オレは妹もののエロゲーを持ってはいるが、兄貴に人生相談なんぞしない!
人生初のストリートファイトに勝利したオレは、オレより強い奴に会いに行くというセリフが似合いそうなポーズで、高揚感に浸っていた。
「ね、ねえ。春賀さん。これって、まずいんじゃないかしら?」
木野がオレの肩を叩いて、不安そうな顔を近づけてくる。
「へ? 何で? 悪は滅んだ。完全勝利なオレかっけーでいいじゃん?」
「昨日までの春賀さんなら、こんなことしないわよ……我が飯田林高校の姫が、拳と蹴りでナンパを回避するだなんて……ありえないわ!」
「あ……しまった!」
暴力女。女ケンカ番長。ナチュラルボーン戦闘狂。クレイジーパンチャー春賀……もしかすると、明日の朝にはあらゆるマイナスイメージのあだ名が、学校中に知れ渡っているかもしれない。
2年2組の姫→2年2組の破壊魔にクラスチェンジしてしまう。将来の夢はお嫁さんとか言ってた女の子が暴力事件とか、マジ笑えない! いや、笑えるけど!
このままでは、女の時のオレのイメージが崩壊してしまう! これは、まずい。
「いいぞー、姉ちゃん!」
「さすがですわお姉さま! チートです!」
「むしろ私とドライブしてください! そして、連れ去ってください!」
「おじさんを、ふふ、踏んでごらん?」
うわ。さっきまでの一部始終を見ていた繁華街の人々が、拍手を送ってる。その中にはうちの高校の生徒もいて、それはさっき女子更衣室で抱きついてきた1年生の女の子達だった。
「仕方がない……とにかく逃げるぞ!」
「え、あたしも!?」
オレは木野のごつい腕を引っ張ると、一目散に逃げ出した。
「ねえねえ? これって、愛の逃避行っていうのかしら?」
「だから、そのツラで乙女なセリフはいてんじゃねえ!」
木野のキモいセリフを置き去りにするようにして、オレ達は駆け抜けた。そしてなんとか自宅に逃げ込むと、玄関で息を整える。
「まったく……ハア、ハア、面倒なことにならなきゃいいが……」
「ほんと……こっちは被害者なのにね」
「木野、とりあえずあがっていけよ。お茶くらい出すから」
「うん。ありがとう。もうのどが渇いてしかたがないわ」
木野は汗だくの体をハンカチでたんねんに拭くと、靴をきれいに脱いだ。やはりその辺は数時間前まで女子だっただけはあるな。
「もう、ほんと嫌になっちゃう。この体って、運動能力はすごいんだけど、汗が止まらないわ」
そういって木野はカッターシャツの下から手を突っ込んで、腹をハンカチで拭いた。
「そういえば、男の汗と女の汗って、成分が違うんだっけな。フェロモンがどうとか……って、お前! 腹筋すげえな!」
「きゃ、エッチ! じろじろ見ないでよ!」
「誰がエッチだよ! そりゃオレはエッチだけど、男になったお前の裸見ても、興奮せんわ!」
木野は筋骨隆々とした自分の体を抱きしめると、キっとこちらをにらんできた。ていうかこいつ筋肉すげえ。今チラっと見えたけど、腹筋が6つに分かれてたぞ。
「もう。怒ったら余計のどが渇いたわ」
「わかったよ、とにかくこっちこい」
「暗い部屋に連れ込んで……へんなことしないでよ?」
「するかよ! ていうか、お前がへんな気起こすなよ?!」
木野を連れてリビングのドアを開けると、少し薄暗くなった空が室内に闇をもたらしつつあった。
「お邪魔します……」
「適当にかけてくれ。そのうち家族が帰ってくるかもしれないけど、気にするなよ。……色々と」
「え。春賀さんの、家族?」
木野は床に腰を下ろすと、いわゆる女の子座りをした。オレはもういちいち注意してやる元気もなかったので、そのまま放置することにした。家族には木野のこと、オネエとでも紹介しておくか。
「親父と兄貴と弟がいるんだ。ほれ、麦茶」
「え、お兄さん!? いいわね。あたし、ひとりっこだったからあこがれちゃうわ。優しいお兄ちゃんに甘えてみたい……」
木野に麦茶の入ったコップを手渡すと、木野は上品に飲み干し、グボっというワイルドなげっぷをした。いやいや、キャラ統一しろよそれ。
「あら、あたしったら。いけない……」
「いや、いいんだけどさ。それより、女のオレってああいうときどう対応したんだ? きっと今までにも、こういうことあったんだろうし」
「うーん、そうね……」
『ただいま帰ったぞ、妹よ!』
「この声、兄貴か」
兄貴は帰ってくるや否や、リビングのドアを開けて入ってきた。
「わ! すっごいイケメン! あたし、好みかも……。ねえねえ彼女とかいるのかな?」
「いや、お前今男だろ、物理的にも精神的にも無理があるだろ……まあ、付き合ってる女はいない。ていうか、童貞だぞこの兄貴」
ガワだけ格別にいい兄貴は、黙ってさえいれば女がよってくる。
「妹よ、何故だ!?」
「んだよ、いきなり」
兄貴はまったく寝ていないのか、充血した瞳でハアハアと息をしながら、獣のごとくオレの手を握ってきた。補足するとかなりキモい。
「お兄ちゃんは昨日徹夜でお前の人生相談をずっと待っていたんだぞ! 妹もののエロゲーを隠し持っているんだろ! お前が学校に行ってる間家捜しさせてもらったが、パンツ以外めぼしいものは見つからなかった! しかもくまさんパンツが一枚もないとは、どういうことだ!!」
「逆にオレの部屋を荒らしてパンツあさるとか、どういうことだ!!」
ガワだけ格別にいい兄貴は、黙ってさえいれば女がよってくる。が、口を開けば女は逃げていく。
「フフ。まあいい。お前に似合うクマさんパンツを買ってきたんだ。さあ今すぐはきなさい。俺の妹がこんなに可愛いわけがある!!」
オレは黙ってリビングのドアで兄貴を挟むと、何事もなかったようにイスに腰掛け麦茶を口にした。
「なんていうか、キモ……じゃなくて、個性的なお兄さんね……」
「空気だと思ってくれ。多少うるさい空気だけど、なれれば気にならなくなる」
兄貴は痛みのあまりリビングの床を転がっているが、静かになったのでまあよしとしよう。
『ただいま、お姉ちゃん!』
今度は弟か。陽太は帰ってくるや否や、リビングのドアを開けて入ってきた。
「わ! すっごい可愛い男の子! あたし、年下もオーケーなのよね……」
やめろ木野。オネエの上にショタだともう手の施しようがない。
「お姉ちゃん。ぼくと遊んでよ! ほら、ちゃんと道具も用意したんだ! テツくんに借りたんだよ!」
弟は瞳を潤わせながらテニスラケットを2つもって、オレのセーラー服の袖を引っ張ってきた。まるで子犬がボールをくわえながら、遊んでよー! という感じだ。
「可愛いなー。お姉さんとテニスしたいんだ」
一般的な思考の持ち主である木野では、この回答が普通である。だが、この弟の回答は想像のナナメ上を行く。
「このラケットでぼくを左右からぶって欲しいの! テツくんは右側がツボなんだって! ぼくは……えへへ。頭頂部かな。脳天に響く激痛がたまらないんだよね」
近頃の小学生は大丈夫なんだろうか。というか、弟の交友関係が気になる。
「ところで妹よ。まだ一言もおにいちゃんのお嫁さんになりたいという名言を聞いていないのだが、いつになったら言ってくれるんだ? いや、今すぐ言いなさい!」
「陽太。向こうで寝ながらぶつぶつ言ってるおにいちゃんをぶってあげなさい。きっと喜ぶから」
弟を追い払うと、再び静寂が訪れる。その直後にラケットが振り下ろされる音が聞こえたが、幻聴の類だろう。
「いいなあ。お兄ちゃん……痛そう」
いや、お前もイタイよ。弟よ。
「なんていうか、キモ……じゃなくて、個性的な弟さんね……」
「兄貴はもう手の施しようがないけど、弟は矯正できると思ってるんだ。あれでも昨日までは、本当に非の打ち所の無い可愛い弟だったんだよ……」
「そ、そう」
『娘よ、愛しいパパが帰ったぞー』
「今度は親父かよ……オレ的にはもうこの展開、お腹いっぱいだから部屋にいこう」
木野を連れ、オレは自分の部屋に避難した。
「へえ、ここが春賀さんの部屋かあ。なるほどなるほどね。今までずっと謎だった春賀祐希ちゃんの部屋はこんな感じなんだ」
木野は学習机のイスに座ると、小学校の卒アルを勝手に取り出し眺めている。
「おい、勝手にあちこち触るなよ」
「春賀さん、可愛いー。マジやばい。こんな妹欲しいわぁ。うちに連れて帰りたいくらい」
そう言って口の端を歪ませて笑った木野の顔は、誘拐犯みたいに凶悪だった。やばいよお前。
木野はアルバムを戻すと、今度はタンスの引き出しを勝手に開け始めた。
「あ。春賀さんのブラジャーだ。うーん。やっぱあたしより胸大きいわね……」
そういって木野は自分の胸板の上にブラジャーをあてて悔しがっていた。その様は見事な変質者だ。おまわりさんこっちです。
「……なあ、木野。とりあえずキモいから静かに座っててくれ。それよりもオレのこと、教えてくれないか?」
「ん? 春賀さんのこと?」
木野はブラジャーをタンスにしまうと、ゆっくりとイスに座りなおしオレの目を見る。
……こいつ、黙ってれば兄貴同様イケメンなんだな。
「ああ。昨日真子に聞いた内容だけだと、どうもしっくりこないんだ」
「うーん。そうねえ」
木野は腕を組んで考える素振りを見せると、切り出した。
「まあ、頭はすごくよかったと思う。でも、なんていうのかな。学校の成績がっていう意味だけじゃなくて……策士的な? とにかく人の心を掴むのがうまいのよねえ」
「ふーん。じゃあ、今日みたいにナンパされたときはどう対処してたと思う?」
「んー。そもそも春賀さん、そういう場所には行かないんだよね。なんていうのかな、ちゃんとリスクを計算して行動する人だと思う」
「リスク、ね」
「むかつく話だけど、昔から男子にチヤホラされてたらしいから、あしらいかたがうまいのよ。常に人の輪の中に、笑顔の中心にいたって感じでさ。男子はあんな女のどこがいいんだろって、ずっと思ってたけど……まあ、男になった今なら男子の気持ちもわかるわね……」
「あ、ああ。そう。にしても、男のオレとは正反対だ……」
「でも……さびしそうに笑うんだよね、春賀さん。何か満たされてないような、どこかあきらめたような……」
「ふーん」
「たぶん、高校からの知り合いで春賀さんの家に遊びに来たのは、あたしが初めてじゃないかな。春賀さん、自分の事はほとんど話さない子だったから。普通に会話してたのは幼馴染の阿久津さんと、ほら、あの人……そう! 天理春! あいつくらいよ」
「げ。嫌なやつの名前出すなよ。ていうか、あれは会話じゃないだろ……」
天理春。オレはあいつが大の苦手だ。今日は見なかったから助かったけど、明日あたり出くわしそうで怖い。
「もしかしたら……」
木野は一度そこで言葉を区切ると、ごまかすように頭をかいた。
「ごめん、やっぱなんでもない」
「おいおい、途中でやめるなよ、気になるだろ」
「ん。うん。もしかしたら、あたしみたいに、今の自分が嫌だったんじゃないかなって思って」
「はあ? まさか。そんなに恵まれてて嫌になるわけがないだろ。恵まれてなかったオレはどうなるんだ」
「だから、もしかしたらの話よ……ねえ、それよりあたしお腹空いちゃった。何かないの?」
急に木野の腹がぐ~と鳴って、話は中断されてしまった。
『祐希! 陽太に聞いたが知らない男を連れ込んでいるというのは本当か!』
「今度は何だよ……」
木野の腹の音がかき消されるように、親父のすさまじいノックの音が部屋に鳴り響いた。そして、間髪入れずに親父が憤怒そのものの顔で侵入してくる。
「貴様! 貴様か!! 大事な娘の初めてを奪い、あまつさえ孕ませたという男は!」
「は?」
親父は木野の襟をつかむと、勢いよくタンスに押し付け、涙を浮かべながらわめき散らす。
「許さん、許さんぞ! 貴様なんぞに大事な娘はやらん!! どうしても欲しいというのなら、わしを倒し、屍を乗り越えていけ!!」
なんじゃこら。昭和のホームドラマかよ。
「え? あの、ちょっとお父さん。苦しいんですけど」
「誰がお父さんだ!!」
親父は木野の襟から手を離すと、両手を木野の胸の上にのせてタンスに叩きつける。
「いや! やめてください! エッチ!!」
「うご!?」
木野は無我夢中で両手を前に突き出し、親父をいとも簡単に押しのけた。
親父は壁にめり込み、ぐったりして動かない。
ていうか木野、お前戦闘力いくつだよ。実は親父さん、戦闘民族の王子なんじゃねーのか。
「やだ。あたし、人を……殺しちゃったの?」
「いや、まあ。わしを倒し、屍を乗り越えていけって言ってたし、いんじゃね?」
「う、うう……」
親父は壁から体を引っぺがし、よみがえってきた。
「やりおる。まさかこのわしを一撃で倒すほどの猛者とは……うむ! きみ、名前は?」
「へ、木野宝石……じゃなかった。えっと、木野闘士……です」
「闘士! いい名前だ。闘う男に相応しい! 闘士くん、ふつつかな娘だが、どうか幸せにしてやってくれ……そして、早く孫の顔を見せてくれ。わしからは以上だ」
「は? 孫?」
親父はやけにご機嫌な様子で部屋を出て行った。去り際に親指を立てて、レッツ挿入! とか下ネタ振りまいていったのが超絶うざい。
「あの。あたし……気に入られたのかな?」
「たぶん」