いかぶさる。

 状況を理解しきれないわたしの耳に鈍い風の音が入ってくる。

 加えて、その音壊す金属が固いものに衝突した音。

「なにがあったの?」

 ウミさんがわたしを解放したときには、近くのビルに乗っていたはずの大きな看板が無残な姿で落ちていた。ウミさんはその方へ走っていく。

「クウヤ、大丈夫?」

 ウミさんが向かうところには足が赤く染まったクウヤがいた。

「心配するのなら、さっきのはやめてくれよ」

「ごめん、本当に襲うとこだと思って」

「絶対しないからな」

 二人は再び言い争いを始めた。全く持って大丈夫らしい。

「この足を見て、大丈夫と言えんのかよ」


 包帯には巻き方がある。コロンが足を怪我したとき、お母さんに無理を言ってわたしにやらせてもらった。

「だから、できるでしょう? クウヤ」

「できているけどな。ツッコませてくれ」

 わたしに包帯を巻かれるクウヤは頭を欠く。

「その前にお礼だねー。ありがとうね。お家で手当てしてくれて」

「いえ、助けてくれた礼なのでウミさん」

「俺も感謝している、ありがとう」

 女の子同士、わたしとウミさんは目を合わせて微笑み合う。

「だけどな、何でウミがさん付けで、俺は呼び捨てなんだよ」

「なんとなく」

 そして、女の子の間で笑顔だけのコミュニケーション。

「俺は犬代わりか。そんな気がしてきた」

「え、クウヤって犬と変わらないよね?」

 意外とクウヤの傷は浅かった。血のふき取りと軽い消毒だけして止血用の包帯も終わったところだ。

「待てこら、俺のどこにそんな可愛らしさがあるんだよ」

「いっぱいかわいいところあるよ」

 ウミさんはクウヤの鼻をつつく。クウヤの顔は寸の間の後に赤く熟す。

「こんなとことか」

「確かにかわいいですね」

「そのかわいいは違うだろ。手本にコロンさんをお願いします」

 赤いまま、うなだれた顔でクウヤはコロンの名前を出す。

 わたしの目は笑ってくれなくなる。

「一週間ほど前に亡くなりました」

「そうか、ごめん」

 明るかった空気が暗闇に沈んでいく。

 ウミさんの笑みも慈愛の意味へ変わる。

「いい加減シリアスになるか」

 クウヤは長く息を吐く。

「今日のようなのはいつものことか?」

 どうして聞くかはわからないけど、クウヤなりにわたしを思って考えたことなのだから、素直に答える事にする。

「いつもあったら嫌なのだけど、コロンが亡くなった次の日からずっと」

「けがはしなかったの?」

 見れば分かることだけど、心配してくれるウミさんが嬉しくてわたしは満面の笑みで返事をした。

「でも、一番怖かったのは昨日の夜かな」

「あれよりでかいのが落ちてきたのか?」

「んん。物が落ちたとかじゃなくて」

 ウミさんがわたしの頭を撫でる。心配してくれているのは本当にわかるけどウミさんって重度な天然さんだ。

「信じてもらえないだろうけど。黒い動物に会ったの」

「黒猫さん?」

「と言うよりは、色がなくて動くものみたいな。怖くなってすぐに逃げたけど」

 クウヤはわたしの方を見なくなっていた。意図してではないと思うけど、おかげで話しやすい。

 最近のわたしの周りで起こったことを、二人は何も言わずに聞いてくれた。


 二人はお礼だけ言って帰ってしまった。

 本当はわたしに伝えたいことが二人に会ったはず。わたしに気を使って保留したのだ。

「調子良さそうだな、そら」

 塾を出たところで雪奈はわたしと肩を組む。口調も行動も男の子っぽいけど人との立ち回りや、スキンシップのとり方は女の子らしく距離がない。

 わたしも雪奈のスキンシップは好きだ。雪奈の成長に敗北を覚えるけど。

「良いことがあったのか?」

「むしろ悪い事ばかりかな。今日学校から帰ってから無くなったけど」

 雪奈はわたしの服の中に手を入れようとする。もちろん、わたしは彼女の手をつねって阻止する。

「何をしているの」

「いやー、より元気づけようと思いまして」

 とりあえず、雪奈に手刀を入れる。非力なわたしでは痛くも痒くもないが、軽い叱責として。

「天下の公道でしない」

「では、そらん家で」

「しなくていい」

 もう一度、雪奈に手刀をいれておく。

「まあ、でもさ、本当にそらん家行かせてよ」

 雪奈の声が少し暗い。

「コロンに、線香、あげさせてな」

 わたしは小さくうなずきだけをする。普段の情動からは予測できない麗容な顔を雪奈に見せられたら、同性でも恥ずかしくなる。

 その姿を見せた要因は雪奈もコロンのことを大切に思っていたからだ。

「雪奈、ありがとね」

 目も合わせずにわたしは雪奈に素直な思いを伝える。

 驚いて、雪奈は広がった眼を瞬きさせる。

「お礼を言うのは僕だろ」

「だから、服に手を入れない」

 直前と同じ流れを繰り返す。通りすがる大人の人には夜道でじゃれ合っているだけの日常でしかない。その日常を送れることがわたしたちにとって幸せ。

「御姫、待てよ」

「重島くん、なんで」

 幸せは簡単に壊れる。

 わたしの目には重島くんではなく、あの日の、あの瞬間が映る。

「いや、いや!」

 わたしは逃げ出していた、あのときの冷感を拒絶して。


 普段から運動をしているわけではないから、すぐにわたしは走れなくなっていた。その時は休むのにちょうどよく、公園のベンチがあった。

「もう大丈夫だと思ったのにな」

 持っていたはずの手提げかばんもない。わたしはとても混乱していたようだ。

 重島くんを見たときにあのとき、コロンが死んだときのガソリンの匂いが混じった風が、飛び散る赤い血の匂いが、動かない固まりが体を通り抜けた。

「落としもんだ」

 わたしの前にクウヤがいた。

 放られた手提げかばんはわたしの膝元に着す。わたしを一瞥してからため息を残していこうとする。

「クウヤ、なんか話して」

 唐突で、漠然としているものだから過剰に難しいことをわたしはクウヤに求めてしまっている。

 クウヤはため息をつき、頭を欠く。

「俺はな、猫を飼っていたんだ」

 迷うことなく、クウヤは空気を振るわせる。

「まあ、俺に懐くのに時間かかったけどさ、家族だった」

「だった?」

「死んじまった。近所のガキが追い回したもんだから、事故ってな」

 それはコロンと同じ終わり。

「俺も、死ねばよかった、とか思ったら、本当に死にそうになるし」

 それは今のわたしと同じ。

「でも、生きるしかない。それに、心配かけれないからな」

「お母さんとか、友達に」

「コア、飼ってた猫にさ」

 クウヤはわたしのことを見ようとしない。代わりに、空を見上げる。

 どんな表情をしているのか見たい。だから、わたしはベンチから立った。

 ザっと、木が割けた音がする。音源はわたしがいたベンチ。

 正体を知ろうと、わたしは通った空間へ振り返る。そこには宙に舞う、複数の黒い包丁。それらはわたしに向かっている。

 死ぬ。

 感慨はなかった。それらが何かは知る気はない。わたしは目の前の現実を受け入れる。

 そこにわたしが死ぬ運命は存在しなかった。

 黒い固まりがわたしの代わりに黒い包丁を受け入れる。

「え、なに?」

 急すぎて、理解できない。

 黒い固まりは動物のようで、刃が刺さったところを痛がっている。

「お前もそうなんだろ、コロン」

 クウヤは微動もしない。話の続きをしているようだが、わたしには意味が分からない。

「コアも、死んでからも、守ってくれたんだ」

「この黒いのがコロンなの?」

 確かに、犬のような形をしている。子供が描いた絵のようで不細工だけど。動きも犬のようなだ。

 わたしは黒い固まりとなったコロンの側で膝を地面に着く。

 コロンは少しずつ夜の闇へ溶けていく。

「たまに夢で見るんだけどな。黒い自分が闇の中に混ざっていくんだ」

「死後の世界ってやつ?」

「かもな、こいつらはそれに抗って、俺らのヒーローになってくれたんだ」

 クウヤの手の平がわたしの頭を包む。子ども扱いで撫でられている。

「大丈夫だよ、あいつは俺が何とかする」

 クウヤの言葉はコロンへ向けられていた。

「こいつも時間がかかってでもなんとかなる」

 無責任だけど、その言葉はコロンを安心させる。

 強く、クウヤはわたしの頭を叩くと、何処かへ消えていた。

 わたしは周りになにがあって、クウヤはいったいなんなのかで、なにをされたのかわからない。だけど、わたしがするべきことは――――

「コロン、ありがと」

 差し出したわたしの手を、コロンが舐めてくれた気がした。


「黒いおにーさん。こんなところで何をしているのですか?」

 返答は黒いナイフによる投擲。

 私は跳躍で避ける。ヒトではほぼ無理な芸当。だけど、今の私はある意味では人ではない。

「ひどいじゃないですか、こんなかわいい猫娘ちゃんを殺そうなんて」

 周りからは私に猫の耳としっぽが生えているかのように見える。

 一種の超人。原因は科学的にはわからないけど、いつも夢で見ることだろう。

 闇に溶け、放浪する。死んで、また生まれようとしていた。魂だけになっているけど、その魂は生きていたときの体を知っていて、同じような体を求める。

 大抵は見つけられる。私はできなかった。

 それでも魂はそれが元の体に近いものなら同じように動かそうとするのだ。

 私の魂の元は猫。

「言葉はやっぱり伝わらない、か」

 黒い人は私を見つめる。

 私みたいな人はこの黒い人に縁深い。みんな、一度は襲われる。

「やっぱり、生きてないからかな」

 腕を大きく振った黒い人は剣を持っていた。

 彼らは動物ではない。ただ、殺すために漂う。

抵抗しないわけにはいかないから、私たちも彼らを壊す。

「でも、今日はしたいでしょ、クウヤ」

 黒い人は動かなくなる。黒い人の胸からは腕が出ていた。

「したくはない、でも、俺にケリつけさせてくれ」

 その腕はクウヤのものだ。彼には鋭い爪と、狐の耳としっぽがある。

 クウヤも魂と器が異なってしまった。

 互いのことを知ったのは偶然だ。不幸中の幸い、仲間がいれば場所を作れる。私たちが生き続けるのに必要な場所を。

 クウヤが腕を黒い人から抜くと、出来上がった穴から順に黒い人は崩れ去る。

「お疲れさま、騎士代理さん」

「そんなんじゃねーよ」

 クウヤはため息をつく。


 一晩経つと、朝が来る。

 当たり前のこと。

 けど、その当たり前のことがわたしには不思議なことに感じられた。

 コロンに別れを告げた後、わたしはすぐに家へ帰って寝た。

「あ、鳥だ」

 学校への行き道いろんなものが、素直にわたしの目の中へ入っていく。

 世界が一回転した。

「お元気ですか、お姫様」

 わたしを待ち伏せしていたクウヤは微笑んでいた。

「おっは、そらちゃん」

「おはようございます、ウミさん」

 二人はそのままわたしの登校に付き添う。会話はない、わたしからは話す事はなかった。

「憎いか? コロンを死なせたアホガキ」

 前触れなくクウヤは口を開く。わたしはゆっくりと首を縦に振る。

「俺もそうだ。けどな、憎くても相手に向き合えよ」

「そんなときも必要だよ」

 クウヤはウミさんの頭を撫でる。

 もしかしたら、クウヤの憎い相手はウミさんかもしれない。理由は無いけどそんな気がする。

「御姫、そのさ」

 わたしの前に重島くんが現れる。その近くに雪奈が仏頂面で立っていた。

「俺たちが必要だったら連絡しろな、がんばれよ」

 クウヤはわたしの上着ポケットになにか入れて、来た道を戻って行く。すぐにウミさんはクウヤの右隣に位置づく。

「結局、何だったのあの人?」

 雪奈は、わからないと顔にはっきり出す。

 その疑問に答える前にわたしはクウヤのプレゼントを確認する。

それは名刺だ。

 名刺にはクウヤの名前の上に『MAN獣自衛隊』とあった。

「えーと、まんじゅう自衛隊?」

 それが彼の正体だ。

 END


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ