約束の証
「女の子ゆうちゃんを説得できれば……元に戻れるかもしれないけれど。並行世界の自分に説得なんてできるのかな?」
「んなもん、無理だろ……くそ、何なんだよそれ……」
相手は女として生まれた自分の平行存在。そいつ相手にどうしろってんだ。これが単純によくある他人との入れ替わりなら、やることは至ってシンプルだ。
そういう創作モノの末路は決まっているからな。自分ではなく他人の体であるから、元に戻らなければいろいろと面倒が多いからだ。他人の体のみならず、他人の家族を受け入れる心の余裕なんてない。だから、元に戻りたがる。けど、今のオレの体は平行存在ではあるが、まぎれもなく自分の……春賀祐希の体なのだ。ただ、女であるだけの違いで。
「ねえ、ゆうちゃん? ゆうちゃんがどんな姿になろうと、ゆうちゃんはゆうちゃんだよ。だから、気を落とさないで。私も一緒に元に戻る方法考えるから。ね?」
「真子……そうだな。女であろうと男であろうと、オレはオレ。いや、考えても仕方がないな。まだ、大丈夫だ……オレは」
女体化は男の夢の1つだと思う。だが夢は叶った途端、現実になる。人間関係。体。男への恐怖。社会的な立場の違い……現実は苦い。だけど、オレには家族や真子がいる。オレはまだ、折れていない。
「よし、やるぞ!!」
今はとにかく着替えるか。風呂入ったはいいけど、パンツもブラジャーも昨日のままだし。
「真子。とりあえず、お前もオレが元に戻れる方法を考えておいてくれ。オレはとりあえず、今のままなんとかやってみるよ」
「うん。でも、大丈夫?」
「ああ、まあな。逆に男の体になった女のオレが、男の体に飽きるなり拒否反応を示さないとも限らないだろうし。その時を待つしかないさ」
女のオレの意志でこうなっているのなら、逆に考えれば男のオレの意志で元に戻せるかもしれない。問題はそれをどうするか、だ。やはりにキーになっているのは、この魔術書。
「オレは男だ。男子だ。少年だ。息子であって兄であって弟だ! 女じゃない。女子じゃない。少女じゃない。娘でも姉でも妹でもない。絶対に戻ってやる! 覚悟しろよ、女のオレ!」
魔術書に向かって宣戦布告してやると、少し気持ちが楽になった。
「でも祐希。お前スカートはいてるじゃないか。こんなにおっぱいも大きくなって……もんでいい?」
「触るんじゃねえ! クソ兄貴!!」
とりあえず兄貴を殴り飛ばすと、オレは拳を握りしめた。
「確かにオレは兄貴の妹だし、陽太の姉で、親父の娘だ。でも、例えこのまま戻れなくても、オレがオレであることに変わりはない。それでも、心はオレのものなんだ。絶対に負けないぞ、オレは」
真子の前で泣いたからだろうか。かなり気持ちがすっきりしている。まだ、大丈夫だ。
完全にオレの心が女になって、この体になじんでしまったとしても、オレはオレ。例え、女として生きることになってもオレは折れない。このまま女として成長して、母親になってばあさんになっても、元に戻ってみせる。いや、ジジイになった体に戻ってもアレかもしれんが。
「あきらめたらそこでオレの男が終わる。絶対に負けねえ!!」
オレは制服のブラウスを脱ぐと、イスに片足乗せて高らかにそう宣言した。
「ゆうちゃん。パンツもブラジャーも丸見えなんですが。これは再教育の必要がありますねえ」
兄貴と陽太と親父がオレを見ていた。この男どもは!
「え? ぁ……お、お前ら見てるんじゃねえよ!」
オレは真子に引っ張られて、自分の部屋へ連行される。
「真子。オレ、決めたよ。いつまでも男の時のことを引きづっててもしようがない。今はこの体を受け入れる」
「いいの? もしかすると、本当に元に戻れなくなっちゃうかもよ?」
「大丈夫。オレはオレだ。体に付いてるもんが違うだけだ。あと、声がちょっと高いだけだ。甘いものが大好きなだけだ。オレという存在が消えたわけじゃない。オレはオレを信じてる」
「……うん。ゆうちゃんはゆうちゃん、だもんね。男の子でも女の子でも関係ないか。でも、ずるいなあ」
「ん?」
「なんでゆうちゃんは、女の子になって……手が届かない存在になってから、そんな魅力的になっちゃうんだろうね?」
真子はさびしそうに微笑むと、オレに抱き着いてきた。
「お、おい? 急にどした? ああ、女子同士のスキンシップ……ってやつか」
「違うよ。私、ゆうちゃんが大好きなんだよ。女として、男の子のゆうちゃんが」
「え」
真子はオレの胸に顔を埋め、小さな声でそう言った。
「ゆうちゃんのおっぱいに顔を埋める日が来るとは思わなかったなあ。あったかくて……やわらかくて……いい匂いがする」
「な。何してんだよ、お前。真子の……エッチ」
ま、可愛い女の子にされるんならまだいいか。これが木野だったら半殺しだな。
「元に戻ったら……キスしよ」
急に真子は顔を上げて、オレの唇と真子の唇が触れ合う寸前にまで近づけてきた。
「え、いいのか?」
「うん。その続きも……したい」
真子は顔を真っ赤にしてそう言うと、恥じらうように横を向く。
「つ、続きって!?」
「バカ。解ってるでしょ? 私は、ゆうちゃんと愛し合いたいの。ゆうちゃんと私の赤ちゃんが……欲しいの」
「あ、ああああい!? 赤ちゃん!!」
何を言ってるのか理解しているが、それがどういう意味を持つのかオレの頭の中で処理しきれずにいた。
「ずっと、小さいころからゆうちゃんが大好きだった。ゆうちゃんのお嫁さんになって、ゆうちゃんと私の子供を産んで育てて……家族になるのが、夢だったの」
「お、おう。ありがとよ?」
「でも、私の軽はずみな行動が原因でゆうちゃんは女の子になっちゃった。少し女の子になったゆうちゃんを可愛がって飽きたら元に戻して、それでおしまいのはずだった……ごめんね」
「なんだよ、そんなことで謝るなよ」
「私も男の子になれば、それでいいと思ったけど。どんなに試しても無理だった。だから、元に戻さなきゃ。このままじゃ、ゆうちゃんとエッチなことはできても、子作りできない」
「そうだな。エッチなことはできても、オレが男に戻れないと子供作れないな……うんうん。うん!?」
さりげにとんでもないこというな、こいつ。
「だから、絶対元に戻ろうね。ゆうちゃん」
「ああ、真子。お前のためにもオレは……男の証を股間に取り戻すよ」
「何それ!? 今のセリフ、かっこいいようでかっこ悪いね! ゆうちゃんらしいや、ふふ」
「ああ。オレはオレだからな。だから、真子。待っていろ」
「うん。待ってるよ。でもね……ゆうちゃん。覚悟もしておいてほしい」
「何を?」
「女の子として、生きていくかもしれないっていうことも」
「ああ……わかってんよ。それでもオレは、ばあさんになって年金暮らしになっても、諦めねえさ」
「うん。じゃあ、私お家に戻るね。ばいばい、ゆうちゃん」
真子は振り返りドアノブに手をかけた。
「あ、そうだ。忘れ物」
「なんだよ――」
一瞬、オレの反応速度を超える速さで小さな唇がオレの頬に触れた。
「あ」
「この続きは、また今度ね。その時が来るのを待ってるよ」
頬に残った柔らかい感触とかすかな体温。それは、真子との約束の証。
「まったく、あいつは」
真子が去ったあと、オレは制服のブラウスをベッドの上に脱ぎ捨てた。
「オレの生着替え、か」
そしてスカートも脱ぐと、下着姿になる。
「んっと。確かこの棚にブラとショーツを直してるんだっけ。ああ、あった」
とりあえず適当に選ぶと、それを着て今度はタンスからTシャツとジーンズを引っ張り出した。
「休日までスカートはごめんだからな」
そして、長い髪をヘアゴムでひとまとめにすると、着替え完了。
「ま、こんなもんだろ。タンスにはもっとオシャレな服もあったが、これでいい」
着替えを終えてスマホの電源を付けると、木野からメールが着ていた。一応集合は12時ジャストのようだが、作戦会議をしたいので朝飯を食ったらすぐに来てほしい。という内容だ。
「しゃあねえな。朝飯はそこらのコンビニでいいか」
オレは身一つで家を出ると、木野の家に向かった。
「おはよう春賀さん。早かったわね」
「おう、おはよー」
木野の家の玄関前で奴と対面する。
「ちょっと、何よそのかっこう!?」
「ん?」
ところが、奴はいきなりじろじろと全身をながめてきた。
「ジュエルちゃんのイメージじゃないわ! もっとこう、女の子らしくて、姫系ファッションで決めてる感じの女の子なのに!」
「勝手に人にイメージ押し付けんじゃねーよ。オレはオレ。お前はお前だろ」
「ダメ! それに、すっぴんじゃない! メイクの1つでもしなさいよ!」
「えー。すっぽんぽんじゃなくて、すっぴんくらいいいじゃん? つーかメイクなんてしたことねーし。それにオレ、姫系ファッションとか言われても、わけわかんねーよ」
「うーん。仕方ないわねえ。早めに来てもらって正解だったわ。今から春賀さんをお姫さまに変身させるわよ」
「はあ!? お姫様!? 勘弁してくれよ。オレは姫よりパラディンとかダークナイトにクラスチェンジしたいよ」
「ダメよ。昨日のショッピングモール。そろそろ開店する時間だから、そこであたしが春賀さんに合う服、買ってあげるから。メイクもしてあげる。ていうか、教えてあげる」
「うげえ」
「うげえじゃない! きゃぴっとしなさい。きゃぴっと!」
なんだよ、きゃぴっとしなさい。きゃぴっと! って。
オレは木野に手を引かれ、可愛い服を買ってもらいにでかけることになった。この展開、何なんだ……。
「ああ、これもいいわ。でも、こっちも可愛い」
「早くしろよ。なんで女ってやつはこんな服に金と時間を大量消費できるんだよ。てきとーでいいだろ、こんなの」
と、いうセリフは普通男女逆だろうと思う。あと行動も。
「これ、春賀さんにも合うかもしれないけれど……女の子のあたしが着たら似合っただろうなあ」
といって、木野は自分の胸板の前にフリフリのワンピースをもってきてニヤニヤしていた。
「うげえ」
それを遠巻きに女性客や女性店員が眺めている。という事態が30分は続いていた。
「こっちのスカートも可愛い! ああ、いいわあ。なんで男性用の可愛いスカートってないのかしらねえ」
「今のお前の絵面を見りゃ、誰もが納得するだろうよ」
オレの声が聞こえないのか、木野は一人で可愛らしい服を漁っている。
オレは木野が最初に選んでくれたリボンのついたワンピースを手に取ってみた。つーか、けっこうしやがんな。布切れのくせに。ま、木野の金だしいーか。
「とりあえず、これにしよう。お姉さん。ちょっと試着させてね」
「は、はい。どうぞご自由に。あの、あちらの男性は……?」
女性店員はひそひそとオレに耳打ちする。
「ああ、あっちの趣味があるみたいなんで、生暖かいで目で見てやってください」
「は、はあ」
オレはさっさと試着すると、木野に代金を払わせショッピングモールを出た。
「とりあえず戻ったらメイクね。あと、言葉遣い。男言葉なんか絶対許さないからね!」
「うっせーな。股間蹴り上げるぞ」
「もう。そこは『うるさいわね、股間蹴っちゃうゾ。てへ☆』くらい言いなさいよ!」
「なんだそのブリっ子は!? てへってなんだ! きもいわ!!」
木野は能天気にそんなことをいいやがる。まったくこいつは楽でいいな。
「ねえ、春賀さん」
「うん? こんどはなんだ? キャピっとしろか? それとも――」
「あたしたち、恋人になれないかな?」
「あ? だからその設定だろ」
「そうじゃなくて。本当に、あたしと付き合ってほしいの……いや。違う! 俺と付き合ってくれ」
木野は男らしい顔付きで、オレの肩をぎゅっとつかんできた。




