全ての始まり
sideジェイソン
訓練場を見渡すことができる建物から、御嬢様の戦闘を見ていた。
無人機2機に対して圧勝。
実際の戦闘を初めて行った年齢を考えれば、かなりの腕だ。
でも今の御嬢様ではきっと対人戦で勝つことはできないだろう。
いくつ無人機を壊しても、対人戦での糧にはあまりならない。
そろそろ対人戦の訓練を採り入れるべきだろうか。
しかし対人戦は危険だ。
どちらかが死ぬ可能性がある。
私が相手になるか?
しかし私がまた機神に乗るのは……
『ジェイソン。どうした?私はどうすればいい?』
御嬢様からの通信ではっと目を覚ました。
「えぇ、お疲れ様です。大変素晴らしい戦果でしたよ」
『そうか』
私は対人戦のことを言おうか言うまいか悩んだ。
「それでは今日の訓練はここまでとします。格納庫に戻ってください」
結局、私はそのことは後で言おうと決めた。
そのあと、私たちは先ほどの訓練について少し話し合い、それから食事、勉強と一緒に過ごして就寝した。
sideヴィクトリア
次の日の朝は、いつもと特に変わったことはなかった。
私は午前中いっぱい、何も疑問に思うことなくいつも通りの日常を過ごしていた。
国の歴史についてや、言葉遣いなどのこまごまとしたことをジェイソンから習っていた。
いつもと違うな、と感じたのはおひるごはんを食べるために部屋に行った時だった。
いつもならそこで食事をしているパパとママがいなかった。
でも2人がいないことはたまにあることで、仕事が忙しいときは私と一緒に食事がとれないのだ。
そういう時はテーブルに両親からの手紙が置いてあるはずなのだが、今日はそれがなかった。
不思議に思ったのはそれくらいだった。
今日という日がいつもの日々とはまったく違うものだと気付いたのは、真っ青になってジェイソンが部屋に飛び込んで来た時だった。
「御嬢様ッ!!」
「うわぁ!?」
部屋で自習していた私は、突然の大声に腰を抜かして驚いた。
「よかった……御嬢様は無事だったのですね……あぁ、本当によかった……」
ジェイソンは私の姿を見るなりへたり込んでしまった。
「なんだなんだ、いったい何があったんだジェイソン?」
「御嬢様、とにかくラジオを聴いてください……どうかお気を確かに……」
ジェイソンがポケットから取り出したラジオのスイッチを入れる。
ろくにチューニングもしていないのに、ラジオははっきりとした音声を流した。
『緊急放送、緊急放送。皆様、こんにちは。聖堂教会、聖女リゼです。王国民の皆様に緊急放送があります』
ラジオからはノリノリなDJのおしゃべりも、クラシックも流れてこなかった。
代わりに、聖堂教会聖女リゼの深刻そうな声が聞こえてきた。
ジェイソンが摘まみを回しまくるが、どの周波数でも緊急放送のみが流れていた。
『本日の午前10時、オルギアス国王の崩御が確認されました。繰り返します。オルギアス国王が崩御なされました』
「……え?」
ラジオから流れてきた声は、パパが死んだと告げていた。
「嘘、だってパパ死んでない……」
『私の物見の球、神の宣告、王城にいる神父からの報告の3つが揃ったため、王国法にのっとり国王の崩御を宣言します』
「そうだ、ママ……ママは……」
『なお、アイリス女王は現在行方不明。繰り返します。アイリス女王は現在行方不明』
私の言葉が聞こえていたかのように、ラジオからリゼの無機質な声が流れ出てくる。
「ジェイソン、なぁ、何だこれは……ジェイソン、どういうことだ……」
ジェイソンにすがりつくように問いかけるが、ジェイソンは指を立ててラジオを示す。
『……ここから先は、王国法に則った宣言ではありません。ですが、聖女として国民の皆様に申しあげなければならないことだと思います』
無機質だったリゼの声に、感情の色が見え始める。
『オルギアス国王の崩御は殺害によるものであります。そしてその犯人を、私は物見の球により見通しました』
怒りという感情が、リゼの言葉に乗る。
『私は告発します。オルギアス国王を殺害したのはヴィクトリア姫ですッ!!』
ガツンと頭を殴られるような衝撃が私を襲った。
私が……パパを殺した……!?
『私はヴィクトリア姫を許すわけにはいきません。王城に対してヴィクトリア姫を差し出すことを求めます。応じない場合は、実力を以って実行します』
「ジェイソン!どういうことだこれはッ!!」
私は思わずジェイソンを怒鳴りつけてしまった。
ジェイソンが悪いわけではないことを知っていたが、どうしても叫ばずにはいられなかった。
「御嬢様、簡潔に一言で言ってしまえばこういうことです。嵌められました」
「馬鹿な……」
私は茫然として呟く。
机の上にある本が、急に見知らぬものになった感覚に襲われた。
「ありえない。私がパパを……お父様を殺すなんて、そんな……」
「えぇ、その通りです。ありえません。ですが聖女の言葉というのは聖教信者にとっては真実と同義です。恐らく多くの国民が信じてしまったのではないかと」
「馬鹿なッ!実の父親だぞ!?殺すものかッ!!」
私は激昂して椅子を蹴り飛ばした。
「御嬢様、どちらにしろ聖堂教会の騎士が王城に向かっています。騎士だけなら何とかなりますが、リゼ本人が来れば私でも止められません。すぐに逃げる準備を!」
「馬鹿な……どうして私が逃げねばならない?なぜ私が犯人のように逃げねばならぬのだ?嘘つきはアイツらだろうッ!!」
「御嬢様、王城にいては聖堂教会からの総攻撃を受けます。軍は現状に対して静観状態です。我々だけではここを守り切れません。すぐに逃げなければ殺されます」
「そんな……」
私は、今の状況を受け入れることが全くできなかった。
先ほどまで読んでいた本を手に取り、また読書に戻ろうとした。
でも、文字が全く頭に入ってこなかった。
「御嬢様ッ!」
「ジェイソン、準備できた!?って全然できてないじゃんッ!!あぁ、もうッ!そのままでいいからとっとと行くよッ!!」
ジェイソンが叫ぶのと同時に、アーリアがドアを蹴飛ばして入って来た。
「何やってんの姫様ッ!逃げなきゃ殺されるよ!ジェイソン、ケストレルは起動できた。あとガーディアンが機竜を起動させてる。早く機体積み込んで!」
「あぁ、わかった」
ジェイソンが私に駆け寄って来て、グイッと腕を引っ張る。
「逃げるんです、御嬢様。御嬢様は逃げなければなりません」
「クソッ……クソッ!!」
口汚くあらゆるものをののしりながら、私はジェイソンに合わせて走り始めた。
王城内の人々は上から下までひっくり返したかのように大混乱だった。
「ケストレルに乗り込めッ!パイロットは自分の機体をケストレルに積み込めッ!自分の機体じゃなくても積み込めッ!!」
「女子供は城に残れ!聖堂教会の連中も女子供には手を出さないッ!!」
「食料ありったけもってこい!次はいつ着陸できるかわからんぞッ!!」
「弾薬も、部品も全部だッ!全部ッ!!」
男たちは手に様々なものをもち、全速力で走っていく。
「姫様、生きていらっしゃいましたかッ!」
と、男たちの1人が私に気付き叫んだ。
「我々は姫様に付き従いますッ!聖堂教会なんかに渡したりはしませんよ!!」
そうだな!?という叫びに、その廊下を走っている男たち全員がオウッ!と答えた。
「お前たち……」
「御嬢様、格納庫に行きます。そこで自分の機神に搭乗したら庭園に着陸しているケストレルに乗ってください。いいですね?」
「ジェイソン、君はどうする気だ!?」
「もう聖堂教会が来ます。私とアーリアが彼らを足止めします。御嬢様たちはその間に逃げてください」
「お前……死ぬんじゃないだろうな!?」
私の叫びに、ジェイソンは今の状況に似つかわしくないほどの笑顔で答えた。
「絶対に帰ってきます。約束ですよ、御嬢様」
「だいじょーぶ。私たち、これでも強いんだからさ!」
アーリアが私の背中を叩きながらそう言って、そのまま自分の機体に飛び込んでいった。
気付けば私たちは格納庫にいた。
私の機体は昨日の訓練が終わってから整備してあり、弾薬も満タンまで入っていた。
「さぁ、御嬢様早く!」
ジェイソンの言葉に背中を押され、私はすばやく機神に乗り込む。
ハッチが閉まるまでの間、ジェイソンは私のほうを見て笑顔で手を振ってくれていた。
メインシステムが起動し、画面に映像が映った時、ジェイソンの姿はもうなかった。
ここから物語が本格的にスタートします。
次回はジェイソン、アーリアによる対聖堂教会戦です。