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オレは暴力ヒロインじゃねえ! 暴力ヒーローだ!

 いきなり何を言ってんだ、こいつは。いや、正直その申し出はこちらも望むところではあるけれど。


「さっき手放すだなんてありえないとか言っといて、いきなりなんなんだよ、それ」


『状況が変わったの。まあ、そんなことどうでもいいじゃない? あんたは元の体に戻れるんだからさ。ハッピーエンドでしょ』


「それはまあ、そうだけど」


『それとも何? 私の体気に入った? まあ私って可愛いから、元の自分の体に戻りたくない気持ちも理解できなくはないけど~。あんたって、パーフェクト美少女であるこの私、春賀祐希の並行世界の同位体のクセに、平々凡々のモブ男だもんねえ。まったく、何をどう間違えればそうなっちゃうわけ?』


 なんかこいつ、ナチュラルにむかつくな。話し方というか、尊大すぎる態度もそうだけど、自意識過剰にも程がある。ほんとにこれが並行世界のオレなのか?


「オレは何も間違ってなんかない! お前みたいなプライドとおっぱいのでかい女に産まれなくてよかったよ!」


 あ、おっぱいはでかいほうがいいな。


「そりゃお前からすればオレはモブかもしれないけれど、オレはパーフェクト美少女より平凡なオレでいたいんだ! だから、今すぐオレの体を返せ!」


『ふ~ん? ま、いいか。それより戻る前に1つ確認しておきたいんだけど、あんたさ……』


「なんだよ?」


 それまで強気な表情だった鏡の中のオレは、急に顔を赤くしてもじもじした。


『処女なの?』


 ブフっと、唾が鏡に飛んだ。


『ちょ! 汚い! まあ、パーフェクト美少女の唾なら需要あるかもしれないから、保存しておくことをすすめるわ。ヤブオクで一億で出品しなさいよ、すぐ売れるから』


「な、何言ってんだお前!! ていうか、需要ってなんだよ! 売れるわけねーだろ!」


 そういや確認したことないから知らなかったけど……やっぱ処女だったのか、オレの体。


『元に戻ったらいきなり妊娠3ヵ月とか嫌なんですけど~?』


「あ、安心しろよ! そういういかがわしいことは、まったくしてないから! キレイなままだよ、オレの体」


 瞬間、鏡の中のオレは信じられない物を見るような目でオレを見てきた。むしろ、軽蔑されているような……何もしてないのに、何で?


『はあああああ!? 信じられない! ナニもしてないっての!? 美少女になっておいて? 自分の体なのに? 私だったら男に声かけまくって酒池肉林よ!』


「なんでオレが怒られてるんだよ。こういうのって、普通何かしたら軽蔑されるシチュだろ……」


『あー。可愛い私になっておいて何もしてないだなんて、ほんとプライドへし折られた気分だわ……今まですれ違った男はみんな私に好意を抱いても、絶対に触れることはできないのに。あんたはすぐ手に届く場所にいて、誰にも邪魔されないってのに……いいわ。今すぐやりなさい! 私が許可する!』


「アホか!! できるか! こんなとこでそんなことしたら、とんでも痴女だろうが!」


 プライドの塊だな、こいつ。並行存在とはいえ、こいつにとってオレもすれ違ってきた男の1人でしかないのか。にしても……何をどう間違えば女のオレはこんな人格破綻者に育つんだ。


『あんた今、私のこと人格破綻者だって思ったでしょ』


「ああ、そりゃな。自覚はあるんだな、お前」


 いや、でもオレも木野に対して『オレ、可愛いしな。おっぱいもでかいし』とか、言ってたなそういや。確かに、すべてを揃えて生まれてきたら……こんな風になってしまうのかもしれない。


『一応言っておくけど、普段の私は愛想よく生きてるんだからね。こんな風に本性さらけ出してるのはあんたとあの子だけなんだから』


「さっきも口にしてたけど、あの子って誰だよ?」


『それは……』


「春賀さん? 大丈夫ですか?」


 トイレのドアを開けて入ってきたのは、キルトさんだった。


「あ、あはは。大丈夫です。ちょっと、気分悪くなっただけなんで」


「そうですか。なら、よかったです。あの……私、応援してますから!」


 何かを決心したようにキルトさんは言うと、オレの手を優しく握った。


「はい?」


「同じ女ですから、わかります。春賀さんはジュエルちゃん……いえ、木野くんのこと好きなんですよね?」


「は、はあ!?」


 何勘違いしてんだよ、この人!


「確かに木野くんて、女の子の気持ちに鈍感なタイプみたいだし、口下手な男の子だけど、2人はお似合いだと思いますよ!」


「いや、その。それはたぶん、キルトさんの思い違いだと」


 オレが男を好きになるはずがないだろ。まあ、あの男の中身は女なんだけどさ。


「思い違いなわけありません! 春賀さん……自分の気持ちに素直になってください。木野くんが私を見ている時の春賀さんの顔を見れば、解ります」


「いや、オレは胸の大きい子が好きで、ああいうのは……」


 キルトさんの無駄に揺れる巨乳がオレの視界を遮っていた。


「筋肉ですか!? わかります! 男性の厚くて大きな胸板は憧れますよね!」


 キルトさんは何かスイッチが入ってしまったのか、まるでオレの話を聞かずに自分の世界を繰り広げ始めた。


「いや、筋肉っていうかそれは脂肪の塊っていうか。柔らかくて大きいし」


「ぽっちゃりした男性、ですか……うん。アリですね!」


「ねーよ!」


「春賀さん。女の子は恋する生き物なんです。このままじゃ、一生二人の距離は縮まらないですよ。そんなの、悲しいじゃないですか。本当は二人の気持ちは通じ合っているはずなのに……もどかしくって」


「いや、気持ちは嬉しいけど……木野とは」


 こんなことしてる場合じゃない。女のオレに元に戻るように言わないと!


「あれ?」


 いない。さっきまでそこに映っていたはずなのに。


「どうしました?」


「いえ、なんでも……」


 まさか、さっきのは幻とか夢とか……いや、そんなわけない。確かにオレはあいつを見た。間違いないはずだ。


「とにかく、私が春賀さんの恋のお手伝いをします。さ、戻りましょう!」


 キルトさんはきゃっきゃと嬉しそうにトイレから出て行った。女の子は恋する生き物ね……キルトさんはまさしくそうだな。女子の友達がいたら、こんな風にお節介を焼いてくれるものなのかもしれないが……。


「おまたせ」


「あら、お帰りなさい。体調、大丈夫なの?」


 席に戻るなり木野は注文していたクラブハウスサンドと、ステーキセットに口を付けながらオレを見た。が、すぐに視線はキルトさんの胸に移り、そこからキルトさんの首筋、唇へと移っていく。


「おいお前、そんなじろじろ見たら失礼だろ」


「へ? あ、ああ。ごめんなさい。なんか、キルトさんから目が離せなくって……でも、どうしたのよさっきから。なんか春賀さん怒りっぽい……あ! もしかして、女の子の日?」


「殺すぞ、てめえ!!」


「い、痛い! 何すんのよ、この暴力ヒロイン!」


「オレは暴力ヒロインじゃねえ! 暴力ヒーローだ!!」


 オレは何故だか反射的に木野をぶん殴っていた。デリカシーがないにも程があるだろ! 公共の場で、男の口からそんなこと!


 女の子の日って……オレは男なんだ、そんなのあるわけがない。それにオレ、もうすぐ戻れるんだし関係ないな。そのためにも、早いとこ1人になってあいつと対話しなきゃ。


「今のは、木野くんが悪いですよ。女の子に対してあまりにも無神経です!」


 キルトさんは腕を組んでうんうんとうなずいている。腕の中で窮屈そうに押し込められた胸が、オレと木野の視線をくぎ付けにしていた。


「正義と書いておっぱいと読むのが、正しい漢字知識よね」


「アホか。ただの脂肪の塊だろーが。でかけりゃいいってもんじゃねーだろ。それに……オレだって……」


 巨乳なんだぞ。と言おうと思ってそこでやめた。なんでキルトさんに対抗意識を燃やしてんだか、自分でもわからない。


 さっきまではあのおっぱいに触れてみたいとか、顔を埋めてみたいとか思っていたのに。今はもうそんな欲望もわいてこないのは、なんでなんだ。オレは木野をどうしたいんだ。


 ただこいつの視線が他の女の子に向けられるのがなんか……嫌だ。こいつの視界に入っていい女は、キルトさんじゃない。


「あ。私、ドリンクバーお代わりしてきますね。お2人でごゆっくりどうぞ」


「え、キルトさん!?」


「春賀さん。自分の気持ちに正直になってください」


「え、いやちょっと!」


 キルトさんが席を立ってしばらくすると、オレと木野の2人だけの時間が続いた。キルトさんが、へんな気を遣ってくれたようだが……どうも彼女は、オレが木野のことを好きで、なかなかそれを言い出せない甘酸っぱい青春真っ只中の女子高生と勘違いしているようだ。


「なあ、木野」


「なあに?」


「オレ、お前のこと好きだ」


「へ!? ほ、本当に!?」


「ああ。今すぐ抱いてくれ」


「いいの!?」


「――って言ったら、どうする?」


 木野は両手を広げ、今にもオレを抱きしめようとする体勢で凍り付いた。


「なんだ冗談か~。春賀さん、悪女ね。男心を弄ばないでよ。童貞卒業できると思って舞い上がったんだから!」


「悪い。おかげで面白いもん見れたよ」


 悪女に男心か。オレたち、本当に女と男になったんだな。でも……今のでわかったよ、オレ、女として男の木野のこと、好きなのかもしれない。中身が男の女と、中身が女の男なんだ。相性はいいんだろうな。だからこそ、さっさと元に戻ってしまおう。その方がいい。


「なあ、木野。オレ、男に戻るよ」


「え!? 元に戻る方法、見つけたの?」


「ああ。さっきトイレでさ、オレの並行存在が語り掛けてきた。って、なんかこのセリフ中二っぽいな、はは」


「それで……やっぱり男に戻っちゃうの?」


「ああ。だから、女としてお前に接するのは今日で最後だ。明日からはお前とは男同士。男の友情を育もうぜ」


「本当にそれでいいの?」


「は? 当たり前だろうが! オレは男として生き、男として死んでいく。そんな生き方がいいんだ」


「そっか。あたしは女の子として生きていく春賀さんも見てみたいけど」


「それは無理な注文だな。お前もオレみたいなへんな女じゃなくて、可愛い子見つけろよ。ほら、キルトさんとか。おっぱいでかいし、かわいいし、優しいし……お前らお似合いじゃね?」


「あたしは……嫌よ。春賀さんのこと、好きなんだから。春賀さんが男に戻るっていうんなら……あたしも、女に戻る」


「え。お前、それでいいのかよ?」


「――って言ったら、どうする?」


 木野がてへぺろみたいな顔をしていたので、オレはビンタをかましてやった。その拍子に木野はテーブルの下に転げ落ち、オレを見上げるかっこうになった。


「痛い! さっき男心を弄んだお返しなのに!」


「いや、そのてへぺろ顔を見たらイラっとして、ついな」


「あたしが男に戻りたいわけないじゃない? だって、せっかく――」


 木野の視線がオレのワンピースに注がれている。この角度……こいつ、オレのパンツガン見してやがるな。


「てめえ! 何見てんだ!」


「だ、だって! 春賀さんのパンツ見納めなんだもの! 明日からはブリーフかトランクスなんでしょ!?」


「オレはボクサーパンツ派だ!! って、いわせんな恥ずかしい!」


「お、女の子のボクサーパンツ……」


 木野は何を想像しているのか、ズボンに異変が起きた。そして、むくむくとでかいテントを張って……あれ? すぐにしぼんだぞ。


「あ、あれ?」


 木野は何を考えているのか、急にズボンのチャックを全開にしやがった!


「お、おいお前こんなとこで何やってんだ!」


「やだ! どういうことなの、これ!?」


「どういうことなのかはオレが聞きてーよ! 早くその無駄にバカでかい最終兵器をしまえ!」


 木野は立ち上がり、今度は自分の胸を押さえると、何かに気づいたようにはっとトイレの扉を見た。


「ウソ、でしょ……」


「おい、木野?」


 チャック全開のまま、トイレに駆け込む木野。その後姿を見送っていると、世界が急に揺れた。


 地震? いや、違う。この感じ……まさか。


『ないいいいいいいいいいいいいいいいい!!』


 男子トイレの奥から、甲高い女の子の声で悲鳴が聞こえてくる。


「な、なんだ?」


 しばらく呆然としていると、男子トイレから金髪の女の子が出てきてオレに駆け寄ってきた。


「ちょっと!? これ、どういうことなの! 返してよ!」


「お前、まさか?」


 ギャルメイクにピアス、超がつくミニスカート。そいつは、さっきまで確かに闘士だった。股間をたぎらせる本能の塊のような男だった。


「返してよ、あたしの〇〇〇返してよ! あたしの〇〇〇!」


 それが今や、いきなり放送禁止用語連発するギャルになっている。それは、木野宝石。あの、クラスで女王様気取りのいけ好かない女子に木野は戻っていたのだ。

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