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本日貸切!と赤文字で書かれた小さな看板が、チェーン店のドアノブの下で凶暴な北風に吹かれ揺れていた。
店内は恐ろしい程賑わっていた。地声が小さい者のそれは、注意深く聞き取ろうとしても何を喋っているのか解らない程だ。何せ広いはずの店内は、一学年四十名×9クラス分の子供達で埋め尽くされていたのである。
元気な子供相手に店員は総動員で奮闘していた。肉が焼ける香ばしい香り。もうもうと上がる煙が天井に吸い込まれていく。
球技大会はレッドチームの勝利で幕を閉じた。今年の優勝チームに贈られた豪華商品は「焼肉食べ放題券」。よってこの光景が成立してしまう。
六学年の生徒達が占めるテーブル席では、勝利貢献者であるリタルが持て囃されていた。
開始直後は愛想笑いを浮かべそつなく対応していたリタルだったが。中央席に座らせられ、やれ肉を食え、やれスポーツをやっていた事があるのか、やれ是非野球部に、いやいやソフト部に、やれジュースをどうぞ……そんな調子で一時間半が経過した時、ついに小さな額で断裂音が炸裂した。それも一本どころの騒ぎではない。二、三本は同時にぶちきれた。
「気分が悪くなった」と不機嫌全開の表情を浮かべることでリタルは騒がしい店内を抜け出す事に難なく成功した。
途中、教員に当てられた座敷の前を通り過ぎると、視界の隅にグレープの姿が入った。チラリと振り返ると彼女は、普段どおり楽しそうな笑顔を浮かべて場に溶け込んでいた。
彼女はかれこれ三週間前から、ずっとそんな感じだ。まるで仮面を着けているかのように、笑顔のままだ。来る日も来る日も楽しげに笑っている。それは、あの鈍感なトランでさえ気づく程の至極解りやすい変化であった。
しかし。笑顔を崩さなくなった彼女が、一度だけ自分に素の表情を曝した事があった。
先の事件が終わって幾日か過ぎた、ある日の早朝。グレープが困り果てた表情でリタルの私室を尋ねた事があった。
時刻は朝の五時過ぎ。書庫の分厚い本を何冊か私室に持ち込んでいたリタルは徹夜明けだった。サイドテーブルに置いた高性能の目覚まし時計を視界に入れつつ、ドアの向こうでか細い鈴声を響かせる相手に半ばうんざりし、文句をたれながらも出迎えると――今度はリタルが目を見開く番だった。
「あんた…………どしたの? それ……」
エメラルドの瞳を限界まで見開いて、目前で立ち尽くすグレープの姿を凝視する。
可憐な造りの顔。華奢な肢体。ピンク色のキャラクター物の寝巻き(プリントされているのは、クリオネを模った……確か「五郎」という名の妙なキャラクターだ)姿の彼女は薄い眉をへの字に変形させていた。
「…………どうしたんでしょう」
ふざけているともとれる答えを返した少女に、しかしリタルは反応しなかった。あまりの事に、時計同様高性能さが自慢の頭の回転速度が追いついていないのか、彼女は目も口も丸く開けたままである。
グレープが困り果てている原因――その変化は、彼女の髪にあった。
――伸びてる。
それも尋常じゃない伸び方で。
昨夜、自室に篭る前に視界に入れたグレープの髪は確かに肩にかかる程の長さだった。
グレープは普段からその長さである。伸びるのが遅いのか、こまめに美容院に通っているのか。二年前――リタルがアイオン教会の学園に転入した頃から、グレープの髪型は変化した事がなかった。後ろで纏めて一つに縛っている。聞けば地味に感じられる髪形だが、艶やかな蒼毛と、整った細面を持つ彼女にとってそれは十分過ぎる程だった。ただでさえ目立つ彼女だ。地味な位が丁度良いのである。
……のだが。
目の前で立ち尽くすグレープは、普段はしばっている髪を下に下ろしたままであった。
垂らしている、という表現の方が合っているかもしれない。
なにせ前日まで肩にかかる位の長さであった彼女の髪は、今。どういう訳か、冷たい廊下の板張りに届くまでに伸びきっているのだから。
「…………」
困り顔のグレープをとりあえず室内に入れたリタル。その眉間にはグレープ以上に深い皺が刻まれている。大量の蒼糸を踏まないようにしてベットに腰をかけたグレープの赤い瞳を上から覗き込むとリタルは難しい顔のまま口を開いた。
「一晩で、そうなったの?」
「……はい」
「ヅラじゃなくて?」
「…………はい」
すぐさま確認してみる。長さの割りに重たさを感じない、ふんわりした彼女の髪を無遠慮に掴んで少し引っ張ってみた。頭部に注目するが、ずれる気配は一向にない。
「…………」
グレープの目の前に仁王立ちしたリタルは腕組みしてグレープの姿を上から下まで何度も凝視した。
右手を丸くして口元に持っていく。
随分と長い沈黙の後。
「――ちょっと待ってなさい」
困り果てたグレープを残して向かった先は洗面所。必要な物をかき集めて抱え、大股で廊下を進む。自室に戻ったリタルは、両手に抱えた戦利品をグレープの前に降ろした。ビニールシート数枚と大きなハサミ。それから鏡台へ向かうと、櫛とドライヤー、スプレー類を手にしてグレープを振り返った。
「とにかく、そのまんまじゃ不便でしょ。安心しなさい。あたし、手先は器用な方だから」
告げるや否や、準備に取り掛かるリタル。グレープは目を丸くしてテキパキとした動作を眺めているだけだった。
かくして、早朝五時二十分。リタルによるカットがしめやかに執り行われた。
「でもあんた。なんでこうなっちゃったのか、原因わかる?」
絹のような手触りの長い蒼髪と格闘しながらハサミを構えたリタルが尋ねた。髪を踏まないよう細心の注意を払いながらグレープの背後で膝立ちしている。
ビニールシートの上にぺたりと座り込んでいたグレープは、リタルの問いに、頭を懸命に左右に振る。ハサミの音に紛れて、聞き取れない程小さな声を漏らした。
「……今まで伸びたことなんてなかったのに」
――シャキン。
「…………は?」
間の抜けた声と共に、多量の蒼糸がグレープの首元に巻きつけられたビニールシートの坂を滑り落ちる。
耳に入ってきた不可思議な響きのソレにリタルは眉を潜めた。
辛うじて、自分の前で大きく下がった細い肩が吐いたその言葉自体は拾う事が出来た。だが……何を言っているのかが解らない。
「今、なんて?」
困惑の声色に、グレープは正面を向いたまま鈴声を返した。
「髪。伸びた事、無かったんです……今まで」
返す言葉が出ない。
耳に入った言語を頭で処理するのに手一杯だった。
さらに、頭の中のあらゆる引き出しから飛び出した――最近独自で調べていた事柄が脳裏をぐるぐると駆け廻る。
「おかしいですよね。わたしも、そう思ってたんです。ずっと」
「えへへ」と力なく笑う声に、リタルの思考の渦が堰き止められた。
「アイオンの孤児院に居た時から、ずっと。変だ変だ……って」
鈴声の主はやや俯き加減で言葉を続けた。
「今でも多分、行われている事だと思いますが……アイオンの孤児院では三ヶ月に一回、散髪会という行事が設けられているんです。その日になると子供全員の髪をシスターが切ってくれるのです。髪を切っている間、大人しくしていられた良い子はご褒美のお菓子がもらえるんです。みんな、ご褒美が欲しくて静かに順番を待って切ってもらってました。ある方は楽しそうに。お菓子が欲しいあまりにはしゃいでしまって切り終えるのに時間がかかってしまった方もいました。ある方は怖がって、いっぱい泣いて。ある方は髪を切られるのを嫌がってその場から逃げ出したり隠れたりして……とても賑やかで。……けれど、わたしは一度も、その列に並んだ事はなくて」
背を向けているため、その表情までは判らない。
その場に居なかった自分が、彼女の心中を察する事なんて出来る訳がない。……でも。
「なのに、お菓子をもらってたんです」
その姿。
淡々とした口調。何故だろう、それは、とても。
「周りの子たちはずっと、変だ、おかしい、ずるいずるい……って言ってました。シスターは何も言わなかったけど、だけど困った顔をしてて……わたし」
「グレープ……」
「わたしも。自分はずるいって、思ってました。自分は、おかしい。変だって」
とても、痛々しい。
ハサミを動かす音だけが、室内に響く。
幾許かの沈黙が生じた後、
「……そりゃ、変でしょうよ」
勤めて冷静に、……いや、素っ気無く。リタルは声を上げた。
「変なトコが無きゃおかしいわよ」
「…………え」
ハサミを動かす度に蒼糸がふわっと落ちる。
櫛でとかし、器用にハサミを操りながら。聞こえてきた戸惑いの小声に、わざとたっぷりの間を開けてリタルは答えてやる。
「変なトコが一つも無い人間なんてね。それこそ変……ってか、人間じゃないわよ」
「…………」
「あんたなんてね。自覚は無いかもしんないけど、見かけと中身は完璧に整ってるんだから。指折り数える位は変なトコがなきゃ」
「…………」
「不公平よ」
不満げに言い放てば、沈黙したままのグレープの……頼りなさげな細い背に、リタルはフッと笑みを浮かべた。
「ほんっと。つくづく、あんたって。……バカよね」
口調とは裏腹に、その笑みはとても穏やかで。どこか、いとおしさを滲ませたものだ。
「大体。それを言うなら、あたしの髪だって変なのよ?」
「…………?」
「ちょっと待ってて」
言い終えぬ内に立ち上がると、その場で衣服についた蒼髪を払ってから、左奥に設置された白い棚まで足を進める。並んでいる分厚い専門書の背表紙の中から一番端にある背の高い緑色の表紙の本を手に取ると、切りかけの髪を垂らしたグレープの前に腰を下ろした。
「ほら。見てごらんなさい」
彼女がグレープの前で広げたもの……それはアルバムだった。
表紙を捲って一番最初のページに、今となんら変わらぬ姿の銀髪の青年――リチウム・フォルツェンドが格好付けたポーズを決めて写っている写真があった。
その横に。幼い女の子が居る。
女の子の持つ、垂れ気味の大きな瞳と長い髪は――黒。
女の子は呆れ顔で隣のリチウムを見ている。
「……これ、は」
「あたしよ」
グレープの問いに、リタルは素っ気無く言い放つ。
「…………え?」
「このおバカ男の横にいる、賢そうな顔した子でしょ? あたし以外に誰が居るっつうのよ」
戸惑うグレープに、表情を和らげてリタルは付け加えた。
「あたしね。元は黒なの。髪も、目も」
「…………染めて」
「違う。自然にこうなったの。でも、原因も解ってる」
と、リタルはポケットからグローブを取り出して見せた。
グレープは僅かに身体を揺らす。
「そう。この色は多分、コレを多用してるから」
「……禁術封石」
リタルが手にしているのは黄緑色の石『魔眼』であった。
心配そうな顔つきになるグレープに、リタルはカラカラと笑ってみせる。
「大丈夫よ。魔人化なんてしない。っていうか、この変化は多分『魔人化』とは違うと思うんだ。そりゃあ、幾ら属性が合っていたって禁術封石を使い続ければ、いつかは石の魔力に身体を乗っ取られて、魔人化する事だってあると思う。魔人化の予兆で、髪や目、皮膚の色なんかも石のそれに変化するって話も聞いた事がある。あたしのこれが、そうでないなんて100%の保証はない。けどね。あたしはきっと……他の人達よりかは耐性なんてモノがあるんだと思う」
「耐性?」
「こっちの話。とにかくね?」
『魔眼』を再びポケットに捻じ込んで、改めてリタルはグレープを直視した。ルビーのような瞳は不安で陰っている。
「人間なんて、生まれも育ちも、それぞれ違うんだもの。だから、みんな同じなんて事はない。必ずどこかしら違う箇所があるわ。顔付きだって体型だって、肌や髪の色だって。性格だって、好みだって。そうでしょ?」
「……はい」
「違うから、楽しいんじゃないそんなの。大体いちいち気にしてたって持って生まれたものが変わる事はないんだし。ラチ明かないでしょう?」
「…………」
「あたしは、笑うわよ」
「…………え」
「あんたが『自分は普通じゃない』なんて。そんな事気にして、それで今まであたしたちに遠慮とかしてたんだとしたら、あたしはあんたを笑ってやるわよ。年上だろうと、シスターだろうと関係ない。笑ってやるわよ。そんな小さい人間」
強い光を灯したエメラルドをグレープに向けて、リタルはきっぱりと言ってやる。
その言葉には、グレープに対する抗議の色もはっきりと含まれていた。
「リタルさん……」
……そう。
あたしはきっと、悔しいんだ。
自分に無い物を持つ、この子が。
ひょっとしたら……とられてしまうんじゃないかって。そんな不安を僅かにでも自分に抱かせるこの子が。
気づかせる、この子が。
……だけど、それ以上に。
「あたしだけじゃない。きっと他の連中も一緒。試しにその話聞かせてみなさい。雁首並べて笑われるわよあんた。……だから」
リタルはそこまで言うと、柔らかく笑んでグレープを見上げた。
「どんなに変わろうが、普通じゃなかろうが。あんたがあんたで在るなら、きっと……それでいいのよ」
そう。
きっと、それ以上にあたしは、この子の困った顔を見たくは無い。
あたしは、この子という存在が……大事なんだ。
いつから? いつの間に?
この子はそんな位置を陣取ったのだろう。
見上げる視線の先には、自分の言葉を頭の中で一生懸命に噛み砕いている様子のグレープがいた。
だが。ようやく、その細面から笑みがこぼれる。
それは、とても胸の透く……まるで晴れた日の青空のような、なんとも気持ちの良い笑顔だった。
「……はい…………っ」
――時刻は既に六時を廻っていた。
厚い雲に覆われた暗い空の下は凍るような寒さだった。駐車場に一人、白い息を吐きながらリタルは今にも雨が降ってきそうな重苦しい空を見上げている。
髪が一気に伸びたよ事件の直後、グレープがいつの間にか石化製品を扱えるようになっていた事が発覚した。
彼女の中で、なんらかの変化が起こっている事はもう間違いない。
最初は、また何者かが影でこそこそグレープにちょっかいを出しているのかと思ったが、『魔眼』で視ても、彼女自身に微妙な変化はあるものの、異質な魔力は感知されなかった。
魔界に連れて行かれた事で、彼女の中の何かが変化したとでもいうのか。もしくは――考えられる事は多々ある。
そして。グレープのもう一つの変化――彼女が笑顔を顔面に張り付かせるようになったのは、それからすぐ後の事。正確には、二週間程前に自分がリチウムに、ある事を告げた日からだ。そういえば、トランの様子もどこかぎこちない。
――聞かれて、いたんだろうか。
彼女達の姿が無い事を確認した上で、リチウムの許を尋ねていったというのに。
「…………ったく」
顔を顰めて、吐き捨てるように呟いた。
自身の不甲斐無さを、リタルは呪う。
ポーカーフェイスが出来るリチウムだからこそ、話したというのに。
自分だけでは手に負えない、何かが起こった時の為に、話したのに。
あの子達を混乱に陥れようとしたんじゃない。
出来れば、……特にトランには、知られたく無かった。
それで、トランのグレープに対する態度が変わる事は無い。それは解っている。しかし……トラン自身の身に起こっている事だって決して尋常じゃないのだ。
聞けば、彼は先の事件――三週間前の事件で、意識を失ったグレープと上空から落下した際、中空に浮かんでグレープを助けた……だけでなく。魔族の攻撃で横っ腹に孔を開けられたというのに、その翌日には死の淵から生還したというのだ。
そんなの――決して、彼に渡しておいた銀筒だけでは成しえない。力ある第三者の介入があったと考えるのが妥当だ。
そこで思い浮かんだのは、あの半透明な金髪幽霊、クレープの事だった。その場に居た彼女ならばトランの身に起こった出来事の詳細を知っているはずだ。なんせ彼女は事件の後「トランちゃんの身体は腕のいい闇医者が治した」などと素っとん狂な理由を盾に、訝しむトランを突っぱね続けたのだ。断然怪しい。グレープに起こった変化についても、彼女は何かしら知っているのかもしれない。
しかし肝心のクレープはといえば、あの事件の後から極端に外出が多くなり、夜もロクに帰ってこなくなった。元々、単独でも街中を遊び歩く事の多い彼女ではあったが、それでも三週間前までは、一日に一回は必ずホームに戻り一号室に顔を見せていた。お気に入りであるトランの顔を眺める為である。しかし最近はトランがいるいないに関係なく、ホームに立ち寄る事がなくなった。
このタイミング。これは立派に異変だ。この変化は明らかに、クレープが何かを知り……もしくは、何かに気づき行動している証拠だと言えよう。
帰ってきたらすぐに自分を訪ねるよう、クレープ宛ての伝言をグレープに頼んではいるのだが、クレープの帰りは深夜――即ち自分がリチウムと共にストーンハントに出向いている時間帯であり、グレープが目を覚ます早朝にはもういないというのだから、仕様が無い。クレープに訊くという選択肢はこの際、除外してしまった方がいいだろう。
このところ三号室に篭ることの多くなったリチウムもこれらの件を単独で調べている節がある。
四ヶ月前に自分達が出会った彼女等は、いつの間にか自分達にとって「大切」――かけがえの無いものとなっていた。仲間のような、家族のような。
たったの四ヶ月間を共に過ごしただけだというのに。そうなってしまった理由はわからない。それでも、守りたいと思う。
そして、守るためには「知る」事が必要だった。
魔族が襲ってきた理由と、得体の知れぬ事柄から彼女等を守る手段。その対策を練るために。
この「平穏」と言う日常がいつまでも続くように。出来る限りの事を成す為に。
これは、決して「誰かの為」じゃない。自分自身の為だ。
誰かを護るという事は、己を守る事に繋がっている。
今の自分を保つ為には周囲の――「誰か」の存在が必要不可欠になるからだ。
かくゆう自分も、かつて『誰か』に護ってもらった事がある。
自分一人がのうのうと生きている事に対し腹をたてた時期もあったのだが。どれほど自身を責めようと、『誰か』の犠牲の上に自分が立ち、息をしている今は変わらない。さらに、その事に囚われすぎていると、今近くに居る者に余計な気を遣わせてしまう。
それならば、後ろを見続けて今を――大切なモノを台無しにするよりも。共に先を向いていた方がいい。
それに、今自分を取り巻いている現実は「『誰か』が自身を守ろうとして成した行動の結果」だと言える。これは最近になってようやく気づけた事なのだが。
自分は今、かつての『誰か』がそうしたように、自身の幸せを守る為にグレープ達を護りたいと思っている。この行動が一体どういう結果を作ってしまうのか。現時点では予測さえつかない。だけど。
それでも護りたい。強く、そう願ってやまないのだ。
この一ヶ月間。これまで築き上げてきたネットワークを駆使して思いつく限り調べてみた。おかげでグレープの事も何となくわかってきた。何故、魔族が彼女を狙うのかも。
しかしそれでもまだ釈然としない事柄が多々在る。はっきりさせるにはもうこれしかない。というか、これが一番手っ取り早い。当然知っているはずの誰かに直接訊き出す手段だ。
だが、該当する二名の内、片方はいつ帰ってくるのかわからないし、もう片方は……理由は自分でもわからないのだが、何故か昔から、会話をする事は愚か、ただ顔を合わす事ですらなんとなく避けたい……と願ってしまう存在だった。事実上選択肢は後者しかないのだが、リチウムに進言すれば問答無用で却下されるだろうし、自分も上記の理由で気がすすまない。が、間誤ついている内にいつまた魔族が襲ってくるとも限らない。
リタルは溜息をつくと、ポケットから携帯電話を取り出した。
甲高い電子音が閑散とした駐車場に響く。
騒がしい店内から漏れる僅かな明かりをなんとなく視界に入れつつ、リタルは電話を耳にしてしばらく立ちすくんでいた。
自分からその人物に連絡を取るのは初めてのことだった。気を落ち着かせるためもう一度大きく吐いてみたが、息は既に白さを失くしていた。
幾度目かのコールの後で、響く男の声。
虚空に視線を移動させたリタルが、眉根を寄せつつ凛とした声を上げる。
「突然で悪いけど。あんたに訊きたい事があるの」