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インヴォーカー

 朝目が覚めると、男に戻っていた。胸はしぼみ、股間にふくらみがあり、声も低くなっていて……。


「……だったらいいんだけどな」


 ブラジャーの圧迫感、ショーツのぴっちりとした感覚。そして高くて可愛らしい声が、すぐにオレを現実に引き戻していた。ていうか、ブラって寝るときも付けるもんなのだろうか。


「んー……なんだか、落ち着かないなあ。自分の部屋の中なのに……とにかく起きるとするか」


 ベッドから抜け出ると、制服のままだったことに気が付く。


「スカート、シワにならないといいんだけど……とにかく、お風呂入るか」


 一応今日は休日。とりあえず、風呂入ったら洗濯物干して……それから。


「あ。木野のオフ会に付き合うんだったな……うー。めんどくせえ」


 下に降りて、お風呂の湯を張ろうと風呂場でお湯の温度設定をしたとき、張り紙がしてあるのに気が付いた。どうやら、故障中らしい。


「げ。うーん。まいったなあ。美少女が風呂に入らないのはダメだろ。いや、一部には臭いフェチの需要があるのかもしれんが、とにかくダメだろ」


 しようがない。真子んとこいってお風呂借りるか。こういうときこそ、お隣さんの幼馴染を頼ろう。


「真子、おはよー。ちょっと風呂貸してくんね?」


 真子の家にあがりこむと、すぐにそう叫んだ。だが、返事はない。まあ、まだ朝の6時だしな。


「真子ー? まだ寝てるのか? まあ、いいか。勝手に借りちゃおう。あとで謝ればなんとかなるだろ」


 長い付き合いなのだ。これくらいは許される範囲だ。あとでお詫びに何かおかずを一品作って、持って行ってあげよう。そう思って脱衣所の扉を開いたとき。


「あ、ゆうちゃん」


「あ、真子」


 ブラジャーのホックを外している最中の真子と目があった。


「ぐわあ!? すまん! 許してくれ!!」


 一年前、同じことがあった。偶然真子の生着替えを目撃したオレは、天国と地獄の両方を味わう羽目になったのだ。美少女による蹴りと拳と罵倒のコンビネーションは、一部に需要があるのかもしれんが、オレには地獄であった。しかもそのあと一週間は口をきいてくれないという……。


「もう、勝手に開けないでよー。これからお風呂入るところだったんだから」 


「いや、のぞくとかそんなんじゃなくて!!」


 真子はそのままブラジャーを外すと、ショーツを脱いだ。白地に花模様の可愛らしいブラとショーツのセットが、オレの目の前で少女の体から離れ洗濯機の上に置かれる。


 つまりである。阿久津真子は、今。産まれた時と同じ姿でオレの目の前に立っているのである。


「ま、真子。お前、なんてかっこうで……!」


「だって、これからお風呂に入るんだもん。ここ脱衣所だよー? 脱ぐの当然じゃない。それより、なんでゆうちゃんは防御姿勢のまま固まってるわけ?」


「いや、だって。真子の着替え、のぞいちゃったから……地獄の真子ラッシュが始まると思って……」


 いや、着替えどころか……真子の裸を今ガン見しているわけなんだが……小学校低学年以来か、真子の裸を見るのは。これはまあ、死にますね。オレの人生ゲームオーバーですね、はい。


「もう。そんなことするわけないでしょ。女の子相手に」


「え? あ、ああ。そうだったな……オレは、女の子……なんだもんな」


 ちょっと微妙ではあるが、命拾いした。今だけは女でよかったと思う。


「それより、ゆうちゃんも一緒にお風呂入ろ! お家のお風呂、故障してるんでしょ? 昨日お兄さんや陽太ちゃんにお風呂貸してあげたんだ」


「え、いいの? ていうか、一緒に!? いや、それはダメだろ!」


「女の子同士なんだもん、問題ないよ! 私が背中流してあげる!」


「お、おい?!」


 オレは真子にひんむかれ、一緒に風呂に入ることになった。


 正直、幼馴染とはいえ高校生の女の子とお風呂にはいることにオレは内心ドキドキ……していなかった。なんでだろう。別に真子の裸を見てもなんとも思わない。興奮もしないし、あんなことをしたいとか、こんなことをしないとか……およそ男子が抱くであろう願望や欲望といったものが、何も浮かんでこなかったのだ。


 それもそうなのかもしれない。真子に付いているものは自分にも付いている。すでに見慣れた『同性』の体だから……だ。


「ゆうちゃん、私の裸見てもなんともないんだね。本当に、女の子になったんだね……私の裸見て興奮しすぎて、また鼻血出しちゃうかと思ったけれど」


 真子はオレの長い髪をなでながらそう言った。


「真子。オレ……変なんだ」


「ゆうちゃん?」


「真子の裸を見ても、その……男としてどうこうしたいとか、邪な感情が何一つ浮かばないんだ。嗜好も変わって、甘いものが食べたくてたまらない。男の視線がなんか怖い。オレ……どうしちゃったんだろう」


「ちょ、ちょっとゆうちゃん。急に泣かないで!」


「え?」


 気付くとオレは、泣いていた。涙腺が緩くなってるんだったな、そういえば。


「真子。オレ、このまま心まで女になって……完全に女になったら、どうなっちゃうんだろう。オレ、消えちゃうのかな?」


「ゆうちゃん。ごめんね」


「あ」


 暖かい。幼いころ泣き虫だったオレは、よく母さんに抱き着いて泣いていた。母さんのような暖かさを真子の体から感じていた。オレは、真子に優しく抱きしめられていた。


「私、女の子の幼馴染が欲しかった。髪をいじってあげたり、一緒にオシャレして双子コーデみたいなのもしたかった。恋バナとかして、好きになった男の子の話とかしたかった。でも、ゆうちゃんは男の子なんだもんね」


「真子?」


「ごめんね。私、ゆうちゃんの気持ち考えてなかったよ。うん……この三日間女の子の幼馴染ができて、妹みたいに接することができて、真子ちゃん大満足です。もう、元に戻ろう? ゆうちゃんは男の子だよ」


「本当に!?」


「うん。ゆうちゃんのお父さんもお兄さんも、陽太ちゃんも、ゆうちゃんが男の子に戻るのを望んでるって。だから、お風呂上がったらみんな集まって、魔術書でゆうちゃんを元に戻すよ」


「やった! やっとこれで……ブラジャーせずにすむ! スカートはかずにズボンでいいんだ! 女の子に萌えることができる! 毎日ヤってやるぜ!!」


「まあ、とりあえず最後の思い出として……ゆうちゃんをお風呂で思いっきり可愛がってあげるね」


「ひ!?」


 真子が肉食獣のような瞳でオレを見つめいていた。その後、お風呂でいろいろされて……オレは自分の家に真子と戻った。


「祐希。すまんな。お前は父さんの息子だ。お前が苦しんでいると知った以上、元に戻してやらねばなるまい」


「父さん」


 リビングで親父は涙ながらにそう語った。


「ただ、闘士くんにお前をやると言ってしまった。男同士になるとはいえ、幸せな家庭を築くのだぞ!」


「築くか!!」


「祐希。俺、妹ができてよかったよ。でも最後にお願いがあるんだ」


「死ね、変態クソ兄貴。どうせ、パンツかブラジャーよこせとかいうんだろうが!!」


「お姉ちゃん。ううん、お兄ちゃん。ぼく、楽しかった。お兄ちゃんに戻ってもときどきでいいから……ぼくを、ぶってほしいな」


「オレを男に戻す前に、まずお前をマトモにしたいところだな」


 とりあえずもろもろ家族の別れ話を聞くと、真子はリビングのテーブルの上に魔術書を置いた。


「じゃ、みんなでこのノートに手を乗せて祈りましょー。ゆうちゃんが男の子に戻れって!」


 親父、兄貴、陽太、真子、オレの5人の右手がノートの上に乗るとみんなで目を閉じた。


 男に戻りたい。オレを男に戻せ。オレは……男なんだ!!


 そして、数秒後。


「真子、オレ……」


「ゆうちゃん……」


 オレは、男に……。


「戻ってないだとー!?」


「あれ?」


「なんでだよ、どういうことだよ! お前と親父と兄貴と陽太がオレを女にしたかったんじゃ、ないのかよ!?」


「うーん。そのはずなんだけどなあ……うーん。うーん。うー……ん? あ、もしかして」


 真子はポンと手を叩くと、オレの顔を見た。


「もしかして、ゆうちゃんさ」


「んだよ」


「ゆうちゃん自身が、男に戻るのを拒否してるんじゃない?」


「はあ!? バカ!! んなわけねーだろ! オレは男に戻りたいんだ!」


「そうじゃなくって……女の子ゆうちゃん。元々その体で生まれてきた本来のゆうちゃんが、だよ」


「……そういえば、お前。オレが女の子の平行存在と置き換わった。って言ってたな。つまり……女のオレが、男のオレと体をすげ替えたかった……ってことか?」


「かも。だって、それ以外には……いや、もう一個あるか。とにかく、並行世界のゆうちゃん。女の子ゆうちゃんが男の子ゆうちゃんと入れ替わりたかったのかも」


「なんだよ、それ。じゃあ、並行世界のオレ自身が入れ替わりたいって願ってるのかよ! そんなの……どうすりゃいいんだよ」


 そういえば。木野が言ってたな。『でも……さびしそうに笑うんだよね、春賀さん。何か満たされてないような、どこかあきらめたような……』。


 もしかしたら、女として生まれた平行存在のオレは、男に生まれたかったのかもしれない。それで、オレと入れ替わる瞬間をずっと待っていたの……か?

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