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世界の終わりを見た。
散る花もまた美しいというけれど、終わる世界もまた、私は美しいと思ったのだ。
………………
スッと音もなく自動ドアが開き、少女が二人、部屋の中に入ってきた。同時に照明も自動で点灯し、その部屋を明るく照らす。一言で言えば、楽屋のような部屋だった。というか楽屋だった。
彼女らは片方は近代的な、もう片方はファンタジー風の衣装を纏っており、そこから彼女達が違う世界の所属であるのがわかる。彼女らは衣装合わせを終えてこの楽屋にやって来ていた。まあ一分と掛かりはしなかった、衣装はプリセットしてあったからだ。
この世界はゲームだ。
スカイネット上のVRMMORPG、『オムニス』。ここはその中の『緩衝地帯』に浮かぶ飛行船、《スタンドダウン号》だった。
オムニスには二つの世界、SF世界の『イーオン』と、剣と魔法の世界の『アエラ』が存在し、その間にあるのが緩衝地帯だ。
オムニス内のイベントである世界間戦争『ショウタイム』、そのイベント開催を受け、飛ばされたのがこの飛行船だった。
戦闘には参加しない。戦闘域に入らないよう、緩衝地帯の端の端に浮かんでいる。ではこの飛行船は何か?
一時休戦。
イベントには参加しない者もいる。それに、敵側の世界に知り合いがいる者だっている。そんな人々に快適な場所と最高の中継を提供する。そんな目的でこの飛行船はわざわざ緩衝地帯を飛んでいるのだった。ただし少々金は取るが。
ショウタイム中はオムニス全域でダメージ判定がオンのため(緩衝地帯はいつもオンだが)、この船の支配者が雇った警備が争いごとに目を光らせている。
様々な設備があるのも特徴だが、一番の目玉は中央フロア《コロッセオ》だろう。円形のドーム座席のような観客席が並び、各方面に各々違う場面を映した馬鹿らしくなるほど大きなスクリーンを配置、臨場感溢れる音響を用意している。
そのコロッセオの下の階、彼女達がいるところまで、観客達の圧のような歓声、雄叫びが響いてきている。
もう既にショウタイムは始まっており、盛り上がりは上々だった。
少女らはソファに並んで座り、仲良さげに話をしている。
「上の階でも、戦いが起きてるみたいだね?」
「そうね。あー、アタシも観たかったなあ、ショウタイム!戦闘機がこう、ドババーっと敵の龍とかを倒す!格好いい!」
「その龍とかが可哀想だよ、ドババーとかやられたらきっと痛いよ」
「あー、アンタはそういうやつよね…」
半目になり頭を掻くこの少女はルーナ。イーオン所属、ソルジャーであり、そしてアイドルでもある。
龍とかを本気で心配してしまうこの少女はソール。アエラ所属、ディガーであり、そしてアイドルでもある。
この二人はグループを組み、今日ここで、大勢の前でライブをするのだ。
緊張しない訳がなく、それを少しでも和らげようと、彼女達は他愛もない話を続けていた。
「それにしても、私、こんなことになるなんて夢にも思ってなかったなあ…」
「でも夢はあった、そうでしょ?」
「うん。あの時ルーナちゃんが私に声を掛けてくれてなかったら、私はここには居ないだろうな…」
………………
二ヶ月前。
緩衝地帯。
絶え間なく揺れ蠢く地形。生まれていく新たなアーティファクト。原初の海にも等しい、まさにカオスの地。
そんな場所に一人、フードを被った少女がドリルを振り回して悪戦苦闘していた。
「くっ…くそっ……あーもおおおう!」
突然諦めたように後方に身を投げ出した。回り続ける手持ちドリルが虚しい。フードが勢いで脱げ、可憐でありどこか鋭さを持つ顔つきと深い蒼のポニーテールがあらわになる。彼女は変装の一環でアンダーフレームのメガネを掛けていた。
「見つかんなーい!つかこのドリル使いづらっ!こんな広いのにこんな速度で見つかる訳ないじゃん!」
太陽が嘲るように彼女、ルーナを見下ろす。その顔に差していた陽光が、ふと何かに遮られた。見れば、今彼女が一生懸命掘っていたアーティファクトの山のてっぺんから、太陽を遮るように頭が一つ、ぴょこんと飛び出ている。
「………?」
ルーナが怪訝に思っていると、その頭の持ち主は「ほっ」という掛け声と共にアーティファクトの山から飛び降り、ルーナの横に着地した。
そしてシャベルを地面に突き刺し、
「やっぱり基本のシャベルが、一番理に適ってる。って私は思うよ?」
少女は言った。彼女は服装から見るに、アエラの人間だ。ショートにされた明るいオレンジの髪、要所要所に鎧の付いた動きやすい探検服、温かみや包容力を思わせる雰囲気。敵意は一切見られなかった。
「見たところお宝探しは慣れてないみたいだけど、何をお探し?」
「えっと、いい感じのマイクを…って、あなた誰よ!?何でアタシに話しかけてきたの!?」
その柔らかな物腰に流されそうになったが、我に帰り起き上がってルーナは叫んだ。
対してスコップの少女は驚くこともなく、至って平常のトーンで、
「え?あなたが地団駄踏んでいたから、手伝おうかと思って。…私はソール。これでもディガーやってます、よろしくね?」
別に踏んでないし…と文句を言いつつ、自己紹介をさせた手前、自分も自己紹介をしない訳にはいかない。
「アタシはルーナ。これ見ればわかるけど、」
ルーナは腰のホルダーから、黒光りするサバイバルナイフと近未来的な大口径のマグナムを抜いて見せた。
「ソルジャーやってる。んー、これも言うか。アタシはね、アイドルやってるの」
「うん、知ってる」
ルーナは面食らって、それから得意げな顔になり腰に手を置いてこう言う。
「あーやっぱりバレちゃってたか!まさかアエラにまでアタシの噂が流れてるとは!」
「いや、たぶんアエラの仲間内でルーナちゃんを知ってるのは私だけだと思うよ?」
「あ、そう…」
少々がっかりして座り込むルーナの隣にしゃがみ込み、ソールは目線を合わせる。
「でも、私はルーナちゃんを知ってるから。これでもファンなんだよ?」
「う、うん…ありがと」
がっちり目線を合わせられて恥ずかしくなったのか、頬を赤らめてあらぬ方向を見るルーナ。
ソールは立ち上がりルーナの真正面へ移動すると、
「で、マイクを探してたんだっけ?ホントはアーティファクトの山から特定のものを探すっていうのが間違ってるんだけど…私、今日は運がいいの」
アイテムポーチをガサゴソとした後、「じゃーん!」と取り出したのは、マイクである。それもアイドルに似合いそうな装飾を施された。
「アイドルみたいだなって拾っておいたのが正解だったよ!やっぱりこういうのは、ホントのアイドルが使わないとね!」
ニコニコと朗らかに笑いながら、マイクをルーナに差し出す。が、
「いらない」
その申し出はすげなく断られた。
「それはアンタが見つけたモンだから。アタシのマイクはアタシが見つけなくちゃ、意味がないのよ」
「そっか」
潔くマイクをポーチに仕舞うと、ソールはスコップを胸の前で力強く握り、こう宣言した。
「じゃあ私も手伝う!私、結構自信あるよ、そこらのディガーには負けないつもり!」
一瞬前に自分で見つけなければ意味が無いと言ったばかりなのだが、その勢いと健気さに押されて、
「…うん、じゃ、よろしく」
結局、手伝ってもらうことにした。
………
そうそう幸運は続かないもので、アイドル向けのマイクはさっぱり見つからなかった。当たり前だ。日はもう随分傾いて、あたり一面がオレンジに染まっている。
山と山の隙間に座り込み、ルーナは休憩がてら、かなりのスピードで山を掘り起こすソールを眺め何事か考えていた。
しばらくすると、休んでいるルーナに気づいたソールが手を止め、掘り当てた色々なものをポーチに突っ込みつつルーナの元に走ってきた。
「ちょっとルーナちゃーん!なんで諦めちゃってるのー!」
その呼びかけに答えず、ルーナはソールを見つめて思案する。
ソールが走ってきて止まったところで、ルーナは衝撃的な一言をソールに発する。
「…マイクはもういい」
「ええっなんで!?せっかく一生懸命探してたのに!」
ルーナは突然ソールの腕を掴み引き寄せる。座ったままのルーナに引っ張られ、ソールはルーナに覆い被さるような姿勢になった。突然の展開に目を白黒させるソール。
「アタシ今日は運がいいの。だって、もっと良いものを見つけたんだもの」
「え、えっと…」
超至近距離でソールの瞳の中を覗き込む勢いで、ルーナはこう告げた。
「アンタ、アイドルにならない?」