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「いやあ、あの時は心臓が一回転したよ」
「するかと思ったとかじゃなくしちゃったのね…そんなにビックリしたワケ?」
「そりゃするよ!色々危なかったし…」
何が危ないのよ、とルーナは怪訝そうにソールを見る。その目線から逃れるように目を泳がせ、取り繕うかのようにソールは話題を変える。
「危ないといえば、ルーナちゃんと居るときは色々あって暇しなかったよね」
「それはアタシのセリフよ…一番最初のライブ」
「うっ」
話題を変えた結果更に痛い所を突かれる話題に移ってしまったらしい。ソールの額を冷や汗が流れる。
「いやああれは…ライブだなんてそんな大仰なモノじゃなかったし…」
「お客さんが来ればそれはライブになるのよ。まああの時は、しょうがないとはいえ…」
………………
「歌とダンスの練習をするわよ」
「聞いてないしなんでわざわざここでするの!?」
数日後、緩衝地帯。アイテムポーチからラジカセをにゅっと出して地面に置いたルーナはそう宣言した。ルーナは変装用のメガネを外して、服装も動きやすいスポーツウェア(特に意味はないが気分だ)に変えている。ソールは先日とさして変わらない格好だった。
「アンタはイーオンに来づらいし、アタシはアエラには行きづらいでしょ。そしたらここしかないじゃない」
「そうだけど…!」
完全に衆目に晒されている、そんな状態で歌って踊ることにソールは恥ずかしさを感じているらしい。そもそも何も聞かされていないので心の準備も何もあったものではない。
ルーナは勢い良くラジカセに片足を乗せて気合いを入れる。
「よっし!じゃあやるわよ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
ん?と、再生ボタンに伸ばした手を止める。少し怒ったようにソールは抗議した。
「まだ私、アイドルやるとか言ってないよ!?」
「じゃあアイドルになるのは嫌?」
うっ、と言葉に詰まるソールの様子を見て、蒼髪の少女は朗らかに笑う。
「迷うんなら、やりなさいよ。後悔はさせない。これは約束するわ」
ソールは黙りこくってしまい下を向いた。ルーナはそれを小さく息を吐いて見つめる。
しばらくの間目を伏せて逡巡していた橙髪の少女は、ついに顔を上げた。その瞳の色は決意の色だ。
「……なりたい。ずっと憧れてた…なれるのなら、私は、アイドルになりたい!」
「なりたい、じゃなくてなるのよ。アタシを誰だと思ってるの?」
ルーナは今度は不敵に笑み、
「アタシはイーオンNo.1のアイドルよ!」
ソールはその時、煌めくステージと無数の観客をルーナの後ろに幻視していた。そして、そのルーナの隣にもう一人、アイドルが居る光景を。
「これからアンタとアタシは『DAYS』!アタシが月でアンタが太陽よ!」
………………
ちょっとした雪崩のような音が、アーティファクトの山々の間を響き渡る。崩れたアーティファクトの山の中腹から人間の腕が突き出た。ゾンビではない。
「アーティファクトの雪崩に呑まれるなんて…私、ディガーなのに!」
腕に次いで、橙色の頭が、ファンタジー風の軽装が、這い出てきた。ガラガラと様々なモノを転がしつつ、ソールがガラクタの山から無事下山してくる。無事ではあるが無傷とはいかず、多少ダメージを負ったようだ。
「回復しときなさい」
呆れ顔のルーナが、注射型の回復アイテムを投げてよこした。
「アンタ、ダンスはからきしダメね…リアルで踊れないクチでしょ。でもそんだけ動けるんだから、練習すればどうにかなるわ…って何してんのよ?」
ソールは注射型のアイテムを持っておろおろしていた。眉をハの字にして、泣きそうな顔でその注射器を見つめている。
「これ…刺すの……?」
「あああもおお!貸して!」
「やっちょっまっ待って待ってダメダメダメ嫌いやいやああああああああああ!!」
絶叫するソールを押さえ込んで、橙の髪の下に隠れた首筋に針を押し込む。自動でアイテムが作動し、強制的に回復薬を首筋に流し込んでいく。
ルーナが針を抜いて押さえつけていた手を外すと、ソールはぐったりとうつ伏せに地面に横たわった。
「嫌って言ったのにい…やっぱりイーオン怖い……アイテムすら怖い…」
「痛覚は無いでしょうが!ほら立ちなさい!お客さんが集まってきたわよ!」
「……え?」
バッとうつ伏せから顔を上げると、先の雪崩とソールの悲鳴に釣られたか、それなりの人数が集まって来ていた。ディガー、一本釣りの冷やかし(のたうち回る初心者を見る人)などと見られる人達が、彼女ら二人を囲うように見物に来ていた。
途端に恥ずかしくなったのか、うつ伏せ状態に戻ろうとするソール。それを無理矢理引っ張り上げ、しゃんと立たせた後、ルーナは声を張り上げギャラリーに告げた。
「みなさーん!イーオンNo.1アイドルのルーナでーす!今日は路上ゲリラライブに来てくれてセンキュー!」
「ちょちょっとルーナちゃん!?何してるの!?」
「お客さんが来ればもうここはライブ会場なのよ!」
まるでこうなることがわかっていたかのように大胆不敵に笑ってみせるルーナを見て、ソールはプロ根性とアイドルの険しい道を垣間見た気がした。
「呆けてる暇は無いわよ!」
勢い良く背中を叩かれ、ソールは一歩前へ、ルーナの隣へと足を踏み出す。
「この子はソール!アタシのパートナーで『DAYS』の一員よ!じゃあまずはソールの門出を祝う一曲、行くよー!」
言うやいなや、そばに置いてあったラジカセの再生ボタンを器用に踏み、起動させる。その場を一瞬でライブ会場に変えてしまう、ポップなイントロが流れ始める。状況が飲み込めないソールの手を引いて、今日練習をしていた立ち位置につく。流れる曲はもちろん今日練習していた曲だ。
『The beginning story』
こうして半ば強制的に、ソールの初ライブは始まったのだった。