木野のアームストロング砲とオレの男道!?
それは男になった木野を連れて、教室に戻る途中の事だった。真子は図書室の戸締りをしているので、ここにはいない。オレと木野、2人きりだ。
「あ、春賀さん。先に行ってて。そういやあたし……じゃなかった。俺、女子更衣室に忘れ物したんだった」
と、木野が昇降口で手をぽんと叩いて思い出す。ていうか、このワイルドなツラで一人称『あたし』は破壊力でかいな。何も知らない人が聞いたら、オネエだと思われるぞ。
「わかった、先に戻ってる。で、何忘れたんだ?」
「ブルマよ。……じゃなかった、ブルマだぜ」
「そっか」
木野が全速力で廊下を走り抜けていく。男になったことで身長が伸び、足の長さも変わっているので走った時の速度が断然違う。あれならすぐに女子更衣室にたどり着けそうだな。
……ん?
「ちょっと待て、木野!!」
今になって気付く自分に苦笑する。今のあいつは男なんだから、当然ブルマなんて所持していないし、そもそも男の体で女子更衣室に入ったら、卒業まで変態として名が残るぞ!
オレもまた全速力で廊下を駆け抜ける。風でスカートのすそが翻って、白いふとももがあらわになる。それを見た一年生の男子が顔を真っ赤にしていたので、にらんでやった。
「何見てんだ、てめえ!!」
「す、すみません!!」
くそ。ズボンならこんな心配しなくてもいいのに。スカートは面倒だな。って、それより木野だ。あいつを止めないと!
だがオレの心配虚しく、女子更衣室では悲鳴の大合唱が巻き起こっていた。
「木野!」
「あ、春賀さん。聞いてよ、みんな変なのよ! あたしが入ったら急に異物を見るような目でにらんでくるの!」
どっからどう見ても、男の木野が女っぽいしぐさで説明する様子は、端から見れば完全にオネエだ。
「だから、今のお前は男なんだって! もう忘れたのかよ!!」
「あ。そうだった……習慣って怖いわね」
女子更衣室では、一年生の女子が5時間目の体育に備え、着替えている最中だった。全員の視線がまるで刃物のように鋭く、木野をにらんでいる。
……仕方が無い。
「あの、ごめんね? 実は私、忘れ物しちゃって……木野くんに頼んで取りに来てもらったんだけど、あなたたちがいること知らなくて……本当にごめんなさい」
女子更衣室に入ってすぐに深く頭を下げ、オレは一年生女子の反応をうかがった。
「春賀先輩がそういうなら、そうなんでしょうね……いいですよ、もう」
「春賀先輩がそういうなら、仕方が無いよね」
みんなオレの言葉を鵜呑みにして、それ以上追求してくることは無かった。マジで女のオレ、慕われてるな。全員言いなりじゃないか。
「それより先輩。今度私とデートしてくださいよお」
「え?」
「あー、ずるいよー! 先輩は私のお姉さまなのに~!」
「ちょ、ちょっと!?」
一年生女子の1人がオレに抱きついてくる。
おほ! つい先月まで中学生だったとは思えないくらい発育がいい! きっとこの子、Dはあるな。
「先輩、大好きです!」
おほ!! こっちの子はかなりロリだな。
「春賀さん。みんな納得してくれたみたいだし、そろそろ行きましょ」
「ちょ、木野! ここは楽園なんだぞ! あ、またねーみんな!」
いきなり木野に腕をつかまれ、オレは廊下に連れ出された。
「春賀さんが元男だってのが、さっきのでよくわかったわ……あたしも……じゃなかった。俺も気を付けるから、春賀さんも気をつけないと」
「ん、ああ。そうだな。にしても、さっきの子。なかなかいいモン持ってたなあ……」
「春賀さん。よだれ出てる」
「は! わ、わるい」
木野がポケットからハンカチを出し、貸してくれたので、それでよだれを拭く。
「と、ところで。さ。頼みがあるんだけど」
木野が前かがみになって、顔を真っ赤にしながらそう言ってくる。まさか、またか?
「今度は何だよ?」
「ね、ねえ。男の子のおトイレって……どうやるのかしら?」
「そんなもん、アームストロング砲を取り出して、照準セット! そして全弾発射! 敵部隊殲滅! そんなところだ」
「い、意味わからないわよ!!」
「まあ、解りやすく言えば、ズボン下げてパンツ脱いで、あとは便器のスナイパーになるだけだよ」
「余計意味がわからないわよ! もういいわ! 行ってくるから!」
木野は顔を真っ赤にしながら、またも女子トイレに駆け込もうとする。案の定、中から悲鳴が聞こえてきて、オレは助けにいくのだった。
「なんか、男の子の体って面白いわね……じゃなかった。おもしれなー、おい」
木野は用を足してすっきりしたのか、えらく興奮した様子だ。
「あたしのアームストロング砲が敵陣地に火を噴いたわ。じゃなかった、俺のアームストロング砲が」
「お前、教室でも気をつけろよ。中ニ病の上にオネエじゃ、周りもドン引きだぞ」
「わかってるわよ! じゃなかった。わかってるさ。とりあえず今日一日は大人しくしておくわよ。あー、早くカフェでケーキでも食べて、ゆっこやいのりとコイバナでもしたいわー。あ、知ってる? ゆっこたら、隣のクラスの飯島くんが気になってるんだって! そういや、この前買ったキャミソール、この体に合うのかしら?」
「……大丈夫かよ。ていうかそのガタイで入るキャミなんか、あるわけねーだろ!」
少し、真子の気持ちがわかった気がする。これは想像以上にしんどいぞ。
それから教室に帰り着いたオレ達は、多少のトラブルこそあったものの、その日の授業を無事終えることができた。
ホームルームが終わって放課後。
カバンに教科書を詰め込んでいると、木野がなにやら近寄ってきて気安く肩を叩いてくる。
「なあ春賀さん。俺と一緒にトイレいかね? なかよくおしゃべりしましょ。じゃなかった。ほらあれだ。ツラかせよ」
瞬間、教室が戦慄する。
「春賀さんをトイレに連れ込んで何するつもりなのかしら、木野の変態」
「ていうかその前、オネエ言葉じゃなかった? あいつ、そっちの趣味もあるのかしら」
たぶん、木野としては女子同士のコミュニケーションのつもりでトイレに誘ったのだろう。だが、途中で気付いて男言葉に訂正してももう遅い。
やがて、クラス中から『春賀ちゃんの初めてを守る隊』が結成され始めたので、オレは木野の腕を引っ張って学校を脱出した。
「木野! お前はいい加減自覚しろ! 言葉だけ直しても意味無いんだよ!」
「だって、そんなこといわれても、女歴16年と9ヶ月なんだから、しようがないじゃない!」
駅前まで連れ出して、ようやく足を止めたオレと木野は近くにあったハンバーガーショップで休憩していた。
「まったくよ。……あやうくお前、クラス中からボコにされるとこだったんだぞ」
「え? 何でよ」
「何でって、お前。男と女がトイレに……」
「あ」
そこまで言ってようやく気付いたのか、木野は口元を押さえて顔を真っ赤にした。だから、そのリアクションをやめろというに。
「とにかくだ。少し男ってのをレクチャーしてやる。オレも真子から散々女の子講義受けたからな。今度はオレがお前に男道を説いてやる」
「男道……なんか、汗臭そう」
「黙って聞けよ。ほら、あそこのJK見てみろ」
「あの人が、何?」
テーブルを1つ挟んだところに座っている女子高生。彼女はなにやらスマホをいじっていて、少しスカートが無防備になっている。ふとももとスカートの狭間をのぞき見てみたいと思う男子は多いはずだ。
「可愛いわね」
「だろ」
「春賀さんや阿久津さんほどじゃないけど」
「そうだな。オレのほうが可愛いな。いや、そうだけど! そうじゃなくてだな! ほら……見えそうだろ?」
スカートとふとももの間に生じたライン。それがなんともいえないエロさを演出している。
「あら。ほんと。無用心ね」
「どうだ?」
「どうって?」
「何か感じないか?」
「ん。そういえば……なんだか、下半身が落ち着かないわね」
「それが男心だ。男はなあ、常に自分自身と戦ってるんだよ! 最大の敵は自分の中にいるんだ! そしてエロ本片手に日々自己鍛錬をかかせないんだ。解るか!?」
「わ、わかったわよ。だから、春賀さん!」
「な、なんだよ」
「お客さんが見てる……」
「お、おう」
いつの間にかオレは、店内の客の視線をミスディレクションオーバーフロウしていた。
「あと、今急に立ち上がったから、スカートめくれて見えたわよ……パンツ」
「み、見てんじゃねえよ! とにかく場所変えるぞ」
「う、うん」
木野の腕を引っ張り、駅前の繁華街を少しうろつく。
さすがにこの時間帯は帰宅途中の学生であふれていて、とくに男女のカップルが多い。
「ねえ? あたしたちって周りからどう見えてるのかしら?」
「さあ。ただの友達? クラスメイト?」
「カップル……とかに見えないかな」
「はあ!?」
ワイルドな男の口からそんな乙女めいたセリフが飛び出してきたので、オレはいい加減、膝蹴りでもしてやるべきだろうか?
「お前な。そのツラで恋する乙女みたいなこと言うんじゃねえ! だいたい――」
「ねえねえそこの彼女~」
「え?」
後ろから声をかけられた。振り返ってみると、大学生くらいのチャラい男が3人。こっちを見てニヤついている。
「君、可愛いよね~俺らとあそばね?」
オレが返事するよりも早く木野が前に出て、腕を組んで考える素振りを見せてこういった。
「えー。どうしよっかなあ。宝石、お金持ってないしぃ。でもでも、お兄さんたちけっこうかっこいいしぃ。考えちゃうなあ」
そう言って腰をくねらせた木野は、過去最高にキモかった。
「な、なんだこいつ。オネエか?」
「宝石ってなんだ? 源氏名かなんかか?」
男3人は雷に打たれたようにドン引きしている。そりゃそうだ。
「いや、あんたじゃなくてさ。そっちの黒髪ロングヘアの彼女。ねえ、君。名前なんていうの?」
「へ、オレ!?」
あ、そうか。これってオレ……ナンパされてるの、か。
「俺ら車で来てるんだけど、乗ってかない? ドライブしようよ。いい場所知ってるんだ」
「え、えーと」
「いいからいいから、おいでよ!」
「ちょ!」
男ども3人がオレを逃がすまいと強い力で抑え込んでくる。
「痛いって、やめろよ!」
「気が強いんだねー、君。でも、男3人にかなうわけないでそ。さあ、あきらめて俺らと楽しい世界へ行こうぜ、へへへ」
男の一人が臭い息を吐きかけながらそう言ってくる。こいつらの狙いは、こいつらの狙いは! オレの……!!
そんなの、絶対に嫌だ!!
「ふざけんな!!」
強引に男を振りほどき、間合いを取る。
「うお!?」
……体が覚えている。習った事は無いけど、空手か少林寺拳法か合気道か……この世界のオレは何か格闘技も習っていたようだ。
「なんだこの女、俺らとやるつもりかよ」
相手は3人。数の上では圧倒的に不利。でも、オレはスポーツ万能美少女。加えて、男の時の能力が統合されている。男の時の腕力と体力が、そのまま上書きされる形で。
「カモンお嬢ちゃん。激しい運動のあとはもっと激しいプレイで君を昇天させてあげるよ」
しかも相手はなめきっている。……やれる。
「こないなら、抱きついちゃうよ!」
「キャア!!」
木野の太い声で出された悲鳴がゴングとなって、男の一人が両手を広げて襲い掛かってきた。
「隣の山田さんちのシンシアちゃん(ブルドッグオス)と交尾でもしてろ!」
「うを!?」
遅すぎた。まるでスローモーションのような動きで襲い掛かる男の顎を、掌で打ち上げ即座に足を払う。
「な、なんだこの女。強いぞ!」
「なめやがって!」
今度は真正面から男が正拳突きを放ってくる。それを左手で受け流し、右の拳をえぐるように打ち出す。
「が、あ、あ……」
見事に急所に極まり、男は腹を抑えたままその場に崩れ落ちた。
「この、このアマ!!」
男の一人はやぶれかぶれになって、銀色に鈍く光るナイフを取り出しオレに向けてかざす。
「やるぞ、やっちまうぞ! 痛いぞ、血が出るぞ!?」
本当はたぶん、使ったことなんてないんだろうな。情けないくらい膝が震えている。
「やめとけよ。そこで寝てる二人連れて、いますぐ病院までドライブするんだな」
「なめ、やがってええええええええええええええ!!」
セリフの途中から奇声に変わって男は突っ込んでくる。
「美少女、なめんなよ!!」
くるりと身を翻し、回し蹴りを男に向けて放つ。空気を激しく薙いだその一撃は、男の持つナイフを弾き、道路を転がった。
「ひ!」
「いけよ。ナンパも命がけでできねー男なんざ、こっちから願い下げだぜ!」
やば。なんかテンションあがりすぎてオレのセリフがイタイ。
「す、すみませんでした、姉御おおおおおお!!」
男は他の二人を置いて、急いで逃げていった。
「誰が姉御だ。オレは男だっての!」