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 WSPの第一会議室には急遽召集された重役達が難しい顔で定位置に腰を下ろしていた。

 人界で起こった事態に対応すべく、緊急会議が執り行われたのだ。


 まず、人界の巨石について。

 三年前――人界時間では十七年前になるが――に突如消失した『人界の巨石』の波動。WSPはその膨大な労力と時間を駆使し探し続けてきたが手がかりすらロクに掴めていない状況であった。

 未だ人界が存在している事から、巨石自体が消滅してしまったという可能性は極めて低い。五千年という永い時を経ても世界フロースが変わらずそのままの状態で存在し得たのは、維持しようとする魔力が、絶えず空間を包み満ちていたからこそであり、天界、魔界、人界、それぞれの巨石の持つ莫大な魔力をもって三空間は初めて今の距離、状態を保っていられるのである。

 この三年間、巨石の魔力が感知されない事態はWSPにとっても脅威と呼ぶに足るものだった。あれだけの魔力を一体誰がどんな目的で隠し続けているというのか。

 それが、昨日。消失してから初めて、人界の巨石の魔力の波動を観測することが出来たのである。

 場所は人界、島国プリムスの都市グノーシスの西部――天界時間で二週間程前に蜘蛛型魔族出現の報告を受けた地点の近辺であると同時に、その数日後には複数の犬型魔族の姿が確認され停石状態に陥ったという例の街だった。

 だが、反応を示した途端、人界の巨石の波動は再び消失してしまう。

 人界時間で言うと波動が現れたのは、ほんの数十分といったところか。

「地図上だと、この辺りですね。担当であるファーレン部隊の話によるとこの位置には古いマンションが建っているそうです。ちなみに、人界時間で三週間前に複数の犬型魔族が出没したのもこの近辺で、偵察部隊によると彼等は自身の魔力を同位置に送り続けていたそうですが、この件は不明な点も多く現在も調査中です。また今回、人界の巨石の魔力の波動が感知されたのはマンションの一室――十一階になります。住民届は出ていないものの調査した所、どうも、リチウム・フォルツェンドが所持しているものと思われます」

「……また奴か…………」

「ファーレンもいつか、そのような名を報告をしていたな……確か『死球』を所持している者だとか」

「『死球』を手にしている奴が、人界の巨石をも所持していたというのか」

「……魔族側は、犬型魔族が人界侵入を試みた時にはすでに『人界の巨石』の位置を把握していたものと思われる。あの騒動は人界の巨石を狙っての事だろう」

「先回の会議時に、妙だと感じていたのだ。五千年前の条約が未だ生きている今日では、魔族はただ待っているだけで自ずと魔石が手中に入る状態。『魔界の巨石』が目覚めたからといって、そう急く必要こともない。我々の不審を買い、警戒されるリスクを考えるなら、目立つ動きは避けこれまでの通り素知らぬ顔で魔石が集まるのをただ待っていればよかったのだ。人界侵入事件は我々に、魔界の巨石の目覚めと、それによって変化した魔界の状態をあちらの方から大々的に披露してくれたようなものだからな」

「では魔族側の真の狙いは、魔界の巨石の力を使って魔石を復活させる事ではなく――」

「他にある、とみていい」


 次に議題に上がったのはトラン・クイロについて。

「クイロ警視正は昨日、予定されていた通りWSPこちらで研修を受けていました。終了後に、犬型魔族侵入事件の関係者である彼を聴取目的で第一会議室に呼び出していたのですが、我々に姿を見せる前に……」

「無断で人界に降りた、か。しかも、彼が行動を起こしたのは人界の巨石の波動が現れる直前だという」

「相当急いでいたとの報告も受けている」

「なにかあるな」

「人界の巨石の波動の消失寸前に微かではありますが……同地点で『蘇生フェニックス』の魔力を感知しています」

「…………『炎帝』が変化しただと?」

「詳しいことはまだなにも」

「事実、蘇生フェニックスの反応はあの天石にしか出せぬ」

「『炎帝』を変化させようなど、今となっては魔界の巨石の魔力をもってしてでも無理な話だ。ましてや人界でそのような事が起こるとは……考えられぬ」

「……その、魔界の巨石、についてですが」

「なんだ」

「僅かですが……その波動が、人界で感知されました」

「なんだと」

「同じ場所……同時間でか」

「肯定です」

「…………どういう事だ」

「…………」

「先ほどファーレン部隊が偵察の為人界に降りたのですが……報告によると現在、現場には別段目立った動きは無いとの事です」

「……やはり一度。場に居合わせたと思われるトラン・クイロをここに呼ぶ必要がある」

「当初の予定通り諸々の事情を聴取した後で『炎帝』の返還を求めるか……場合によっては、監禁の必要もあるか」

「お上にはこの事は……」

「報告していません。ですが……」

「蘇生の魔力は愚か、『人界の巨石』の波動を彼女が感知した可能性は高いな。……様子はどうだ」

「依然、最奥の部屋に。事件後も外に出られる事はありませんでした」

「…………何をお考えになられているのか」


 そして。話し合いは最終議題に移った。

「ファーレン警視長についてですが……。昨日の事件前から彼の姿を目撃した者はいません。事件の数分前に人界に降りてそれっきり行方がわからなくなりました。後に発令された緊急召集にも応じず、連絡もつかない状態です」

「…………におうな」

「今回の事件も奴の管轄内。というか、奴の名が出ない事件などない。一年程前に、とある人間が起こしたという人界――ウィリデ地方の災害時にも現場で奴の姿を目撃した天使が居るそうではないか」

「管轄外では?」

「人手が足りずに借り出されたと本人は述べているらしい」

「…………」

「元々、奴はいけ好かん」

「お上はどうしてあのような新参者を贔屓にするか」

「確かに魔力は段違いだが……それにしてもWSPに転属する前の経歴が抹消されている事が気に掛かる」

「奴がWSPに入った時期は四年前――人界時間で言えば二十三年前だったか」

「……四年前と言えば、確か魔界で『無』と、その番人が突如消失したという報告を受けた年だったな……」

「人界の時間軸が狂ったのも同時期ですね」

「…………何か係わり合いがある、という事か?」

「まだなんとも……」

「だが可能性は高い」

「奴はどうも、天界のそれとは合っていないような気がするのだ」

 ざわめきが最高潮に達したその時、室内の最奥で瞳を閉じずっと沈黙を保っていた一人の老人が顔を上げた。

「……オーライオス警視監」

 正面に居る天使に名を呼ばれ、途端に変化した室内の水を打ったような様子に頷くと、老人――オーライオスはぐるりと一同を見渡した。

 一週間程前に同所で行われた臨時会議で、重役達に報告するファーレンの前に座り一言二言を発言した人物だ。オーライオスはかつて、ファーレンの直属の上司でもあった。深い皺が幾重にも刻まれた顔。薄い金を帯びていた長髪は、今では白く褪せてしまっている。

 が、その眼光は衰えを知らない。

「『人界の巨石』の波動が再び人界から消失した今。目立った反動はまだ見られないものの、影響が皆無とは到底思えない」

 薄く開かれた金の瞳の奥は、重役達を震え上がらせる程の威厳が備わっている。

「国際警視庁に連絡をとれ。各自、警戒し事態に備えろ、と。異変が起きた場合はこちらに逐一報告するようにと伝令」

 低音の嗄れた太い声が轟く。

「は……!」

「ヘルファーレン警視長は現時点で総ての権限を剥奪。見つけ次第ただちに拘束する」

「し、しかしお上が……」

「責任は私がとる。各小隊はただちに捜索を開始せよ。ファーレンが率いていた小隊の代表者をここへ。それから。人界の巨石を所持していたと思われるリチウム・フォルツェンドと、関係者であるトラン・クイロ警視正を連行せよ。以上」

 この場では最高位に君臨する存在――オーライオスの発した言葉に室内が騒然となった。

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