聖域への扉は開かれた! あえて言おう、ここは楽園だと!
親父の乱入もあって家にいづらくなった木野は、お腹が空いたのもあるし、帰ることになった。晩飯の買出しもあるので、途中まではオレも一緒だ。
「春賀さんのお父さんやお兄さんに弟くん。いい家族じゃない。春賀さんのこと、とっても大事にしてる……正直うらやましいよ。ほんとうちとは正反対」
「そうかな」
薄暗くなった住宅街を二人横に並んで歩く。正直、木野が隣にいると心強い。中身はアレで外見もアレなのだが、女が1人夜道を歩くのは色々危ないからな。まあ、オレなら痴漢とか強盗とか余裕で撃退できるだろうけど、あまり暴力沙汰にしたくはない。木野という抑止力があれば、それにこしたことはないのだ。
「まあ、ちょっとへんなところはあるけど。いや、かなりへんだと思うけど」
「いちいち言い直さなくてもいいだろ。そりゃまあ……変わってるけど。弟は可愛いし、兄貴はベクトルがおかしいだけで、可愛がってくれてることに変わりないからな。それにまあ、兄貴の気持ちも多少は解らなくはない。男兄弟しかいなかったから、妹ができたらそりゃ可愛がるだろ。もし、オレじゃなくて陽太が女になってたらあそこまではないけど、かわいがってはいただろうしな」
「ふーん。そんなもんなのか」
まあ、陽太にスカートはかせれば妹に見えなくもないが。それはそれで兄貴がへんに暴走しそうで怖い。
「もうすぐ駅だな。お前、何か買うの?」
「うん、もうお腹が限界で……」
木野は電車通学なので、駅に向かう必要がある。けれど、駅前のスーパーで何か食べれる物を買うのでまだ当分一緒だ。やがて駅が見えてきて、少しにぎやかな雰囲気が漂ってくる。
「それにしても、男の子の体ってすごいお腹が空くのね。あたし、今までこんなにごはんが早く食べたいだなんて思わなかったわ」
スーパーの入り口で買い物かごを取ると、木野は惣菜売り場から流れてきたてんぷらの匂いで腹を鳴らした。
男の体と女の体はやはり違う。男から女になったオレから見ても驚きの連続だったので、木野も同じなんだろう。
特にトイレとか風呂とか……およそ生活していく上で必要なことすべてが違うので、新鮮な体験と言えばそうなんだけども。
「そりゃな。女の時のお前の体と、男のお前の体じゃ大きさがまず違うし。お前たぶん、190センチはあるだろ? オレも10センチは縮んだせいか、食べる量が少なくなった気がする。ごはんとかお代わりしなくなったし。まあその分、食費が浮いて助かるけどな」
オレも買い物かごを取ると、野菜売り場を目指した。
「さて……今日は何にするかな。うーん。毎日献立考えるの、めんどいんだよなあ。なあ木野。お前、何が食べたい?」
「そうね。お肉かなあ。なんか無性に油ものが食べたいのよねえ。ダイエットしてたのに。こんなに筋肉ついちゃって……男らしいから別にいいんだけど」
余計な肉などすべてそぎ落としたかのような肉体を持つ木野が、ダイエットとか片腹痛い。
「肉か。お、今日はピーマンが安いな……確か、豚肉が冷凍庫に入ってるから……ホイコーローでもするか。野菜ももうちょっと買っていくかな。うちは男所帯だから、肉食っても野菜摂らないんだよなあ」
炒め物ならすぐにできるし、簡単だ。少し多めに作って、明日の弁当に入れてもいい。
「なんか、春賀さんって……」
「なんだよ。じろじろ見るなよ」
ピーマン片手に考え事をしていたオレを見て、木野はとんでもないことを言った。
「お母さんみたい。良妻賢母って言葉が似合いそう」
「はあ!?」
オレが……お母さん!? 正直、想像なんてしたことない。中学の時、好きになった女の子と結婚して、子供ができて、父親になったらどうなるんだろう。という妄想はしたことがあるけれど、さすがにお母さんになった自分はイメージできない。
「きっと、いいお嫁さんになれるよ、春賀さん」
「ならねえよ! お嫁さんはオレがもらうんだ!」
まったく、何を言い出すんだ。この筋肉だるまオネエは。
「そういえば気になってたんだけど。お母さんは?」
「ん。ああ、オレが小4の時だったかな。交通事故で亡くなったよ」
「あ。ごめんなさい……」
木野はでかい体をしょんぼりと縮めて丸くした。
「いいよ別に。もう昔の話だし。でも……真子の前でこの話はしないでくれ。オレの母さんと真子の母さん、幼馴染でさ。いつも一緒で、仲のいい姉妹みたいな関係だったんだ。その日も二人、同じ車に乗ってて……皮肉なもんだよ。最後まで二人一緒だったんだから……まあ、そういうわけなんだ」
「本当に、ごめんなさい! 嫌なことを聞いちゃって!」
「だから、いいって。それよりほら、お待ちかねの惣菜コーナーだ。やきとりでもコロッケでも、好きなの買えよ」
「う、うん」
木野はきまずさそうに、中華風メンチカツや揚げ豆腐をトレイに載せて、そのままレジへ向かった。
オレも会計を済ませると、木野とスーパーを出る。
「それじゃあ、あたしはここで」
「ああ。木野、たぶんお前にとってここからが本番だ。娘じゃなく息子になったお前に対して、両親はおそらく何の疑問も持たない。最初から生まれたのは男のお前、闘士しかいないんだから。宝石なんて子は、この世界には存在していない。ある意味、自分を否定されたことになるだろうけど……けど、新しい自分が肯定されるわけだ」
「うん。でも、大丈夫かな。うち、親の帰り遅いから、めったに顔を合わせることないのよ。まずはあたし、……俺自身を知らないと」
「そうか。まあ、頑張れ。あとたぶん、自分の荷物とか色々変わってると思うから、戸惑うだろうけど……何か困ったことあったら、電話しろよ。元男として、力になってやるから」
「うん。ありがとう。それじゃあまた明日ね。ばいばい」
木野は手を振りながら改札を通って行った。つーか、野郎が手を振るんじゃねえ。きもいだろ。
「ゆ~ちゃん!」
後ろからやわらかい二つのふくらみが背中に押し付けられて、オレは一瞬思考停止した。この感触……この大きさ。オレのおっぱいデータベースによると、これは……あいつの。
「真子!?」
真子め、知らない間に成長しているな。オレのデータベースと少し誤差がある。
「真子め、知らない間に成長しているな。オレのデータベースと少し誤差がある。って顔してるね。私だって、日々成長していますよ。高校生なんですからね!」
「く……。心を読まれたのか、オレ……」
「それより、スーパーで買い物をするゆうちゃん。もう疑いの無い女子ですねえ。うんうん! ゆうちゃん女の子計画は順調に進んでますね!」
「うれしくねえよ、それよか真子。なんかオレのヘンなウワサとかたってない? つーか、あんまくっ付くなよ」
至近距離すぎる真子の顔に戸惑いながら、来た道を戻っていく。
「んー。とくには? 強いて言うなら、戦いの女神光臨! 強さと美しさを兼ね備えたヴァルキュリアが飯田林高校に誕生した! とかかな?」
「やっぱたってるじゃねえかよ! てゆかなんだよ、ヴァルキュリアって。中ニ病かよ」
そのうち二つ名とか付くんじゃないか。閃光のヴァルキュリアとか。灼熱のセラフィムとか。あ、宿命の炎の3騎士とかいいな。あと二人そろえないといけないけど。
「いやいや~マイナスイメージのウワサじゃないから、だいじょうぶよ。一年生の女の子たちが、今度のバレンタインデーは春賀先輩にチョコレートあげるってみんな言ってたし。あ、あと二人は私と木野さんでいいんじゃない?」
「おいおい……嬉しいけど、男子がかわいそうだろ。てゆか最後のほう、何の話だよ!」
だから、心を読むなっての!
「まあまあ、チョコレート食べ放題じゃん! あ、半分私にちょうだいね!」
真子と一緒に住宅街を歩く。やっぱり、真子といるのが一番落ち着く。
にしても、お嫁さんとか、お母さんとか……うーん。お嫁さんをもらうなら……やっぱ真子がいいな。真子とならうまくやっていけそうな気がする。結婚は人生の墓場と言うし。オレは女にとって都合のいいATMになるつもりはない。
「え、お嫁さんにするならやっぱ真子がいいって? いやー照れますよ、ゆうちゃん」
「いや、そんなこと言ってないし!」
顔にでも出てるのかなあ、オレ。どうも真子相手だと心を読まれる傾向にある。
「あ、そうだ。ゆうちゃん。ごはん食べたらスーパー銭湯いこうよ」
「は? えらくまた急だな。別にいいけど」
「じゃあ、8時にゆうちゃん家の玄関に集合ね!」
それから晩飯後。オレと真子は市内のスーパー銭湯へ向かった。
スーパー銭湯か。初めてだな。
「ゆうちゃん、初体験だね。最初は体の中に入ってきた熱さに戸惑って、声を出しちゃうかもしれないけれど、慣れれば病み付きになるから。安心して」
真子は入り口前で、頬を上気させながらオレにささやいた。その顔はたまらなくエロくて可愛い。ちょっと……いや、かなりドキドキする。
「何の話だよ! たかが風呂はいるのにエロいたとえするんじゃねえ!」
猛然と抗議してみたが、真子はさっきまでエロい表情がうそのように無表情になって、口に手を当て悪魔のようにぷぷっと笑った。
「え? 何で、エロいの? 私はただお風呂にはいったときの感想を述べただけですが? ぷぷ、エロいのはゆうちゃんの頭じゃないですか~?」
この女……!
「もう、先行くからな!」
入り口に入って受付を済ませると、オレは真子に振り返った。
「それじゃオレ、こっちだから。また後でな、真子!」
「あ、ゆうちゃん!」
さて、と。服を脱ぎにいくか。
オレは当然のごとく、おっちゃんやじいさんに混じって男子更衣室へ向かう。そして扉を開け、じいさんやおっさんの横をすり抜け適当なロッカーを探す。
「ふー。久しぶりのでかい風呂だ。前に入ったのは、中学の修学旅行だっけ。そういやあん時、クラスの男子全員で、誰の○○○が一番でかいか比べあったなー。オレが優勝したっけ」
ムダにテンションがあがっていたオレは、1人でなにやら口走っていた。ふと気が付くと、じいさんやおっさんが一斉にこっちに顔を向けて、呆気にとられた表情をしている。ん? まあいいか。
「さーて、脱ぐか」
適当に空いてるロッカーを探し、そこで服を脱ごうとする。
まず、スカートを脱いで、と。……あれ?
「お嬢ちゃん。その、間違ってるよ……」
スカートのホックに手をかけ、半分まで脱ぎかけたところで、親切なおじさんが顔を真っ赤にしながらそう言ってくる。他の男どもは嬉しそうにオレのスカートをガン見していた。中学生とか顔を真っ赤にしてうつむいている。
「しまった……オレ、女なんだった……!」
さっきの独り言がやばすぎる! あわてて更衣室を飛び出すと、真子がニヤニヤしながら受付で待っていた。
「もう、ゆうちゃんたら。はしたないですね~。女の子が男子更衣室に忍び込むだなんて……」
「く! こら真子! 解ってたんなら、止めろよ!」
「いやいや~、黙ってたほうが面白いでしょ? 期待通りの行動で楽しかったよ! もうこれだけで真子ちゃんお腹いっぱいです、ごちそうさまでした」
真子め……しかしこれじゃ、木野に何もいえないな。
「さ、ゆうちゃんは女の子なんですから、こっちですよ~。迷子にならないように、おててつなぎましょうね~」
「オレは子供かよ……」
真子に手を引かれ、女子更衣室に向かう。
ん。待てよ、そうか。
これって、ラッキーイベントじゃん! オレ的にはただ風呂に入りにきただけのつもりだったけど、合法的に女湯覗き放題じゃん!
「ひゃっほー!!」
「どうどう、ゆうちゃん! 今日ここに来たのは、ゆうちゃんのためでもあるんだからね!」
「え、オレのため?」
はやる思いで女子更衣室のドアを開けようとしたオレの襟首をひっぱり、真子が顔を近づける。
ていうか、近いな。唇が触れ合いそうな……真子の匂いがする距離だった。
「ゆうちゃんには、早く女の子になれてもらわなくちゃいけないから。ここに連れてきたの」
「え?」
「さっきのでゆうちゃんを試してみたけど、やっぱ訓練が必要だね。習慣ってのはそう簡単に変えられないから、少しづつ矯正していくしかないでしょ。これから先、夏になったらプールもあるし。浴衣だって着せてあげたいし」
「確かに、嬉しいイベント目白押しだな。プール……てことは、目の前で女子の生着替えが見れるんだな……夏よ早く来い!!」
女子のスク水に着替える場面を目撃できる。それだけでも、女になったかいがあるというものだ。
「お気楽ですねえ、ゆうちゃんは。ゆうちゃんも着るんですよ~スク水?」
「え? あ……」
ブルマに引き続き、スク水。スク水も男にとって聖衣! しかし、それを自分が身に纏うことになろうとは……まだ先の話だけど。
「で、ここに連れてきたのは、少しでも公共の場に触れさせて経験値をつませるためなんだよね」
「あ、ああ」
「まずは、自分が女の子であることを意識すること。そのためにはやっぱり、女の子にしかできないことをやるしかないよね。さしあたって、私と一緒にお風呂に入ってもらいます」
「けど、それならお前の家でもいいんじゃ? いや、もちろん賛成だよ! 反対なんてしてないんだからね!? 真子と一緒にお風呂入りたいんだからね! 勘違いしないでよ!?」
ツンデレか、オレは。
「家のお風呂でもいいんだけど、まったく知らない女の人の中で、もまれるほうが経験値高いだろうと思って」
もまれる!? どこを!?
「いや、胸とかじゃなくて。とりあえず意味は後でググっといてね。説明めんどいから。とにかく、ゆうちゃんは自分を知るべきなの!」
「おう! 望むところだ!」
「じゃあ、行くよ」
聖域への扉が開かれる。果たしてその奥底に眠るのは聖剣を携えた女神か、それとも、聖槍をかまえた戦乙女か。
「お!? おおおおおお!!」
聖域の中には、多くの女神がいた。女子大生、OL、幼女、人妻……。
彼女らは楽しそうにおしゃべりしながら、服に手をかけ今まさに、生まれたままの姿になろうとしていた。
「ふ、ふふふ。ここが聖者のみが足を踏み入れることを許された禁断の聖域か……オレは、ついにたどりついたのか! ジーク・女湯!」
「こら、ゆうちゃんこっちですよ。アホなこと言ってないの。そんなにじろじろ見たら失礼でしょ!」
今まさに、立てよ国民よ! と演説する公国軍の総帥状態だったオレの耳を引っ張り、真子は奥のほうへ強制連行する。いや、この場合男限定で、勃てよ国民よ! もアリか。我ながらうまいこといったなと含み笑いしていたら、真子にめっちゃにらまれたので、黙ることにした。
「本当、ゆうちゃんはエッチなんだから!」
「肝心の女神たちの着替えが見れなかったじゃないか! 真子め、この悪魔!」
オレは真子に引っ張られ、人気のないエリアに引っ張り込まれた。
「さ、脱いで脱いでー」
「わかってるよ……ああ、もう少しだったのに……」
と、愚痴りはしたものの、お楽しみはこれからだ。何せ、風呂である。生まれたままの姿で女神たちがきゃっきゃっうふふなのだ。
そう考えると、気分が高揚して……あ……あれ?
「ゆうちゃん、大丈夫!?」
なぜか真子が3人に見える。それに視界がぐらついて、意識が……遠、のく? くそう、オレはまだ何もやってないんだぞ。
こんなところ、で……。いや、せめて。せめて、真子の裸を見てやる!
「ゆうちゃん……しっかりして!」
真子の体はすでにバスタオルに包まれていて、オレの期待は裏切られた。
そして、オレの意識はそこで途切れた。