オレは暴力ヒロインじゃないし、スイーツ食べ放題に目を輝かせたりしない!
とにもかくにも新品のパンツを手に入れたオレは、トイレの個室に移動してさっそく装備した。これで少しは乙女の防御力が上がるぜ!
「さて、まずは情報収集からだな。スク水姿の金髪美少女なんて、見たらそうそう忘れないだろうし」
さっき天理と一緒に休憩したフードコートに行ってみるか。きっと目撃者がいるはずだ。
「あの、この辺りでスク水着た女の子、見ませんでしたか?」
「ああ、確かにいたわねそんな子。なんだか、恐い感じの男に追われていたみたいだけど」
ベビーカーを押す若い母親に尋ねてみたら、いきなりビンゴだった。
「あの、その子。どこへ行きましたか?」
「確か。駐車場のほうに行ったわよ。ねえ、本当に大丈夫? 警察に連絡しておいたほうがいい? 追いかけてた男、ものすごい目付きだったわよ。あいつ絶対犯罪者よ! 犯罪者! あんな小さくて可愛らしい女の子を追い回して……許せないわ!」
木野が犯罪者呼ばわりされてる……まずいなこれは。誰かに警察呼ばれる前に、なんとかしないと!
「い、いえ。大丈夫です。あの2人クラスメイトなんで……それじゃ、ありがとうございました!」
ここの駐車場っていや、立体駐車場だ。どこの階層にいるんだ、あいつら。
オレはフードコートを後にすると、立体駐車場の1階に移動した。すると、頭上から甲高い声がしたので二階に行くと……いやがった。
「早く出しなさいよ、パンツ。出さないと、ひどい目に合うわよ?」
「ひいい! 嫌デス! 僕の大事な初めて奪わないでくだサイー!」
人気のない奥まった所で、天理にまたがる木野の姿があった。客観的に見て、柄の悪い男が無抵抗な小さな少女にまたがっている……ちょっとこの構図はやばい。お巡りさんにタイーホされるぞ。
「ハアハア」
野獣のような木野の吐息が天理の頬に触れるたび、天理の顔が真っ赤に染まっていく。
「おいおい木野! この構図だとお前、ガチで犯罪者だぞ!! さっきのセリフも相当やばいし!」
「え、あ。そっか。そういえばあたし、男の子なんだった」
木野は興奮冷めやらぬまま、天理の体から離れた。
「ひ、姫~!!」
天理は赤い顔をしたままオレに向けて猛ダッシュしてくると、タックルをかますように抱きついてくる。
「恐かったですぅ! 僕、僕! うわああああああん!!」
心底恐かったのだろうか、天理はがたがた震えながら涙を流している。
「いや、まあ。自業自得なんだし。ていうかお前! オレのパンツ返せよな!」
「うう。はいデス」
天理はスク水の胸元に手を突っ込むと、そこからオレのパンツをまるでマジックショーのように取り出した。
「うう~。ごめんなさいデス~」
「へんなとこにしまってんじゃねえよ! まったく、これに懲りたら二度とするなよ? ノーブラならまだしも、ノーパンで街中を全力疾走とかごめんだからな!」
「姫がノーパンで街中を全力疾走ですト!?」
天理が何かを妄想をして、よだれをたらした。こいつ、絶対反省してねえ!
「姫。やっぱこのパンツは返しまセン。姫にはノーパンでいてもらいたいのデス。可憐な美少女のスカートの下が秘密の花園だなんテ……僕、想像しただけでごはん3杯はぺロリしちゃいマス」
「春賀さんのスカートの下がノーパン……ダメ! あたし、想像したら……か、下半身が!」
天理と木野が同時にハアハアと荒い息をしながらうずくまった。なにこいつら、マジ変態じゃん!!
「ふ、ふふ。やはり姫にはノーパンでいてもらわねば……このパンツは僕が没収しマス!」
「はあ? いい加減にしろよお前。木野、頼むわ。天理からパンツを奪還して、オレに返してくれ」
「う、うん。わかった」
「ひい!?」
今オレはノーパンじゃないけど、やっぱり自分のパンツを他人に取られたままってのは、いい気がしない。
「ハアハア……」
木野が天理からパンツを奪い返すと、しばらく木野は呆然とそれを見つめていた。
「女の子のパンツ……ハアハア……」
「お、おい。木野?」
「って、あたし何考えてるの!?」
木野は口の端から垂れていたよだれを服の袖で拭うと、頭をブンブン振った。
「なんだか自己嫌悪だわ……つい昨日まで自分も穿いていた物なのに……タダの布切れなのに! なんで、なんでこんな興奮しちゃうのよ!?」
「まあ、そりゃあ。お前男だしな」
「ごめんなさい、ごめんなさい……あたし、あたし、同じ女として、なんだか恥ずかしい……」
「いや今お前、男なんだけど」
木野は涙を流しながら自分の顔を両手で覆った。
「まあ、男の本能というか……生物的には必要な感情だと思うし、そんな気にするなよ。お前のお父さんがエッチじゃなかったんなら、お前産まれてないんだぜ? 自然の摂理なんだよ」
「男の、本能?」
「うん。だから気にするなって。それより涙拭けよお前。ハンカチ貸してやるからさ」
「あ、大丈夫。ハンカチならここにあるから」
そういうと、木野はごしごしとオレのパンツで自分の顔を拭きやがった!
「あら、このハンカチ……なんだかとってもいい匂いがする……それにシルクみたいにすべすべ」
木野は気付いていないのか、そのままオレのパンツを顔に貼り付けて匂いをくんくんかいでいた。
「一体これ、何の香りなのかしら? なんだか……興奮しちゃう」
「な! な! な! な!?」
それを見た瞬間、体のあちこちから湯気が昇るくらいに血液が沸騰していく。
恥ずかしさだけじゃない。何か他にもいろんな感情がごちゃまぜになって……オレの頭は噴火していた。
「あら? このハンカチ……って、ええ!? これ、春賀さんのパ、パンツ!?」
またもやラッキースケベでこれなんてエロゲですかい、木野くんよ。
「おい木野よ。すっかりラノベ主人公が板についてきたよなあ、お前?」
「ご、誤解よ! あたしそんなつもりなんて!」
「男が女の子のパンツ顔に貼り付けといて、言い訳してんじゃねえ!!」
鉄拳制裁。みぞおちに拳を一撃入れると、木野は腹を押さえて倒れた。
「は、春賀さんも。すっかり暴力ヒロインが板に、付いてきた、わね」
「誰が暴力ヒロインだ!! お前が悪いんだろ!」
「ああ、いいなあ。木野クン。姫の暴力は僕にとってご褒美なのに……」
床に倒れた木野を見て、天理が心底うらやましそうに指をくわえてやがる。
もうやだ、このTSコンビ!!
「とにかく、これで目的の物は取り返した。さっさとずらかるぞ!」
「あ、あの。2人とももう帰っちゃう? 少しお腹が空いたんだけれど……どこかでお茶しない?」
帰ろうとしたところ、木野がおずおずと手を挙げてお茶したいとかぬかしやがる。てゆか木野のがたいだと、お茶よりラーメンが似合うだろうに。
「まあ、まだ5時前だし時間はあるけれど。オレはいいぞ」
「僕はごめんこうむるデス。お腹空いてないノデ。それに、バイオリンのお稽古があるので、シツレイ!」
「じゃあ、この近くにオシャレなカフェがあるから、そこいきましょ。そこのスイーツがね、やばいの!」
筋骨隆々マンがスイーツとかけっこう片腹が痛いが、まあ付き合ってやるとするか。
「それじゃ、さよならです~」
さすがに天理ももう懲りたのか、素直に帰って行った。
「じゃあ、行きましょ春賀さん」
「ああ」
木野と一緒にショッピングモールを出る。しばらく歩いたところに目当ての店が見えてきて、木野は立ち止まった。
「ああ、おいしそうなケーキの匂い! ここね、スイーツが絶品なのよ! よく放課後にゆっこやいのりとお茶しながらおしゃべりしたっけ……ついこの間のことなのに、昔の思い出みたいだわ。もう、あの子たちと一緒にコイバナは……できないわよね。この体じゃ。へへ」
「そう、だな」
木野は少し寂しそうな顔で笑った。
「まあ、コイバナする気はないけれど、オレでよければ付き合ってやるし、真子にも声かけてみろよ。真子もスイーツには目がないから、喜んで付いてくると思うぞ」
「そうね。今のあたしには、春賀さんや阿久津さん、天理くんがいるものね。うん、ありがとう」
「よせやい。野郎がきもい笑顔でこびるんじゃない。男は黙って前だけ向いてな」
「春賀さん、かっこいい……わかったわ。じゃ、なかった。お、おう! それじゃ……スイーツを食い散らかしてやろうぜ!」
木野と一緒にカフェに入る。中は女性客で溢れていて、普段こんな所に足を踏み入れないオレにとって、アウェー感がハンパない。
「今日ね、レディースデイなのよ! 毎週この日は、女の戦いが始まるの!」
席につくやいなや、木野が興奮した様子でメニューとにらめっこしていた。
「いや、ていうかお前さ……。レディースデイ関係なくね?」
「あ」
自分の下半身に目をやると、木野は絶望した顔でテーブルに突っ伏した。
「そうだったわ……この体ならスイーツいくらでも入ると思ったのに……な、なんてことなの」
「いや。絶望すんの早いだろそれ。お前が欲しいのオレが注文すればそれよくないか?」
「そうだわ! それよ! 春賀さん、体は女子だものね!」
俺の言葉で一気に木野に戦意が戻る。
「えっとね、これとこれと……あと、これ! ああ、これもお願い!」
「え、そんなに食うのかよ」
一体いくら食うつもりなんだ。この店のメニューほぼ全部じゃねーか!
「はー。何だって女ってのはそんなに甘い物が好きなのかねー」
「何言ってるの! 女子にとって、甘い物は別腹よ。あ、春賀さんはいいの?」
あなた女子ではないんですが。
「オレはコーヒーだけでいいよ」
やがて注文したスイーツがオレと木野の目の前に並べられると、木野はさっそくフォークを装備して襲い掛かった。
「んふ~幸せ~。もう、死んでもいい!」
幸せそうにでかい口をあけてケーキをほお張る姿は、言っちゃ悪いがきもい。
「……」
ところが、幸せそうな笑みは一瞬で消えて木野は無口になった。
「どした?」
「なんだかわかんないんだけど……一個でもうじゅうぶん。ぜんぜん食べたいとは思えないの。ねえ、春賀さん。もしよかったら、その。代わりに食べてくれない?」
「え、オレが!?」
「お願い。なんかおかしいの。目の前にこんなにスイーツがあるってのに、ぜんぜん食べたくなくって……」
「まあ、くれるっていうんなら」
正直、甘い物はあんまり好きじゃない。けれど、残してしまうのはもったいないからな。
「じゃあ、もらうぜ」
ところが、だ。
「お。うまい」
どんどん口に入る。気付くとテーブルの上のスイーツは、すべてオレの胃に収まっていた。
「すげえ。女の胃袋って甘い物がいくらでも入る!」
「そっか。この体が男の子だからなんだ。きっと、あんまり甘い物好きじゃないんだろうなあ」
「オレのほうは、かなり甘い物好きらしいな。やべえ、まだ入りそうだ。第二ラウンド、行っていいか?」
「いいわけないでしょ! ここの支払いあたしがもつんだから! それより、口直しにどこか別のお店に入らない?」
「ああ、いいぜ。ジェラートでもクレープでも、和菓子でも付き合ってやる!」
「いや、そういうのじゃなくて……できれば、がっつり系のお店がいいかな」
「がっつり系ね。んじゃ、やっぱラーメン三郎かな」
「ラーメンか、あたしそういう店一度も入ったことないわ」
「んじゃあ、サブロリアンたるこのオレがお前に三郎の何たるかを伝授してやろう! 行くぞ」
「あ、うん」
カフェを出ると、木野を連れて行きつけのラーメン三郎に向かう。列に並んで注文も完了、そしていざ決戦! なのだが、オレは数口食べてギブアップしてしまった。
「何でだ。いつもなら、完食できる量なのに……」
そうか、木野と一緒だ。こんな重くて量があるラーメン、女の子の胃に収まりきるわけがない。
「木野。すまん、オレの分、食ってくれ……」
「いいわよ。あたし、ぜんぜん足りてないし」
お前の胃は宇宙かよ。




