天理家の執事と、木野家の母はただ者じゃない
「ところで姫。これからお買い物に行こうと思うのデスが、姫も一緒にどうでしょう」
「嫌だ。絶対に行かない」
「ナゼ!!」
帰ろうとしたオレの腕を天理がつかむ。振り向いてみると、その愛くるしいまでの笑顔が、いかにも何か企んでいますと物語っていた。
「お前のその笑顔は不吉を感じさせる。どうせ何かいらんことを企んでるんだろ」
「え。そ、そんな。僕はいつでも笑顔がJoliな天理春ですヨ。企むだなんて、そんな。エヘヘ」
天理は笑顔のまま大量に脂汗をかいた。いやいや、わかりやすすぎるだろ、その反応は。
「ちょっとそこのランジェリーショップでお互いのバストを図りあいたいとか、どさくさにまぎれて姫の胸をもみしだくとか、あわよくば姫の下着をお持ち帰りするだなんて、そんなみだらなことは1ミリも考えていません!」
天理は自分の妄想だけでごはん3杯はお変わりできそうなほど、よだれをじゅっるとたらした。
「何自分の欲望を口から吐き出してるんだ、お前は。正直にも程があるだろ……」
「おう、やっと見つけたぜ、木野!」
「げ。天理。お前がいらんことばっかりするから、追いつかれちゃったじゃないか!」
まいたと思っていたはずの不良グループが、いつの間にかオレたちを取り囲んでいた。完全に包囲されている。逃げ場はない。
「ど、どうしよう。春賀さん……あたし、怖い」
木野が身をよじらせてオレにしがみついてくる。図体の割りにてんで頼りにならない。オレTUEEEどこいった。
「さっきはいいモン見せてもらったが……この程度で満足する俺らじゃねえ!」
不良たちの鉄パイプや木刀の先端が、オレの鼻先に向けられる。
「全部、ひっぺがしてやる……」
ヒヒヒ、と下卑た笑い声に混じって、フフフという女の子の笑い声も聞こえてくる。
「いいぞ! やっちまエ! 姫のすべてをひっぺがしなサイ! そして、その引っぺがした制服は僕がお持ち帰りしマス!」
「天理……てめえ、何でそっちにいるんだ!」
いつのまにやら天理が不良グループの輪に混じって、オレに向けて木刀を向けていた。
「天理……じゃあまず、お前から血の海に沈めてやるよ。この裏切り者が!!」
「え。そ、そんな。僕はいつでも友情に熱い天理春ですヨ。裏切るだなんて、そんな。これは冗談。敵を欺くにはまず味方から、エヘヘ」
天理は不良グループの輪から抜け出すと、オレの隣に移動してファイティングポーズを取った。
「ごちゃごちゃうるうせえぞ! さっさと始めようぜ? え?」
……仕方がない。物理的に叩きのめすしかなさそうだ。
「姫。ご安心を。僕には奥の手がありマス」
「やなこった! めくるのは自分のスカートだけにしろ! この変態!」
天理が瞳を輝かせ近づいてきたので、オレはスカートのすそを押さえて後退する。
「そ、そんな。確かに僕は変態ですし、スカートをめくる気満々ですが、信じてくださイ!」
「今のセリフ聞いた後で、お前を信じる奴のほうがどうかしてる」
「そろそろ、執事が迎えにくる時間なのデス」
「は? 執事?」
オレがそう言ったのと同時、黒いリムジンが猛スピードで商店街に突っ込んできた。
「来ましタ、セバスです」
こちらに向かってくる。が、どうにもスピードを落とす気配がない。
「お、おい逃げろ! こっちに突っ込んでくるぞ!」
「いかれてやがる!!」
リムジンは不良グループを蹴散らし、オレと天理の目の前をそのまま通過して、電柱にぶつかった。早い話が、事故った。
「おい、あれ大丈夫なのか?」
「大丈夫デス」
もくもくと煙が立ち上り、リムジンに大きな傷が付いている。見た感じ、中の人間も無事ではないだろうけど……。
「お待たせしました、お嬢様」
ところがだ、リムジンの運転席から黒い燕尾服の老紳士が出てきた。無傷である。年のころは60過ぎってところで、白いヒゲの清潔感漂う男性だった。
最近の執事のイメージといえば、黒いイケメンに固定されていたような気がするが、そういえば、こっちのほうが正統派なのかも。
「な、何だあいつ……」
超然とした態度で、老紳士がオレ達の前に出る。こいつ……ただ者じゃない。そんな空気を醸し出している。
「お嬢様のご学友とお見受け致します。初めまして、わたくし、三田村セバスと申します。どうか親しみをこめて、セバスちゃんとおよびください」
「ちゃん付け!? 親しみこめすぎだろ」
セバスちゃんは、微笑を浮かべながら恭しく頭をさげた。
「あたしは執事より、巨乳メイドさんのほうがよかったなあ。ねえ、メイドさんはいないの?」
木野の発言は敵味方関係なく、無視された。
「このジジイ……ふざけやがって! もう少しで轢かれるところだったぜ! まとめてやっちまえ!」
「お嬢様方、どうぞお車へ!」
「姫、早く! ついでに木野クンも!」
天理に手を引かれ、リムジンに乗り込むと車は急発進する。
「いきますぞ!」
そうとう飛ばしているのだろう。窓の外の景色が一気にぶっ飛んでいく。商店街の不良どもが、すでに豆粒みたいに小さくなって見えなくなった。
「これでもう心配ありまセン」
「あ、ああ。にしても、えらいスピード出てるけど、大丈夫か? 確かさっき、思いっきり事故ってたよな?」
「問題ナシです。セバスちゃんは免許証をゲームの買取のとき以外、財布にしまっているペーパードライバーなのですが、マルオカート7でちゃんと運転技術を磨いてますし、この車は頑丈にできているので、万が一事故っても大丈夫デス」
「いや、何一つ大丈夫じゃないだろそれ。ていうか、マルオカート7でドライビング技術磨くなよ。せめて、グランツーリスム6にしろよ」
あと、ゲームの買取の時以外財布の中って、どこの若者だよ。
「そんで、どこ向かってるんだ?」
「それはモチロン、僕のお家です。姫はお疲れの様子。激しい運動で汗もかかれたことでショウ。ぜひとも僕と一緒にシャワーでも浴びて、お肌のふれあいを……」
「木野、天理がお前と一緒にシャワー浴びたいって。女の体に不慣れだから、お前。一緒に入ってやれよ」
「Je deteste!! 木野クンと一緒に入ったら、僕の大事な初めてが奪われてしまいマス!」
天理は青い顔をして、ぶるぶると震えながら自分の体を抱きしめた。
「とりあえず木野。お前んち行っても大丈夫か?」
「へ? え、ええ。親は今日も帰ってこないし、別にいいけど……」
「じゃあお前の家で決まりな。セバスちゃんに住所教えてくれ」
「うう。僕の野望が……でも、木野くんに襲われるくらいなら……」
1人でぶつぶつと独り言を繰り返す天理をよそに、車はなんとか事故らず木野の家に到着した。
「えっと、ここの最上階があたしの家、なんだけど」
「すげえな」
木野の家は高級マンションだった。しかも最上階の部屋を2つ所持していて、そのうち1つがまるまる木野の部屋としてあてがわれているのだとか。なんてうらやましい。
「それではお嬢様。また後ほどお迎えにあがります」
「うん。セバスちゃんも帰りは気を付けて」
天理が手を振ると、セバスちゃんが運転するリムジンは爆音とともに走り去り、数秒後、電柱に激突した。
「さあ、木野クンのお部屋にいきまショウ」
「おいおい、あれいいのかよ?」
天理は気にする様子もなく、マンションへ入っていく。
「大丈夫デス。セバスちゃんはドMで執事なので。どんな激痛も快楽として受け入れられる訓練を毎日課しているので、問題ナシです」
「悪魔で執事じゃないのね……ドMで執事って、ただの変態じゃねえか……」
天理家は主人も執事も漏れなく変態のようだ。
「ここよ、あたしの家」
立派なエントランスに、オートロック。警備もしっかりしていて、駅前と立地条件もいい。地下と駅構内はつながっているみたいだし、何十万かするのかな、ここの家賃。
「春賀さん?」
「あ、ああ。お邪魔します」
木野の部屋に入り、一歩目を踏み出す……ことができず、オレは玄関で立ち止まった。進めないのだ。
「な、何だよこれ……」
「ごめんね、ちょっと散らかってて。すぐ片付けるから」
散乱した衣類。エロい表紙の雑誌。食べかけのスナック菓子。読みかけのライトノベル。これが、『ちょっと』だと?
「木野、お前。これはダメだろ! 片付けろよ!」
「そんなこと言われたって、男の子のあたしがこんなにものぐさだとは思わなかったんだもん! これでかなりマシになったほうなのよ?」
「これでマシなのかよ……」
「何で同じ人間なのに、こうも違うのかしら……女のあたしは、ほこり1つないキレイな部屋だったのに、うう」
まあ、世の中にはいるんだろうな。壊滅的に片付けのできない奴は。
「オレも手伝うから、とりあえず足場と腰を下ろせる場所を作ろうぜ」
「うん、ありがと」
手始めに床に落ちているゴミを拾って、ゴミ箱にぶちこむ。が、すでにゴミ箱には大量の丸まったティッシュが詰め込まれていて、すぐに満タンになった。まあ、このティッシュが生み出された過程は気にしないようにしよう。
30分後。
「なんとか、道は作れたな……」
ゴミをまとめ、落ちていた本を部屋の隅に集めてなんとか片付ける事ができた。
「よし、とりあえずこんなもんだろ。って、あれ? 天理はどこいった」
片付けに夢中になっていたせいで、天理の存在を忘れていた。もしかして、ゴミの中に埋もれちゃったんじゃないか?
きょろきょろと周りを見回すが、あのちっこい金髪変態美幼女はいない。
耳を澄ますと、どこからともなく女性の切なく甘い声が聞こえてきて、一瞬硬直する。
「こ、この声って……あいつ、何やってるんだ?」
声を頼りにその方向に行ってみると、天理がノートパソコンでエロゲーをしているところだった。
「お前、1人で何やってんだ!」
「ああ、姫。木野くんのコレクションを拝見させてもらっていたのですヨ。なかなか木野クンは趣味がイイ。マンガもラノベも読み放題のネカフェみたいデス」
木野の寝室らしき部屋には、デスクトップパソコン2台と、ノートパソコンが1台。ベッドの周りは、やはりいかがわしい書籍類で散らかっているが、小さい冷蔵庫や、コーヒーメーカーが置いてあったりと、自分の世界に没頭するには理想的な環境だった。
金持ちって、うらやましい……。
「ちょ、ちょっとそれ、あたしのパソコン! 勝手に起動させて! そのヒロインの子、まだ攻略してないんだから!」
「僕が攻略しちゃいましタ。エヘ」
「な、な、なんてことを……」
「おい、天理。謝れ」
「ナゼです?」
「エロゲのヒロインの代わりに、お前が攻略されるぞ」
木野はマジで怒っているのか、沈黙したまま天理を見ていた。
「はわわ。攻略するのは好きですが、攻略されるのは好きではありまセン! 木野クン。ごめんなさい。これからは木野クンのこと、お兄ちゃんって呼びますから、許してください!」
「いや、お前にお兄ちゃんって呼ばれても、嬉しくないだろ……」
「お兄ちゃん……イイ……」
木野の巨体がピクリと動いた。そして、顔が少しゆるんでいた。
ピンポーン。と、急に音がしてオレ達は一瞬動きを止める。
「誰かしら? 宅急便かしら? そういえば、アマゾンでエロゲー買ったっけ。でも、あれは明後日の予定だし……」
『闘士ちゃーん。ママよー。ここ開けてー』
女性の甲高い声が玄関のほうから聞こえてきて、すぐ若い女性が部屋に入り込んできた。
「ママ!? どうして、仕事はどうしたの?」
「闘士ちゃんの顔が見たくなって、仕事を放り出してきたのよ~ほら、お土産。闘士ちゃんは男の子なんだから、いっぱい食べて大きくならないとね~」
このセリフから察するに、たぶんこの人は木野のお母さんなんだろう。見た感じ、20代後半だけど実年齢は30後半くらいか? 年よりも若く見える。
「あら? 何、この女の子?」
それまで笑顔だった木野ママは、オレの顔を見るなり敵意をむき出しにした。
「あの、お邪魔してます……クラスメイトの春賀です」
「ふざけないで!」
「へ?」
木野ママはゴミだらけの床をものすごい勢いでダッシュし、オレのむなぐらをつかんだ。
「あ、あの?」
「この泥棒猫! 私の闘士ちゃんを誘惑して、どういうつもり!? うちの財産が狙いなの!? まさか……闘士ちゃんの赤ちゃんを妊娠したとかいうんじゃないでしょうね!?」
「いや、泥棒猫って、どこの昼ドラですか……とりあえず、落ち着いてください、お母さん」
「お母さん!? まー! なんて図々しい娘なの!? もう木野家の嫁になった気でいるだなんて! 許さない! あんたみたいなメス猫に、可愛い闘士ちゃんのお嫁さんが務まるわけないじゃない!!」
木野のお母さん、めちゃDQNじゃん……思い込み激しすぎるだろ。




