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放課後ブラジャー戦争勃発!

「姫、僕のおっぱいをもんでくだサイ」


 体育が終わって更衣室で着替え中、目の前で天理が頬を赤らめてそう言った。


「な、何言ってるんだお前……」


 スカートをはこうとして、いきなりとんでもないことを言われたので、オレは着替えの手を止めてしまった。


「もめば大きくなると聞いたのデス」


 天理は自分の胸を隠すように両手で包み込み、懇願するような目でオレを見る。


「いや、いやいや。それなら、木野にでもやってもらえよ。別にオレじゃなくてもいいだろ」


「木野クンは野性の本能のカタマリなので、そのまま生殖行為に及ぼうとする可能性が大なのデス。ここはやはり、姫しかいまセン!」


「いや、まあ確かに木野は何やらかすかわからないな……ていうかさ。お前の胸って、もむほど面積ないじゃん」


「ガーン」


 天理は口を半開きにしたまま、悔しそうに小さな自分の胸をよせてあげたりしてみた。


「姫のバカぁ……ちょっと大きいからって、いい気になるんじゃねえよデス!」


「別にいい気になった覚えはないけれど……正直、小さいほうが楽だと思うぞ。でかいと見られるんだよな、男に」


 見られる、っていうのはいい気がしないもんだ。特に、ぶさいくなおっさんとかがエロい目でこっちを見ているときなんか、嫌悪感で背筋が震える。夏になればその頻度も増えるんだろうな。


「元男だから解っているとは思うけど、1人の時とか気を付けろよ。男に何されるかわかったもんじゃないぞ。最近はこのあたりもヘンなヤツ多いし」


「ですよね。僕、美しいですから」


 天理は手鏡を取り出して、自分の可愛い顔に魅入っていた。相変わらずだ。


「あ、でも。姫ならいつでもOKですよ? 僕の体を好きにしてくだサイ! 何なら今からここで!!」


「や、やめろ! 一応女同士だし、そもそもお前となんか嫌だ!」


 ぶちゅう、と。天理がキスをしに飛び掛ってきたので、首根っこを捕まえて放り投げてやった。その瞬間胸元に違和感を覚えたが、チャイムがなってそれどころではないことに気付く。


「ほら、早く着替えろよ。今日はこれで授業終わりなんだから、ホームルームだぞ」


「ハーイ……」


 今度こそスカートをはき、着替えを完了させるとオレと天理は教室へ戻った。


 ホームルームは何事もなく終わり、一日の授業が全て終わる。放課後だ。


 今日はどうするかな。とりあえず、早く学校を出たほうがいいな。上級生の男子に告られても面倒だし、下級生の女子のおしゃべりにつき合わせるのも面倒だし……。


「ん?」


 カバンを手に取り席を立とうとしたら、挙動不審者のお手本のような動きで木野が教室を出て行くのを目撃する。


 そういや木野のやつ、後輩の女の子に呼び出されたんだっけ。ちょっと気になるな。


「ひ~め! 僕と結婚してくだサイ」


「ああ、また今度な」


 天理がまたまたキスをしようと飛びついてきたので、首根っこをつかんで放り投げた。


「そんなそんな! 結婚がだめなら肉体関係だけデモ……!」


 天理を無視してオレは屋上へ向かうことにした。肉体関係だけでもってどういうことだ。


「さーて、相手はどんな女なんだ?」


 屋上の入り口の扉を少し開け、様子をうかがう。すると、そこにいたのは木野ともう1人……。


「むむう? なんで木野クンは上級生の男子と2人っきりでこんな所にいるんでショウ?」


 オレのすぐ隣に天理が来て、屋上の様子をいぶかしむ。


「それはオレが聞きたいよ」


「マサカ! 木野クンは……ガチなのでありますか? いや、そうですよね! そうでショウ!」


 天理が非常に嬉しそうにオレの顔を見て、同意を求めてきた。


「いや、違うだろあれは。愛の告白って場面じゃないぞどう見ても。その証拠に……ホラ」


 1人だけかと思ったら、他にも上級生たちが出てきて木野を囲み始めた。ざっと10人てとこだ。


「マサカ! 逆ハーレム!? 嫌がる木野クンを複数で無理やり……そうですよね! そうでショウ!」


 再び天理が嬉しそうにオレの顔を見て、同意を求めてきた。


「ちげーよ! 木刀とか鉄パイプとか持ってるじゃないか! 木野のやつ……はめられたんだよ」


「マサカ! なんという激しいプレイなんでしょう。嫌がる木野くんに木刀や鉄パイプをはめるだナンテ……そうですよね! そうでショウ!」


「このド変態! はめられたってのはそういう意味じゃねーよ! 1人で興奮してろ!!」


 勝手にヘンな妄想をふくらませる天理を放置して、屋上の声に耳を傾ける。


『あの、あなたたちは誰ですか? あたし、一年生の女の子に呼び出されたはずなんですけど……』


 木野がおそるおそる尋ねると、上級生たちは一斉に笑い出した。


『バッカじゃねーの!? あんな見えすいた罠にひっかかりやがって。しかも何だお前? 去勢でもしちまったのか? 女みてーな言葉遣いとか、マジうけるわ!』


『え? ど、どういうことなの?』


 木野は怯えながら両手を祈るように合わせ、縮こまった。


 すくみあがった木野に赤い髪の男が笑いながら近づく。いかつい顔つきで、ケンカ慣れしてそうな雰囲気だ。たぶん、あいつがリーダー格だろう。


『あのラブレターな、書いたの俺なんだよ。つまり、そういうこった』


『え、え? まさかあなた……』


『へ、ようやく気付いたか』


 そこにきてようやく木野も事態を悟ったのか、生唾を飲んで信じられない物を見るような目で男を指差した。


『あたしのことが好きなの?』


 違うわ!! というオレの声と男の怒声がクロスして、屋上に響き渡る。


『ん、誰だ。出てこいや』


 やば。見つかった。


 仕方なく屋上に出ると、木野含め上級生たちがオレを見た。


「おい、春賀祐希だぜ……」


「相変わらず、いい乳してんなあ」


「やべえ、ヤリてえ」


 男達の視線が、性欲の塊になってオレにのしかかってくる。すでにそこにいるのは本能に支配されたオスたちだ。


「おいおいおい。もしかして、アレか? お前、この男と付き合ってんのか?」


 リーダー格の男がオレの顔ではなく、スカートを見てそう言ってくる。


「違う。ただの、クラスメートよ」


「はん? んだよ。じゃあ、俺の物になれよ。今、めちゃくちゃヤリたくてよお。入院生活で溜まってんだ。お前の中にたっぷり注いでやるぜ」


「入院?」


「ああ。俺らは先月、木野にケンカで負けちまってよ。一ヶ月入院してたんだが、ようやく退院できてな。そのお礼に木野くんを血祭りパーティーにご招待したってわけ。下半身の元気な木野のことだから、女からの手紙なら飛び付くと思ってよ」


「え、やだ。男の子のあたし、不良とケンカなんかしてたんだ……なにそれ、かっこいい」


 ……かっこいいのかよ。


 木野は嬉しそうに目を輝かせ、リーダー格の男を見た。


「あら? でもあの手紙の内容だと……あの人、あたしのこと好きなのかしら、やだ、どうしよう……でも、愛の形は人それぞれだし……」


 木野は体を女子みたいにくねらせ、男を見た。


「げ、な、なんだこいつ……」


 まともに視線を合わせたリーダー格の男は、吐き気をこらえながら鉄パイプを握り締める。


「とにかく、そういうわけでな。木野をぶっ殺したら。その後は楽しい子作りタイムだ。てめーら! 木野を殺って、春賀をヤっちまえ!」


「おう!!」


 男達は瞬く間にオレたちを取り囲んだ。まずい、昨日とは数が違う。あの時は3人で、それに武器も持っていなかった。


 それに、ターゲットはオレではなく木野だ。木野を戦力としてカウントするわけにはいかないし。ていうか、怖くて涙流してるし……使えないなこりゃ。


「姫! 助太刀致しマス!」


「天理!?」


 天理がオレと背中を合わせるようにして、戦線に加わってくる。オレの背中を守ってくれるのか。ありがたい、これならやれる。


「変態紳士たるもの、格闘技もたしなんでおりますのでご安心を。姫は僕が命にかえても守りマス!」


 天理は武術の構えをとると、頼もしく微笑んだ。


「それに、切り札も用意していますので、お楽しみに」


「切り札?」


「何をごちゃごちゃと!」


「フフ」


 天理がスカートのポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。


「控えおろう! この性なる品が目に入らぬカ!」


 まるで黄門さまの印籠のようにそれを男達の眼前に突き出す天理。


「あ、あれは!?」


「まさか、そんな!?」


 一瞬で男達は動きを止め、それを畏怖するように見つめていた。


 ――何だありゃ? なんかひらひらしてるけど……どっかで見たことあるぞ。


「これこそ、つい20分ほど前まで春賀祐希が見につけていたブラジャーなるぞ!」


 天理が高々に持ち上げたそれは、オレのブラジャーだった!


 そういえば、さっき着替え終わるときに違和感を感じたと思ったら! 天理め、あの時オレのブラジャーを盗んでいたのか……。


「ええい、者ども頭が高い! これが欲しければ、土下座せヨ!」


「ははー!」


 上級生男子はプライドをかなぐり捨て、おおげさなポーズで地面に額をこすりつけた。


「ははー! じゃねえよ! このド変態ども! ていうか天理、これがお前の切り札なのかよ!」


「よし、今です姫。木野クン。逃げまショウ!」


 天理は急にシリアスな顔になると、オレと木野の手首を掴んで引っ張った。


「逃がすかー! そのブラジャー俺によこせえ!!」


 だが、退路はすぐにふさがれてしまう。


「む!? こうなってしまってはいたし方がない。姫、奥の手を使いマス! ご許可を!!」


「は? 何でオレの許可がいるのか知らないけれど……この事態を打開できるならいいぜ、ぶっぱなせ!」


「御意!」


 天理は左手で自分のスカートのすそをつまみ、右手でオレのスカートのすそをつまんだ。


 ……ちょっとまて、何するつもりだ!


「奥義、Jardin de fleurs secret (秘密の花園)! デス!」


 天理が必殺技名を叫んだ瞬間、オレのスカートがめくりあげられた。だがそれだけではない、天理も自身のスカートをめくりあげている。


 つまり、2人の美少女がスカートの中身をさらした、ということだ。いや、2人とも中身は男なんだけど。


「ぐほ!? 花柄とアニマル柄……俺、いいもん見たぜ」


 目の前の男は鼻血を流して倒れた。いやいやいや、何だよこのアホな展開。


「今デス!」


 そしてオレ達は学校から逃げ出したのだった。


「はあ、はあ……ここまでくればもう大丈夫だろ」


 駅前の商店街。その入り口付近で息を整え、オレ達3人はお互いの無事を確認した。


「それにしても、男の子のあたしって強いのね。あれだけの数を相手にして勝っちゃうんだもん……まさしく、オレTUEEEだわ」


 木野は上腕二等筋を膨らませ、ガッツポーズする。


「いやいや、お前のせいでこうなったんだぞ。なんとか逃げられたからよかったものの……」


「まったくデス! 僕と姫が奥義を発動しなかったら、今頃どうなっていたカ……ともあれ、みんな無事でよかったです。では僕はこのへんで……」


「ちょっとまてい」


 妙な笑顔で背中を見せた天理の首根っこをつかみ、引き寄せる。


「はい、何でショウ?」


 あくまでニコニコ笑顔の天理は、それだけでにくたらしいものだ。


「何ドサクサにまぎれてオレのブラジャー盗んでるんだ」


「いやーはは。まあ、そういう日もあるのデスよ」


「返せ!」


「嫌です! これは天理家の家宝にするのデスぅ!」


 無理やり天理のスカートのポケットに手を突っ込み、奪還する。


「まったく、油断も隙もないな……」


「てへへ……」


「褒めてないからね!」


 何気に今のてへへが可愛らしくてむかついたので、天理を木野に向けて放り投げてやった。


「木野、パス!」


「へ? あ、あら」


 天理は放物線を描き、木野の胸元にダイブする。


「あら、天理くんって小さくてやわらかくていい匂いがする……これが、男の子が女の子の体を抱きしめたときの感想なのね」


「ぎゃああああああああああああああ!! デスデスデス!? ムサイデス! 汗臭いデス! 暑苦しいデス! 姫のおっぱいの中がよかったデス!!」


 天理はデスデスいいながら、木野の胸の中でもがいていた。本当に苦しそうだったので、ちょっと悪いことをしたかなと思ったが、勝手に人の物を盗んだ上にスカートをめくられたので、これでちょうどいいだろう。

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