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オレはお姫様じゃなくて、デストロイヤーにクラスチェンジしたかった

「ぷ……あははははは!!」


 自然と笑いがこみあげてくる。木野は今、1人の男としてそう言ったのだ。それはいい。けど、オレを1人の女として見ていることが、ちゃんちゃらおかしかった。


「ちょ、ちょっと! 人がせっかく真剣な話をしてるのに!」


「やめとけよ」


「え? どうして」


 わからないか、木野。お前が好きになった女は確かに体は女だが、中身は男なんだぞ。お前の中身が女のままであったとしても、そんな奴らが引っ付いて幸せになれるとでも思っているのか?


「あのな。オレみたいな男女を好きになっても、いいことなんか絶対ないぞ。ま、確かにお前の気持ちもわかるよ。オレ、可愛いしな。おっぱいもでかいし」


 こいつが恋人になりたいだとかいう理由なんて、どうせそっちだろ。


「ふざけないでよ!」


「な、なんだよ。急にでけえ声だして」


 木野は急に大きな声を出すと、オレの瞳を射抜くような視線を投げてきた。


「そりゃ確かに春賀さんは可愛いし、おっぱいも大きいし、ジーンズはいててもヒップのラインがそそるなあ、とは思うわよ!」


 思ってんのかよ。てか、そそるとかいうなよ。


「でもね。人が人を好きになるっていうのは、そういうことじゃないでしょ? あたしはね。この短いけどすごく濃厚な時間の中で、春賀祐希という女の子に惹かれたのよ。確かに男みたいなところもあるけれど、強くてかっこよくて、可愛いところもあって……あなたと一緒にいた2日間。とても楽しくて面白い時間だった。このままずっと一緒にいたい。そう思ったから」


「な、なにを言ってんだよお前。冗談だろ?」


「もっと、シンプルな方がわかりやすい?」


 木野はゆっくり近づくと、オレの右手を優しく握った。


「あなたのことが、す――」


「やめろ!!」


 オレは木野の手を振りほどき、少し後ろに距離を取る。


「木野。お前の気持ちはすっげえ嬉しいよ。そんなこと言われたの初めてだもん。でもオレは、元に戻るんだ。女のままで一生を過ごすつもりはない! だから、お前を受け入れるわけにはいかない!」


「そう……か」


 オレは男に戻る。真子と約束したんだ。真子とエッチなことするって。でももし、戻れなかったら……。


「だけど木野。もしオレが本当に元に戻れなかったときは……女として生きてく覚悟を決めたときは……考えてやってもいいよ」


「え!?」


「勘違いするなよ、木野。考えてやるだけだ。お前は顔もいいし、姑がうざそうだが金もある。何より、オレの中身が男であることを知ってるお前が、一番『都合』がいいだけだ。このオレが男なんか好きになったりするか!」


 本音である。木野は優良物件としてキープするだけの価値がある。


 ――キープ? 何で今オレ、そんな風に考えたんだ……こんな打算的なこと……あ。そうか、女のオレの思考が影響しているから、か? なんか嫌だな、この考え方。


「それでも、いいわよ。あたしはいつまでも、待ってるから」


 こ、こいつ。まさか、本気なのか? だとしても……なら、釘を刺しておいてやる。


「あ、あと。絶対に子供は産まないからな、オレ。そのへんはあきらめてくれな」


 女としてのオレに期待するなよ、と。まあ木野と夜の営みをするなんて嫌だし、それ以上に……。


「え、ちょっと!? 作りましょうよ! 母親になりたくないの!?」


「痛いの嫌だよ。出産の痛みって男じゃ耐えられないって聞くしな。それが男の脳だから耐えられないのか、身体的構造が違うから耐えられないのかは知らん。仮にオレがその痛みに耐えれて、産むことができても……『ママ』だなんて呼ばれたくない!!」


「え、そうなの? あたしはお母さんになるの、憧れだったけどなあ」


 まあ、娘は欲しいかもな。一緒に料理したり、クッキー焼いたりして……息子だったら、大人しくてかわいい子に育てて……って、何を考えてるんだ、オレは! でも、子を産むって、女にしかできないことだもんな。自分の命をかけて新しい命をこの世界に送り出す……か。そう考えると、母親って偉大なんだなと思う。男ではできないことだ。


 オレはふと自分のジーンズを見た。


「新しい命が宿る場所、か」


 もし母さんが生きていたら……娘として、母親にそういう話をしたのだろうか。母さんがオレを妊娠した時の事。オレが生まれた時の事。そしていつかオレが、新しい命をお腹に宿す時の事。


 普通の母と娘なら、するんだろうな。けどオレは普通じゃないし、母親もいない。


「ま、とにかく。この話は終わりだ。いいな? ほれ、時間も押してるしさっさと帰るぞ!!」


「あ、うん!」


 木野の家に戻り、買ってもらったワンピースを着ると、木野のメイク講座が始まった。


 スキンケア……SPF……下地……ファウンデーション……マスカラ……アイブロウ……ビューラーと、木野の口から聞いたこともない横文字が出てきて、オレはパニックになった。はるかゆうきはこんらんしている。


「なあ、木野。何なんだよ、アイブロウって。目つぶしか? マスカラって、あのシャカシャカするやつだっけ?」


「あのねえ。女の子なんだから、そのくらい知っておきなさいよ。アイブロウは眉毛を書くやつよ。ちなみにシャカシャカするやつは、マラカスね」


 化粧道具といえば、オレの頭の中になるのは口紅くらいなんだが、他にも色々あって見ただけでげんなりした。


「化粧ってこんなに道具使うのか? 口紅ぬって終わりとかじゃねーの? めんどくさくね?」


「はあ……これだから男はダメねえ……メイクは女にとって命のようなものよ? そりゃ、春賀さんはまだJKだからそのまんまでも全然イケるけど、やっぱり女の子として知っておかないと。JDになったとき、大学デビューで失敗しないようにね」


「うげえ……別にこのままでいーじゃん」


 JDね。大学入ってもまだ女のままだったら、オレ。サークルのコンパとかに呼ばれるのかな?


「うげえじゃない! 大人しくお姫様になりなさい!」


 オレは目を閉じ、されるがままに耐えていた。まさにまな板の鯉だ。


「そういえば、ゆっこやいのりにもメイクしてあげたっけ」


「ああ、そうそう。そんで、休み時間に男子を全員教室から追い出してたっけな。いい迷惑だった」


「あれはまあ……悪かったわよ。それより、ほら」


 木野は手際よく動き、いつのまにかオレのメイクは完了していた。


「鏡、見てみなさいよ。新しい自分がそこにいるから」


 木野に手鏡を渡され、そこをのぞき込むと……。


「どなた?」


 少女の雰囲気を残しつつも、大人びた空気をまとった女の子の顔。少女と女性。可愛いとかっこいい。その2つの要素が損なわれずに見事に調和されている。


「どう? あたしの自信作」


「ああ……ま、まあ。悪くはないかな」


 正直、鏡に少し見入っていた。そっか……これがメイクなんだ。メイクでこんな変わるもんなのか。女って……怖い!!


「うん。可愛いわよ。お姫様みたい」


「か、可愛いとかいうんじゃねえよ! 恥ずかしいだろ!」


 自分で可愛いといったことはあるが、他人に言われるとなんか背中がかゆくて顔がほてってくる。


「はいはい。それじゃそろそろ参りましょうか、お姫様」


「お姫様もやめろ! オレはダークナイトかデストロイヤーにクラスチェンジしたいんだ!」


 テレを隠すためにオレは先に木野の家を出た。


「なあ? お前、キルトさんってどういう人だと思う?」


「ん? そうねえ。頼れるお兄さんってとこかしら? トークも面白いし、プレイヤースキルもすっごく高くて、『この人がいればなんとかなる』って感じかな」


「ふーん。そうなんか」


「まあちょっと、オタクっぽいところもあるけど、いい人よ」


 オレと木野は歩きながらキルトさんについて話していた。


「えっと。この辺かな。集合場所。時間はまだちょっとあるから、少し待ちましょうか」


「ああ」


 土曜の昼前。それも都内の駅前となれば、かなりの人混みができている。そんな雑踏の中で、ひと際目を引く人物がいた。


「おい。もしかしてあれ……そうじゃないか?」


 5月だというのに黒いコートを羽織り、サングラスをかけた長髪の男がこっちに歩いてくるのが見えた。


「あれ、かな?」


 男はゆっくりとこちらに歩いてくる。


「あの、キルトさんですか?」


「……」


 だが、男は一瞬こちらを向いただけですぐに行ってしまった。


「なんだ、人違いかよ」


「あの、もしかして……ジュエルちゃんですか?」


「え?」


 後ろから声がしたので振り返ると、眼鏡をかけた大学生くらいの女の子がいた。ちなみに、胸がでかい。


「え、もしかして……あなたが……キルトさん?」


 たぶんEくらいある胸がぷるんと揺れると、彼女はバツが悪そうに頭を下げた。


「えっと……はい。私がキルトです。ゲーム内ではあんな感じだけど……その、なんかだますようなこと言って、ごめんなさい」


「い、いえ!」


 これが、キルトさん? まさか、本当に女だったのかよ。しかも、けっこう可愛い。胸でかいし。


「……」


 木野はキルトさんが目の前に現れてから、無言でずっと突っ立っていた。というか、胸をガン見していた。


「あの、そちらの方がユウキさん……?」


 そうだった。今この人の前ではオレがジュエルちゃん。木野がユウキだ。対応間違えるなよ、木野。


「え、あ。はい! あの。おっぱい大きいですね。ブラジャーはどこのメーカーを使ってるんですか? 今度もしよかったら、一緒に買いに行きましょ。あたし、いいお店を知ってるんです」


 このバカ!! いきなり何言ってんだ!


「え? あ、あの……メーカーは……いえ、それより。一緒に、ですか?」


 キルトさんは少し身を引いて、そう答えた。警戒されちゃったじゃないか、バカ木野!


「あ。しまった。つい緊張していつものあたしが――ぐほ!?」


 オレはキルトさんに見えないよう、木野のみぞおちに肘を入れると笑顔を浮かべてこういった。


「ユウキくんたら、面白い冗談いうよねー。緊張してるキルトさんに冗談言って、場の空気を和ませてくれんだよねー」


「え? いや、今のは」


「ねー!?」


 オレはこれ以上ないくらいの笑顔で木野をにらんでやった。


「あ、うん。そうそう。この俺がブラジャー? するわけないでしょ。キルトさん緊張してるみたいだったからさ。どう、うけた?」


「なんだ、そうだったんですか。よかった。てっきりユウキさんて。そういう趣味の方なのかと……」


 キルトさんは笑顔を浮かべながらそう言った。開幕で変態発言はやめてくれよ、木野。

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