第11狙撃小隊
sideヴィクトリア
ジェイソンとアーリアの決死の時間稼ぎにより、私たちはステルス航行で王都から脱出することに成功していた。
ステルス航行に入れば、レーダーはおろか人の目でも見えない。
ボロボロになって戻って来た2人を収容して、私、ジェイソン、アーリア、ケストレルの艦長、メイド長が司令部に集結した。
「御嬢様、ケストレルが航行できているということは『能力』が覚醒したということですね?」
「あぁ。さっきから私1人でケストレルを動かしているが、魔力の底が見えない」
ケストレルが航行のために要求する魔力量はあまりにも膨大だが、それを私は1人で賄っていた。
たぶんケストレルは、王の『能力』で動かすことを前提としているのだろう。
「ということは、王は本当に死んだということですね……」
ジェイソンの言葉で、司令部に冷たい空気が流れる。
「……死体は誰も見ていないのよね?」
「メイド長どうだ?今日最後に王を見たのはいつだ?」
「はい。本日の朝に王に朝食の配膳をしたのが最後です。今日は王の休養日であったため、それからの王の予定は把握していませんでした」
「王は我々に黙ってフラフラとどこかに出かけることもあったから、半日見なかったくらいでは誰も疑問に思わなかったのだろうな」
艦長の呟きに全員が頷く。
「とにかくこうなった以上、私たちは公式に声明を発表し、聖堂教会に対して何らかの報復を加える必要があるでしょう」
「軍に連絡すれば?メビウスに直通で」
「メビウスには私から連絡を取ります。艦長、目的地にはどれくらいで到着しますか?」
「このスピードならあと1週間ってとこだな」
「できれば乗員に訓練を施したいのですが、聖堂教会に見つかっては元も子もありませんからね」
「艦内での訓練ならできるね。衛兵たちの訓練については私に任せてよ」
「姫様、ケストレルに乗っているメイドと執事だけでは家事を回しきれません。兵を当番制でこちらに回すことを提案します」
「だそうだ。どうだ、アーリア?」
「オッケ。そっちも考えておくよ」
「とにかく1週間、無事に逃げ切れることを祈るしかありませんね」
私たちの想いは、そのジェイソンの一言に集約されていた。
その夜、私はあてがわれた艦長室のベッドに寝転がった。
いつも使っているベッドではなかったが、寝心地は大差なかった。
ただ、いつも見ている天井とはまったく違うということにかなり違和感を覚えた。
たった1日で、私の人生はあまりにも激変してしまった。
ついさっきまで誰もが羨むお姫様だったはずが、今では都を追われた犯罪者だ。
私はこれからどうなってしまうのだろうか。
再びあの城の私の部屋に戻ることはできるのだろうか?
様々な考えが頭の中で渦巻き、私を不安に突き落す。
ただハッキリとわかっていることはある。
私はまだ死にたくない。
sideダリス
俺は画面に映し出されている映像を信じられない思いで見ていた。
故郷の空で展開される華麗な空中ショー。
キンッ!という音が響き、次の瞬間巨大な花火が咲く。
人が1人死んだとは思えないほどの、綺麗な花火だった。
大鎌を持った機神が次々と他の機神を落としていく。
凄まじいまでの技量だった。
「何アレ……」
俺の隣で同じように画面を見ていた同僚のティリアが呻くように呟く。
俺も似たような心境だった。
パイロットとしての素養を見いだされ軍に入隊してはや5年。
厳しい訓練によって培われていた俺たちの自信は、画面に映る機神によって粉々に打ち砕かれていた。
聖女による王都襲撃が宣言され、俺たちは全ての訓練を中止して、基地内にある画面にしがみついて偵察機から送られてくる映像を食い入るように見つめていた。
「これ、現実に今起こってることなのよね……」
「あぁ……」
ティリアの言葉で、これが現実に起きていることだと思い出させられた。
「なぁ、俺たちはどうするんだ?どっちの味方になるんだ?」
「わからん。中立、だと思うが……」
俺とティリアの隣の男たちがボソボソと話し合う。
俺たちが戦場に駆り出されるかもしれない。
数日前まで、願ってやまなかったことだ。
戦場で自分の実力を発揮し、英雄となる。
それが今では、戦場に立つことが怖くてたまらなかった。
今の俺では、一矢報いることもできずに犬死するしかできない。
「ティリア……」
隣の少女は、口をキッと結んで画面を見つめていた。
画面内では王国側が12機の聖堂騎士団の機神を全滅させ、その後に飛び込んできた聖堂教会トップ、聖女リゼの魔導ミサイルで偵察機を破壊されて映像が切れた。
映像が切れた途端に、一気に喧騒が広がった。
その言葉のほとんどは自分たちがこれからどうなるのか、軍はどう動くのか、そして何よりも、実戦への恐怖だった。
教官たちもこの状態では訓練にならないと判断したのか、今日は休暇だと宣言すると教官室に引っこんでしまった。
「行こう、ダリス」
ティリアの言葉で我に返り、俺たちは自分の隊舎に戻る。
「あ、ダリス!ティリア!」
隊舎には同じ部隊の4人がいた。
4人は隊舎のテレビで映像を見ていたらしい。
「2人とも映像は見ました!?」
興奮した様子で声をかけてきたのは、部隊の中では一番年下のメリル。
金髪に綺麗な蒼の瞳が映える女の子だが、その機神への適正値は部隊内で最高だ。
「あぁ、Pメシ食って帰ってくる途中で見た」
「その様子じゃ、お前も自信が折れたか?」
部隊で俺以外での唯一の男、ソウが2段ベットの上から声をかけてくる。
「お前も、ってどういうことだ?」
「ほら、そこ」
ソウが顎をしゃくってみせた先には、ベッドの片隅で体育座りをしてうずくまっているアリスの姿があった。
「無理無理無理無理ムリ……無理だってあんなの。戦場に出たら一瞬で殺されちゃうって……」
「何やってんだアリス……」
元から悲観的なところがあるアリスだったが、先ほどの映像のせいでそれが悪化したらしい。
「本当ですわ!全く、第11狙撃小隊の隊員である者が情けないですわよ!」
そのアリスに、2段ベットの腕で仁王立ちして嘲笑を浴びせているのがメイロノーム。
貴族の娘でありながら、軍に入隊してきた凄い奴だ。
「私はアリスの気持ちもわかるけどね。正直、私たちがあの戦場にいたら敵の姿を捉える前に撃たれてるわよ」
メイロノームをやんわりと諌めるのが、俺と同じく王都出身で、教育隊の時からずっと一緒にいるティリアだ。
「それでも、戦う前から弱腰になるなど軍にあるまじきことですわ!」
「生き残るためには臆病も必要さ。俺たちは一度も戦場に出たことがないんだ。臆病なくらいがちょうどいいはずだ」
ソウの言葉にメリルもうんうんと頷く。
「あの画面に映っていたのは、14年前の統一戦争を戦い抜いた人たちです。統一戦争の生き残りと私たちじゃあ、実力が全然違いますよ」
「だよね!戦ったら死んじゃうよあんなの。無理無理」
「もう!なんて臆病なんですの!私の小隊の人間は!」
いや、お前の小隊じゃねぇよと全員が心の中で呟いた。
「あの……私たち、これからどうなるんでしょうか……」
メリルの不安そうな声にソウが答えようとするが、その前にメイロノームが仁王立ちのまま叫んだ。
「当然ッ!我々は聖堂教会に協力し、大罪人であるヴィクトリアを捕まえますわ!」
「姫様は大罪人じゃない」
俺は反射的に答えていた。
「なんですの?」
「姫様はそんなことをする人じゃない」
「えぇ。姫様が王様を殺すなんてありえないことよ」
これは王都に住んでいた人間にしかわからない感覚だろう。
王都は聖堂教会よりも、王様や姫様への忠誠心のほうが篤いのだ。
「じゃあ聖女様が嘘をついているとでも言うんですの!?」
「ぶっちゃけ、その可能性はあるんだろうなぁ」
ソウが寝っ転がりながら呟く。
「だってさ。王様が死んで、それは姫様のせいで、聖女様が王都に飛んで行って、今は聖堂教会が王都を制圧している。出来過ぎだぜ」
「王都を強襲までするなんて、普通じゃありえないですもんね」
「絶対やばい陰謀の香りがするって。これ秘密に気付いて消されるパターンだって、私たち」
アリスの言葉は全員スルーした。
「まぁいいんじゃない?私たちは兵隊なんだし。それに近日中に将軍のほうから何か話があるんじゃないの?それまで待ってもいいと思うけど」
「だな。この話は今日はここまでにしよう。明日は普通に訓練だぜ。早朝から非情呼集って話だから、用意しておけよ」
「お前、毎度毎度どこからそういう情報取ってくるんだよ……」
ソウの呆れた声が、その日最後の言葉となった。
次回から、第11狙撃小隊を通して軍の様子を見ていきます。