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another world

 オレと木野、キルトさんはとりあえず落ち着ける場所へ。ということで、ファミレスに入った。


「ごめんなさい。他のギルドメンバーさんは、急なお仕事や病気でこれなくなったらしくて……私たち3人だけになっちゃいましたね。楽しいオフ会にするはずだったのですけど……」


 テーブルに着くや否や、キルトさんは伏し目がちにそう言った。


「いえ。こうしてリアルで会うことができたんですから、それだけでとても意義がある時間だと思いますよ。ね、ユウキくん?」


 相変わらずキルトさんの胸元をガン見している木野をけん制する目的で、奴に話を振る。


「え、あ。うん。キルトさんがいるだけでなんかこう、華があるっていうか。おっぱいがいっぱいっていうか」


(てめコラ。オレは華じゃないってのか? ああ?)


「いた!?」


 あくまで自然を装いながら、オレは前を見たまま小声で木野にだけ聞こえるように言うと、つま先を踏んでやった。


 胸がそんなに大事か! これだから男は……。って、胸は大事だよ、うん。やばいやばい。女の思考に流されるとこだった。


「あの。お二人はどういう関係なんですか?」


「恋人です……まだ付き合い初めて、一週間なんですけどね!」


 とりあえずそれっぽく見えるように、木野の腕にしがみついて見せる。


「お、おっぱいが……女の子のおっぱいが腕に当たってる……」


 木野はものすごく喜んでいた。なぜなら、ズボンがテントを張っていたからだ。


「すごくお似合いですね。美男美女のカップルなんて……なんか、うらやましいです」


 キルトさんは恋に恋する乙女のように、オレたちを見てうっとりしていた。いや、なんかだましてるみたいで悪いな。 


「でもまさか、ジュエルちゃんがあの春賀祐希さんだなんて……ちょっと信じられないです」


「え」


 何でこの人、リアルのオレのこと知ってんだ?


「私今、大学一年生なんですけど、3月まであなたと同じ高校の生徒だったんですよ。ていっても、春賀さんと何も接点はなかったし、今日こうしてお会いするのが初めてなんですけどね」


「あ、OGだったんですか」


「はい。去年の入学式で、同じクラスの男子が騒いでて有名でした。新入生の美少女、春賀祐希さんのお話は。実は私もこっそり憧れてたんです。あなたのように強く美しくなりたいって」


「え、えっと。なんか光栄です」


 うーん。今のオレは中身が男なんで、ご期待に添えられません。とは言えないな。


「そういえば、キルトさんはなんでまたあんなロールを?」


「実は私、キルトはセカンドキャラなんです。ファーストキャラはジュエルちゃんみたいな女の子で……ちょっとしつこい男性プレイヤーに付きまとわれて……それで。まあ、私。兄が二人いて、小さいころから男の子向けのアニメや漫画はけっこう好きでしたから。ああいう感じにふるまえば、誰も私が女だってことわからないと思って」


「ああ、なるほど」


 自衛のためのロールだったのか。でもなんでまたオフ会なんて。


「本当はオフ会なんて、するつもりじゃなかったんですけれど……でも、ジュエルちゃん。いえ、春賀さんが熱心なものだから……同じ女性がいれば心強いかなって」


「あ、ああ。そうでしたね。私、キルトさんがどんな人なのか憧れてたんですよー」


 オレは笑顔でそういうと、キルトさんが話したり、コップを持つたびに変幻自在の動きを見せる巨乳に見入っていた木野を、肘で突いた。


(てめえが原因か)


(ごめんなさい。でも、こんな巨乳の美女だとは思わなくって)


(まあいい。巨乳は正義だからな)


(正義よね)


「あの、春賀さん?」


 テーブルの上で正義が揺れていた。もとい、おっぱいが。


「あ、いえ。私もキルトさんが女性でよかったです。ちょっと、家族以外の男性は苦手なもので」


 オレはちらっと木野を見てそう言った。


 ジュエルちゃんは男性が苦手。という設定らしい。


「その。気を悪くしたらごめんなさい。実は私、ジュエルちゃんは男性だと思ってました。その、ユウキさんみたいな。でも、本当に女の子で……しかも春賀さんだったなんて、今でも信じられなくて」


「あ、はは。やだなー、ジュエルちゃんの中身は女の子ですよ~」


 思いっきり正体見破られてんじゃねえか、木野。


「でも、思い出しますよねー。ジュエルちゃんと最初に出会ったダンジョンのこと。あのとき、大量のモンスターに囲まれてて……」


 ああ、これはよくあるヒロインのピンチに正義のヒーロー参上ってシチュエーションだな。ダンジョンで右も左もわからないジュエルちゃんのピンチに、キルトさんが颯爽と駆けつけキルト無双ってとこか。


「そうそう。それで、キルトさんが助けてくれたんですよね! あのときのキルトさん、かっこよかったですー」


 一瞬、周囲の空気が凍り付いた。


「いえ、あの時死にかけていた私を助けてくれたのは、ジュエルちゃんじゃないですか」


 立場逆なんかい!


「あ、ああ。そうでした! なんかもう昔のような出来事で!」


「そうですね。なんかもう、昔のような出来事ですね。たった二日前なのに」


 げ。二日前!? いや、よくよく考えてみたらそうか。木野が男になったのはこの二日の間の事だ。オレはてっきり女のころからゲームをやっていたと思い込んでいたが、ゲームやラノベにはまりだしたのは男になってからだった。


 ちらりと木野を見ると、両手で顔を覆っている。


 ……やっちまったかな、これは。


「ふふ。もうこのへんでいいんじゃないですか? 本当はユウキさんがジュエルちゃんで、ジュエルちゃんがユウキさんなんでしょ?」


「え」


 キルトさんはくすっと可愛らしく笑うと、イタズラがみつかったときの子供のような顔をした。


「実は最初から気付いてました。だって、ユウキっていう名前。春賀祐希のユウキでしょ?」


「あ」


「名前そのまんまなんだもの。わかりますよ? だからもう、へんなお芝居はいいんです。私も性別を偽っていたのだから、おあいこです」


 キルトさんの笑顔は母性というか、慈愛に満ちていた。


「……あたし、年上のお姉さんタイプもけっこう好みかも……」


 相変わらず木野はキルトさんの胸をガン見している。そのたびに、オレの胸の中で何か言いようのないモヤモヤとした感情が渦巻いていた。


「おい、いい加減にしろよ。そんなにジロジロ見たら失礼だろ」


「わかってるけど。どうしたのよ、さっきから。なんだか春賀さん、怒りっぽい」


 これは一言いってやらねばならんな。オレ達の設定を思い出せ。


「お前が恋人の目の前で、ほかの女の子の胸ばっか見てるからだろ!」


「そうですよ、ユウキさん。じゃなくて、ジュエルちゃん。こんなに可愛い彼女さんがいるのに」


「あ、いえ。それは違うんです、実はあたしたち恋人同士っていうのもウソで……ごめん、キルトさん」


 木野はキルトさんの顔を見ずに、胸元だけをみてそう言った。


「あら。そうだったんですか。私、てっきり……」


「春賀さんも、もういいわよ。恋人のフリは。今のも、怒った演技なんでしょ?」


「あ、ああ。まあな……お前が他の女の子の胸見たぐらいで、キレるわけないだろ」


 違う。本当は、何だかわからないけれど嫌だった。ってもしかしてこれって……嫉妬してるのか? オレがキルトさんに?


「ごめん! ちょっとトイレ!」


 自己嫌悪だ。こんな気持ちのまま、木野の隣にはいられない。なんでオレが、嫉妬なんか。異性の、年上の女の子相手に!


 オレは駆け足でトイレに駆け込むと、1人鏡の前で深呼吸をした。


「ふう。落ち着け。あのおっぱいは確かに脅威で凶器だ。オレだって顔を埋めてみたいと思う。だから、木野の気持ちも解る」


 でも。


「何でだ。キルトさんは異性のはずだろ。オレは、男だぞ……くそ!」


 洗面台の鏡に向けて拳を繰り出そうとしたとき、鏡の中の『男』がくすりと意地の悪い笑みを浮かべた。ここは女子トイレだ。それに、オレ以外は誰もいないはず。誰だ、こいつは?


『どう? 女の子、楽しんでる?』


「え?」


 鏡の中の男はそう尋ねてくる。いや、オレは……この顔を知っている。三日前まで、いつも鏡に映っていた。


「オレの、男のオレの顔!?」


 そうだ。こいつは、オレだ。男の春賀祐希だ。


『男の子の私、初めまして。あなたの並行存在、女として生まれた春賀祐希よ』


 やっぱり。こいつがすべての元凶! 並行世界のオレか!


『あらあら、メイクもばっちりキメちゃって~。これから男とデートなのかな? 祐希ちゃん、可愛い~』


「んなわけねーだろ! 返せよ! 男のオレを!」


 鏡の中のオレは、唇を歪ませると皮肉たっぷりに笑った。


『あははは! 返すわけないでしょう!? それ以前に同じ自分なんだから、その表現自体がそもそもおかしいわ。私はね。この体を手に入れてやりたいことがあるの。絶対に邪魔なんてさせない!』


 やりたいこと……だと?


「じゃあ、それが終わったらオレの体返してくれよ。それまではオレもこの体で我慢するから」


『ふ。無理ね。私は男として生きていくの。ようやく巡ってきたチャンスなのよ? これを手放すだなんてありえないわ。この体なら、できるんだもの。そのために長い間、並行存在の肉体と入れ替わる方法を模索してきた。けれど、ようやく願いがかなったの。ご協力か・ん・しゃ』


「だから、お前は何がしたいんだよ!」


『フフ。とっても素晴らしいことよ』


 確かに見知ったオレの顔のはずなのに、どこかミステリアスな別人のように感じる。

 

『でもね。それは無理だった。結局体をすげかえても、世界そのものの仕組みまで変わるわけじゃない。死んだあの子が生き返るわけでもない。だから……この体、あんたに返すわ』


「は?」


『だから、お願いなんだけどさ。早いとこ私の体返してくれない?』

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