もう1人の元男美少女誕生!?
昼休みになってすぐのことだ。
「春賀さん、もしかして……木野と付き合ってるの?」
「は?」
弁当を持って教室を出ようとしたら、クラスメイトの女子に道をふさがれてしまった。しかもとんでもない質問を繰り出してきやがる。
「え、私が木野くんと? 無いよ! 絶対!」
「だよね~。でも、学校中のウワサになってるよ。昨日、駅前で木野と春賀さんが恋人みたいにいい雰囲気で歩いてたって」
「いや! あれは、その。木野くんと偶然会って! それに、恋愛なんて興味ないから!」
「そっか。そうだよね~。春賀さんは、みんなの春賀さんだもんね~。木野のヤツ、ビジュアルはいいから春賀さんと釣り合うとしたら、あいつか天理くんだけだもん。でも、天理くんはなあ……」
「HAHAHA! 風が僕を呼んでいる!」
言ってるそばから、天理がカッターシャツの胸元をはだけさせ、横を通り過ぎていった。ちなみに、チャックも全開だった。
「ごめん、あれと付き合うくらいなら、そこから飛び降りる」
「だよねえ。ごめんね、引き止めちゃって! ばいばいー」
「うん、またね」
女子から解放され、オレは第二図書室へ向かった。
「ねえ。これって何だと思う?」
第二図書室についてすぐのことだ。木野がオレに手紙のような物を差し出してきた。
「ちょっと見せてくれ」
木野から手紙を受け取ると、女の子らしい可愛い文字で『木野先輩へ』と裏に書かれており、中身を引っ張り出すと『放課後、屋上で大事な話があります』とか書かれていた。
「これは、あれだな」
「あれよね……」
中ニ病でオネエなこいつに告白する女なんて、頭のネジが全部吹き飛んでるんじゃないかと思うが、誰が誰を好きになるのは自由だ。木野だって、見た目がいいのは確かだし。
「どうするべきかしら……あたし、そっちの趣味はないのよね」
「いやいや。男のお前が女の子に興味なかったらおかしいだろ。むしろどっちの趣味があるんだ」
「あ、ああ。そうね。あたしは今男の子だから、女の子と付き合うのが普通なの、よね」
「まあ、いんじゃね? 彼女ができればヤリたいこともできるだろ?」
「ちょっと! 恋愛をなんだと思ってるの! まあ、確かに……ヤリたいけど、さ……」
木野は興奮したのか、急に前かがみになって顔を赤くした。
「お前、性欲ものすごそうだな。女の子と二人っきりになったら速攻襲いそうだ」
「ちょっと! 人を色欲魔みたいにいわないでよ! でも……もし女の子と二人っきりになったらあたし、自分で自分を止めることができないかも……。頭ではその気がなくても、体がいうことを聞いてくれないって言うか」
木野はオレの顔を見ると、ますます顔を真っ赤にした。
「な、何見てるんだよ。きもいだろ」
「やっぱり、あたし断るわ。まだ男の子に不慣れな状態でお付き合いとかしたら、相手がかわいそうだし」
「ふーん? まあ、好きにすれば」
木野のことを無視して弁当を広げる。今日は時間がなかったので、コンビニ弁当だ。
フタを空けて箸を取り出そうとした瞬間、箸が机から落ちてしまった。
「あ、めんどくさいなー」
仕方が無く机の下にもぐりこむ。
「きゃ! ちょ、ちょっと春賀さん! パンツ見えてるわよ!」
「え? あ、ああ」
そっか。この姿勢だとパンツ丸見えなのか。まあ、相手が木野なら気にしなくていいか。
「お、あったあった」
箸を見つけ、取ろうとした瞬間。「姫。今日は薄青い花畑がとてもお似合いですね」と、男の声が聞こえた。
「木野、アホなこといってんじゃねえ」
机の下から抜け出し顔を上げると、0距離で天理の顔面があって一瞬思考停止してしまう。
「う、うわああああああああああああ!?」
「Bonjour、姫。昼の太陽にも負けないあなたの美しさは、もはや罪だ。どうか僕とDéjeunerを供にしていただけませんか?」
数歩後退し、天理から距離を取ると奴はその数歩を瞬く間に詰めてきた。さらに数歩後退すると天理も距離を詰めてきて意味がない。
「近い! 来るな! 寄るな! 木野、天理を押さえろ!」
「あ、うん!」
木野は天理を羽交い絞めにすると、部屋の隅っこまで連れて行った。さすがに天理も木野の力の前ではどうすることもできず、大人しくしている。
「ムッシュ木野。あなたはとてもいいカラダをしていますね。僕ではあなたにかなわない」
「え?」
「ですが、変態紳士の前では力など無意味」
ふう。と、天理は木野の耳に息を吹きかけ、怯んだところで急所を蹴り上げる。
「きゃあ!? こ、これが男の子の痛み……マンガでなんであんな痛そうだったのか謎だったけど……よくわかったわ……」
木野はオメガブラスターにダメージを受け、心底いたそうに床へ倒れこんだ。
「お、おい木野!」
返事がない。ただの屍のようだといいたいところだが、股間を押さえて涙を流しているだけだ。
「これで、邪魔者はいなくなりました……さあ、姫!」
天理の眼がマジだ。……襲われる。このままだとオレ、こいつに……。嫌だ。こいつとだけは、嫌だ!
「姫。僕のPrincesseになってください。僕は……あなたのことが好きです」
ハーフの美少年は、さながらヨーロッパの王子様みたいだ。流れる金髪をかきあげ、彼は男とは思えないような色っぽさで愛の告白をする。
――チャック全開で。
「だが、断る!」
「ならば仕方が無いですね。無理やりにでも、僕の物になってもらいます」
天理がゆっくりと距離を詰めてくる。
この事態を打開するには……もう、あれしかない。そう、魔法だ。幸い登校したとき、ここに置いていったので手の届く場所にある。
「くそ!」
オレは魔術書を隠しておいた本棚に駆け寄ると、魔術書を取り出して声を高らかに叫んだ。
「魔術書よ! 天理を、天理を! 女の子にしてください!」
世界が揺れている。視界に映る物すべてがシェイクされている。成功、だ。
一瞬視界が真っ白になったかと思うと、次の瞬間。世界は何事もなかったように動き出していた。
「今、一体何が起こったのです、姫? あれ、声が……」
「お前、天理……だよな?」
天理はいない。代わりにそこにいたのは、金髪の美少女だった。背は140ちょっとくらいで……胸はぺったんこ。幼児体型でとても高校生には見えない。
「僕は……僕が……僕の、体が」
天理は下半身に手をやると、何が起こったのか理解できない様子で、自分のスカートの下をまさぐり始めた。
「ない、です。変態紳士の証が! 性剣エクスかリバーが、どこにもないです! まだ一度も女性に対して使用したことがなかったのに!」
スカートをまくりあげ、天理のアニマル柄のパンツがあらわになる。それを見た木野は、別の意味で苦しそうにしていた。
木野、お前ロリコンかよ。
「ゆうちゃーん。ごはんにしよー! さっき購買で――な、何その幼女!? もしかしてゆうちゃん……誘拐したの?」
「するか!!」
真子が乱入してきて、事態はさらにカオスと化した。
「こいつは……その、さっきまで天理春だった、男だ」
「まさか、ゆうちゃん。また勝手に性別を変えるようなこと、したの?」
「いや、これにはわけがあるんだ! とにかく、話を聞いてくれ!!」
真子をなだめ、天理を落ち着かせると、イスに座って話を始める。
「とまあ、そういうわけで……」
「うーん。自己防衛、のためとはいえ……何も女の子にしなくてもよかったんじゃないかしら?」
と、木野が天理を見てそう言った。
「でもまあ、可愛いからいいんじゃない? ていうか、本人すごく気に入ってるみたいだし」
真子の言うとおり、天理は絶望するどころか、手鏡を取り出して自分の顔に魅入っている。
「悪くないです……これが、僕ですか……うん、美しい。僕自身が姫、ですね」
まさしく、自惚れだ。
「もろもろの事情は理解しました。僕としてはまあ、女性の体に興味があったので、文句はないデス」
「木野と一緒じゃねえか……」
「失礼ね! あたしをこんな変態と一緒にしないでよ!」
「失礼ですね! 僕をこんな変態と一緒にしないでください! この素人変態!」
バチバチ、と天理と木野の間でヘンな火花が飛び散り始める。ていうか、変態に素人も玄人もあるのかよ。
「ところで……この世界の、女性の僕はどんな女の子、なんでしょう? 姫、あなたは知っていますか?」
「いや、知らない。真子は?」
「ん。ちょっと調べてくる。まっててー!」
真子はダッシュして図書室から出て行くと、一瞬で戻ってくる。
「調べたよ!」
「早いな!」
「だって、ぐぐったらウキペディアに載ってたもん!」
「この展開、またかよ!」
「それで、僕はどんな女の子なんでしょう?」
「えっとね。同時期に10人の男子と付き合って、1日で全員振ったとか」
「超絶ビッチじゃねえか! ん? っておいおい。オレのときと同じじゃねえか。もういいよ、そんなウソは」
「うそじゃないよ! 本当だもん! あと、先生の前では語尾に「にゃん」って付けてて、テスト前になると先生にボディータッチしながら、上目遣いで誘惑するとか」
真子からスマホを奪い取って画面を見ると、どうも本当のことのようだった。小悪魔天理春。女子からは完全に嫌われ者扱いで、男を毎日とっかえひっかえしているとか書かれている。
付いたあだ名が、堕天使。
「素晴らしい! 女性の僕は、愛に生きているということですね!」
「いやいや、プラス思考すぎるだろそれは」
「それより、その。ちょっとおトイレに行ってまいります。この近くだと、どのへんにありましたかね?」
天理がもじもじと恥ずかしそうに手を挙げる。この展開、オレの時と同じだ。天理を女にしたのはオレだし、極力フォローはしてやるか。
「ああ、じゃあオレが付いて行ってやるよ。女になって初めてのトイレだしな。オレが色々アドバイスしてやる」
「よ! 女体化先輩! 頼りになりますねえ」
真子のへんな冷やかしを無視して、オレと天理は外へ出た。ていうか何だよ、女体化先輩って。
「なんだか、体が軽くなった気がしマス」
「そりゃ、背も縮んでるしな」
天理をつれて、近くのトイレにやってきた。さて、まずはここだ。ここで、間違えて男子トイレに入らないよう注意してやらないと。
「おい天理。間違えて男子トイレに入るなよ? 今お前は女の子なんだから――」
と、言おうとしたが天理はスムーズに女子トイレへ入っていった。
「スカートとか、はき辛いよなあ。女物のパンツとか、トランクスしかはいたことなかったから最初違和感バリバリでさ――」
不安を紛らわせるためにオレの体験談を語ってみたのだが、天理はすまし顔でこう返した。
「いやだなあ、姫。スカートも女性用下着も、変態紳士として毎日たしなんでおりますよ」
今もしかして、毎日って言った?
「あ、ああ。そう……」
オレはとんだ変態を女にしてしまったのかもしれない。こいつ、木野以上かも。