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女子の世界は怖い

 自分の中の変化に気付いたのは、4時間目になってからだった。


 解らないはずの数学の問題が、まるで小学校の算数みたいにスラスラ解ける。まだ授業で習っていないはずの問題もだ。


 オレ、勉強苦手だったのに。とくに数学が苦手で、授業中はほとんどボーっとしてて勉強を捨てていた。


「さて。そうだな。この問題、誰か解るか? さっきの例題を応用すれば解ける問題なんだが……」


 数学の男性教師がちらっとクラスメイトの顔をゆっくりと見渡した。


 黒板に書き出された問題は教科書に載っていないが、ちゃんと先生の話を聞いていれば解ける簡単な問題だ。 


「ふう。手を上げる奴は誰もいないか。しょうがない、木野。回答は?」


「え、あたし? 何でよ!」


 オレの席の列の一番後ろに座る女子。……いかにもギャルな容姿と、性格が悪そうだが可愛い顔をした木野宝石(じゅえる)が当てられた。


 木野はクラスの女王さま的存在で、男子をゴミのように扱う女王様だ。DQNネームのクセに成績は良く、意外に料理もうまいので、女子からは慕われていたりする。が、男子には嫌われていた。


「えっと……」


 木野は先生の話を聞いていなかったのか、いつもなら答えられそうなレベルの問題で、何故だか回答できずにいた。


「なんだ、わからんのか? 授業中に携帯なんかいじっているからだ。もういい、座れ。次同じ事やったら、職員室に呼び出すぞ」


「チ……なら当てんなよ」


 木野は機嫌悪そうにイスへ腰掛けると、窓の外へ目を向ける。


「では、そうだな……春賀。お前はどうだ?」


「え、あ。はい。答えは……」


 先生に指名されて答える。いつもなら木野同様、答えに詰まって別の奴に当てられるパターンなのだが、今日のオレは違う。すらすらと答えを述べ、着席すると周りから「おおー」という感嘆の声が上がった。


 なんだかこれ、気分いいな。


「うむ。春賀はちゃんと予習しているな。今出した問題は中間に出すから、各自覚えておけよ」


 なんだか、無性に照れくさくて嬉しかった。勉強で褒められたことは無かったし、他人に認められるのがこんなに嬉しいことだなんて知らなかった。


「おっと、もうこんな時間か。少し早いが今日はこれまで、号令」


「きりーつ。礼ー」


 あっという間に4時間目が終わって昼休みだ。体育の時間では初めてのブルマとツインテールに戸惑いと恥ずかしさで疲れたけれど、逆に4時間目の数学は楽しかった。


 さて、昼飯だ。第二図書室で1人で食ってそのまま昼寝……それがオレのいつも通りの昼休み。


 オレはカバンから弁当を取り出すと、席を立って教室を出ようとした。


「春賀ちゃん、いっしょにお昼しよっ!」


 席を立ったと同時、オレは左右から女子に抱きつかれて、一瞬身動きが取れなくなる。


「え?」


「ほらー、こっちこっち!」


「いや、オレ……じゃなくて、私。1人で……」


 強引に連行される形で女子の中に投入されるオレ。男子の机を勝手に占拠した上に、くっつけられてテーブルみたいなのができている。


 そういえば、昼休みって女子が教室独占してたっけな。男子は居心地悪いから、みんな学食か外で食べるけど。


「春賀ちゃんは、ここー」


「ちょ、ずるい! 春賀ちゃんの隣、あたしだし!」


 なにやらオレの隣の席をめぐって女子二名が小競り合いを始めた。


「じゃあさ、春賀さん。あたしの隣においでよ」


「え?」


 そうオレに声をかけたのは、木野宝石……。オレのもっとも苦手な女だった。


「え、えーと。私は……」


「遠慮しなくてもいいじゃん~。あたしとお話しようよ、ねえ? それとも……嫌なの?」


 木野のつけまつげでぱっちりした目は、まっすぐにオレを見ている。まるで、獲物を狙う野獣のように。


「ううん、そんなことないよ~」


 木野の目は口以上に物を語っていた。それは『逆らうな』、ということらしい。


「だよねえ。あたしと春賀さん、親友だもんねえ。親友の誘いは断らないよねえ」


 さっきまでオレの隣の席を争っていた二人の女子はすみっこに着席して、何事も無かったようにおしゃべりを始めている。2人は理解しているのだ。このクラスで木野宝石に逆らうことが=クラスでの孤立。であることに。


 女子の空気を読める能力のすごさに驚いている場合じゃないが……仕方がない、今日だけは付き合ってやるか。こいつを敵に回すのはあんま得策じゃないし。


 木野の隣のイスに座ると、オレは弁当箱を取り出して机の上に広げた。


 今日の弁当はシンプルだが、卵焼きとミニハンバーグとポテトサラダとあと……弟がどうしてもと言うので、たこさんウィンナーが入っている。


 ちなみにうちは母親がいないので、家事は主にオレがやっている。弁当も朝、親父と兄貴と弟の分も作って持たせているので、それなりに料理の腕には自信があるのだ。


「春賀さん、今日のお弁当はどんな感じ? どこのコンビ二なのかなあ?」


 と、オレの弁当箱を横から木野がのぞいてくる。って、コンビニってどういうことだ?


「えっと、今日は手作り、なんだけど……」


「えー! うそ! どうしちゃったの! 春賀さん、お料理ぜんぜんダメってあんだけ言ってたじゃん! だから毎日コンビ二弁当だったのに」


「え?」


 もしかして……女のオレって、家事ダメな子だったのか?


「春賀さん、勉強もスポーツもできてこんなに可愛いパーフェクトな子なのに。家事が一切ダメなところがよかったのになあ……ま、いいや。おかず交換しようよ。あたしね、卵焼き得意なんだ。1つあげる」


「え、ありが、とう」


 別に頼んでもいないのに、木野は弁当から卵焼きを1つ取り出し、強引にオレの弁当箱のフタに乗せた。


 てかこれ、一番形が悪いやつじゃねえか。


「食べてみて。おいしいから」


 やはり木野の目は口以上に物を語っていた。それは『まずいなんて言ったら許さないから』、という意味だろう。


「うん……おいしい」


 おそるおそる卵焼きを口に運んでみると、なかなかうまい。得意というだけはあるな。でも、これなら……。


「そんじゃ、春賀さんのもちょうだいね」


「ちょ、ちょっと!」


「毒見してあげるよ。いくら春賀さんががんばって見た目だけきれいなお弁当こしらえてきても、中身はねえ。お察しでしょ?」


 はあ? 毒見だと? お察しだと? こいつ、バカにしてんのか。


「うん。これが一番まともそう」


 強引に木野が卵焼きをかっさらっていった。それは一番見た目がきれいで形が整ったやつで、それを木野は下品にくちゃくちゃと音を立てそしゃくする。


「……おい、しい?」


 木野は多少焦ったような顔をしながら、口元を押さえた。


 ざまみろ。こっちの世界のオレは料理下手だったかもしれないけど、今のオレは違うんだ。さっきの木野のとオレの卵焼きじゃ、だんぜんオレのほうがうまい。


「うそでしょ、何で……急に」


 木野は信じられない顔をして、負けを認めたくはないのか、さらに卵焼きをもう1つ奪って口にする。


「あれー? 春賀ちゃん。お弁当作ったんだー。おかず交換しようよー」


「え、うん。いいよ」


 木野が夢中で食べている卵焼きにみんな興味があったのか、我先にとオレの弁当箱からおかずがどんどん消えていった。


 ああ……たこさんが……うまくできたのに……。


「わー、これおいしい! どうやって作るの、春賀ちゃん!」


「たこさんかわいいねー」


「春賀ちゃん、女子力高いー」


 オレ、男子なんですが。いや、今は女の子だけど。


「今度作り方教えてよー」


「うん、いいよ」


 嬉しいな。オレが作った弁当を食べて笑顔になってくれると。


 今まで自分用でしか作らなかったし、一人で昼飯食ってたから、他人に評価されることはなかったけど……。


「あー。あたしお腹いっぱい。ゆっこ、いのり。学食でジュースでも買いに行こうよ」


 木野は数学のときと同じくらい不機嫌そうな顔で席を立ち、2人の女子と一緒に教室を出て行った。


 ……何かまずいことしたかな、オレ。


「ゆうちゃーん。ごめんごめんー。購買混んでて……一緒にお昼しよ……って、あれれ? みんなと食べてるんだ」


 木野と入れ代わるようにして、真子がビニール袋を抱えて教室に入ってきた。そして、何かを察して後ろを振り返ると、オレの腕をつかんで廊下に連れ出す。


「なんだよ、急に」


「もしかしてだけど……木野さんと、何かあった?」


「あー。オレの卵焼き食べて、うまいって言ってたかな」


「それで?」


「いや、そんだけ」


「じゃあ、原因はそれか……」


「え?」


「言い忘れててごめん。こっちの世界のゆうちゃんは、家事が壊滅的にダメな子なんだよ」


「だろうな。さっきの木野の話から察するにそうだと思った。まあ、男のほうのオレは勉強もスポーツもイマひとつだったけど、家事だけはできたからな」


「それなんだよ……さっきの数学の時、昨日までのゆうちゃんなら、小3の問題でもわからなかったハズなのに、すいすい答えちゃって」


「さすがにオレでも小3の答えくらいわかるわ!」


「だから……たぶんだけど、こっちの世界のゆうちゃんの能力と、元のゆうちゃんの能力が統合されつつあるんだよ」


「そうか……つまりオレは、この体のスペックを引き出すことができるんだな。だから、数学も簡単に解けちゃうわけだ」


「だよ。たぶん、スポーツだって何やっても、部活のエース級以上にうまくやれると思う」


「おお! すごいじゃないか、オレ! つまり、こっちの世界のオレの弱点だった家事は男だったオレの能力が統合されて、無敵なわけだ!」


「でもなあ……」


「おいおい、なんでそんな複雑そうな顔するんだよ、真子。天下無敵の美少女ここに爆誕だぜ!!」


「木野さんの女の子としてのプライド、傷付けちゃったんだよ。ゆうちゃんは」


「は? あいつの? 別にいいじゃんか、そんなの。オレもともとあいつ嫌いだし。むしろ、せいせいするね!」


「んもう、これだから男の子は! って、今は女の子だけど! たぶん木野さんにとって、勉強で負けてても家事でゆうちゃんに勝っていたから、心の均衡が保てていたのかも」


 真子はヤレヤレといった具合に大きくため息を吐いた。


「元々プライド高くて上昇志向が高くてワガママで彼氏がいて、むかつく女だったけど……おっとと! 今のナシ。忘れてね! 木野さんの耳に入ったら、私まで目の敵にされちゃう」


「お前も嫌いなんじゃねーかよ、木野のこと」


「まあまあ、女子の世界は男子ほど単純じゃないんだからね。乙女は色々と複雑なのですよ」


「つってもなあ……じゃあ、オレはあの時どうしたらよかったんだよ?」


「それはまあ……正直どうしようもなかったかかも。強いて言えば、お父さんが作ったことにするとか……まあ、ゆうちゃんじゃそういう機転を利かせるのは経験値不足だから、しかたがないか」


「いや、待てよ。魔術があるじゃないか! あれでさっきの記憶を挿げ替えるのはどうだ?」


「うーん。どうかなあ。結局今日のことがなかったことになっても、明日また同じことが起こるかもしれないし……」


「とにかく、やってみるぞ!」


「あ、こら。待ちなさいー!」


 オレは急いで教室に戻ると、真子のカバンから魔術書を取り出して、学食へ向かった。


「いたな、木野」


 木野はさっきの2人と一緒に学食のテーブルで、ジュースを飲みながらなにやら話していた。


「ほんとさー。春賀なんなのあれ? マジ生意気なんですけどー。数学ん時だってさ、空気読んで間違えてくれればいいのに。あれじゃあたしが春賀よりも頭悪いみたいじゃん。おまけに弁当もうまかったし……あー、人生つまんねーの」


 好き勝手言ってくれやがって……今に見ていろよ!


 オレは魔術書を握り締めて、木野に向けて手をかざした。


 えーと、どうするかな? さっきの記憶を消す……じゃ、真子の言うとおりまた明日も同じことが起きそうだ。


 ――だったら。


「魔術書よ。木野の、女としてのプライドが傷つかない世界にしてください!」


 これでどうだ!


 世界が揺れている。視界に映る物すべてがシェイクされている。けれど、激しい揺れの割にテーブルも自販機も微動にしていない。


「え、あれ。何だこれ、地震?」


 いや、違う。これは昨日と同じだ。オレが女になったときと同じ現象!


 一瞬視界が真っ白になったかと思うと、次の瞬間。世界は何事もなかったように動き出していた。


 一見数秒前と何の変化もないように見える。だが、明らかな変化が1つだけあった。


「な、なんなのよ、これ!! どうして、あたし……あたしが!!」


 木野は自分自身に何が起こったのか理解できないまま、パニクって近くにあった女子トイレに駆け込んだ。


「あ、おい。木野!!」


 オレも急いで木野の後を追い、女子トイレに駆け込む。すると……。


「だ、誰なの! この男! あたしは、あたしは、女の子なのに……どうして!!」


 木野そっくりな学ランを着た男子生徒が、鏡の前で自分の体を触りながら驚愕していた。


 そう、最大にして唯一の変化。それは、木野が男になったことだった。

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