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――弱い自分が大嫌いだった。
泣いている自分は、死ぬ程恥ずかしかった。
だから、精一杯
見ないふりをしていた――
身の引き締まるような、どこか清浄な冷気。
カーテンの隙間から遠慮がちに差し込んだ朝の微光が照らす室内で一人。少女は鏡台の前に腰を下ろし、目の前に映る姿を直視している。
腰まで伸びた鮮やかな黄緑色の髪。漏れる外気が齎す凛としたアトモスフィアにも負けぬ光を灯したエメラルドの瞳。それ等は、いつか自分が欲しがった――欲しくて欲しくてたまらなかったものだ。
こうして今も。あの柔らかな身体を求めて、自分は彼女の後を追いかけている。
届かない背に、手を伸ばして。
もう ずっと。
――そうしている内に、いつしか自分は二人いた。
『強い自分』はいつしか一人歩きをして、『弱い自分』を憎んで出さないようにした。
ふとしたはずみで、『弱い自分』が出てきても、
こんな『自分』は許さない。
こんなものは、『自分』ではない。
認めない。
あたしはいつも、強気。
どんなことがあったって、元気に乗り越えられる。
その力を、あたしは持っている。
あたしは特別。
だから、誰の助けも借りないし、なんでも、完璧にこなしてみせる。
誰にも負けない。
誰にも劣らない。
そうしていつしか、あたしは二つに分かれていた。
『理想』は『あたし』となり、『現実』を捨て置いた――
長い髪を頭の上で二つに結い上げる。
ひんやりとした空気に身震いしながらも素早く私服に着替えると、最後に彼女は二つのグローブを手に取った。
左手のグローブには、エメラルド色の『転位』の魔石が取り付けられている。
そして、もう片方の手には……、
「……今日も。平気」
抑揚の無い瞳で見つめる。
右手につけた黄緑色の輝きに、ボソッと一言呟くと――顔を上げた少女のそれは既に快活な光を纏っていた。
少女は扉を開けて、颯爽と廊下を歩いてゆく。
少女の姿を傍視してきた室内は、その後姿を見送った後、ゆっくりと。
その口を、閉ざした。
――どうか、触らないで。
気づかないで。
放っておいて。
気づかせないで。
いつか遠くに葬り去ったはずの『現実』は、どんなことをしたって消失させる事なんて出来ないのだという事に――