8 J'ouvre le futur.
翌日、ニュースでは『船は沈没、テロリストが侵入したと思われる』と報道された。
フレグランスに関しては一切報じられていなかった。
僕はテレビを見るのをやめて、クラスの学級日誌を記入する。
普段はクラスの全員が回すものなのだが、長期休みに入ると会長の僕が全て書かなければならない。
と言っても書くことはほとんどなく、特記すべき事項は『誰の怪我が治ったか』ということぐらいだ。
僕は昨日の空欄に『異常なし』と書き込みながら、あることに気がついた。
「あっ」
その時、昨日の小さな謎が解けた。
「そうか、『11』って……出席番号か」
僕はフレグランスが『黒の11』に仕掛けを作った理由を知った。
今となってはどうでもいいことだが。
それにしても、予告状が偽物だと知っていて来るとは、フレグランスも中々負けず嫌いだ。
そうでもないとS級にはなれないだろう。
「あいつの出席番号がどうかしたか?」
「なんでもないよ」
ハミルは僕の態度を不思議に思いながら、視線をテレビに戻した。
学級日誌には僕の字で『異常な』と書かれている。
そこに僕は『し』と付け足す。
これはクラスの状況だ。
『異常あり』だったのは、僕だけだ。
僕はまた罪を犯してしまった。
どうやら僕が君に出し抜かれたのは、認めざるを得ない事実のようだね。
今回だけは、僕が君に負けたってことにしておくよ。
僕は負けず嫌いだし、もちろん認めたくない。
組織のせいでこんな歪んだ人間になってしまったんだから、仕方ないよね。
でも君が悔しさに歪んだ表情を見せてくれるのは、いつだろう。
その日だけは、僕の能力を使っても全く読めないよ。
あれから五ヶ月。
僕の標的は、怪盗フレグランスから祓魔師の最高指揮者クロエに変わっていた。
きっかけは僕が彼女の二日後の未来を見たことだ。
二日後、クロエは盗賊と密約をしていた。
僕は彼女の悪事を暴くべく、様々な策を張り巡らせていた。
しかし、クロエの不祥事を暴くには僕の立場上どうしても難しい。
詮索するには、誰にも気づかれないような時間が必要だ。
それを打開する為に、僕は命を賭けて自由時間を作り出す。
そしてそれを決行するのが、クロエが忙しくなる今日だ。
大勢の人間が歩く、朝の大通り。
その人ごみの中に立っているハミルに、僕は近づく。
「おはよう」
ハミルの顔がこちらに向いた瞬間、僕は能力を発動する。
七秒後、人間を装った三人の悪魔がハミルを襲うだろう。
「何だよ」
僕は頭の中で五秒数えた。
そして悪魔からの攻撃が繰り出される直前。
僕はハミルの前に立ち、まともに攻撃を受けた。
「おい!」
僕はその場に倒れこむ。
予想以上に痛い攻撃だった。
顔を血がつたっていくのを感じる。
だが、僕の意識はハミルの声を聞き取れる程鮮明だった。
それでは意味がない。
僕は意識を失う為に今一度無理をして、一ヶ月後の未来を見る。
未来の僕は彼の悔しい顔を見るより先に、自分の能力を明かしていた。
そして、彼もまた正体を僕に明かしていた。
「これ、お前の家族か?」
僕の部屋に置いてある一枚の写真。
それを、彼は手に取った。
写真の中では若い両親とイリアが雪を背景に微笑んでいる。
この写真は、僕が生まれる前に撮ったものだ。
「そうだよ。フリージア連邦で二人で暮らしてるんだけど、連絡はもう取ってない」
彼は写真に書いてある文字を見て、首を傾げた。
『父フルヴィオ』『母ユウナ』『長女イリア』と、そこにはあの女の名が入っている。
「二人って……姉は?」
「死んだよ。半年前に」
彼は黙って写真を元に戻す。
僕はそれを取り、破いた。
「いいのか?」
「もう家族とは会わないことにしてるんだ。僕は両親に何も言わずにこの国に来て、勝手に祓魔師になったから、元々好かれてなかったんだけどね。でもお金はまだ送ってるんだよ。変だと思わない?」
怪盗フレグランスが船にいた一人の女の名前なんて覚えているわけがなかった。
少し落胆した僕は、写真をゴミ箱に捨てる。
そこで僕はやっと本題を切り出す。
「で、館長室から、例の資料を盗ってきてほしいんだけど」
僕は犯罪行為を彼に依頼する。
わざわざ寮にある自分の部屋に彼を呼んだのもその為だ。
「自分で行けばいいだろ」
「僕が無理だから君に頼んでるんだよ」
「割が合わない」
「じゃあちょっとした賭けをしよう。君はこのルーレットに玉を入れる。それで僕がどの数字に入るか当てる」
僕は六ヶ月後の僕を見て失笑する。
僕のルーレット好きは変わるどころか、エスカレートしていた。
本格的なルーレットを自分で買って、自分で玉を入れて当てるという寂しい遊びをよくするようになった。
そのせいか、カジノに行く回数も減った。
視界が歪んできた。
そろそろ能力の限界がくるだろう。
そして、僕の意識はしばらく飛ぶ。
「僕が負けたら、君の溜まった課題を全部やってあげるよ。それでどう?」
「そんなの、お前が相手じゃ勝てないだろ。この勝負はもう決まってるんだ」
彼は肩をすくめる。
そんな彼に、僕は言う。
「そんなことはないよ。未来は自分で切り開くものだから」
未来は自分で切り開く。
家族の一人を失ってから、僕がよく口にする言葉だ。
僕はあえて遠い未来を見ることで身体に負担をかけ、わざと気を失う。
この先の心配はしていない。
この場所に彼が来て、この悪魔たちを倒すのは既に分かっていた。
僕が死ぬことはまずない。
彼はおそらく僕がこんな雑魚にやられているのを不思議に思うだろうが、怪我をしたというのは紛れもない事実。
必然的に学校に行けない僕に、自由という名の猶予が与えられる。
僕には無鉄砲という言葉がよく似合っているのかもしれない。
自分の見る未来を過信していることに関しては自覚もある。
でもこれは僕だけに言えることじゃない。
誰だって、自分の切り開いた未来に命を委ねているだろうから。
――――さあ、人の皮を被った悪魔を成敗しようか。
未来という名のルーレットに、命という全財産を賭けて。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
短い連載でしたが、この話はこれで完結です。
最後に書いた、五ヶ月後にわざとやられるシーンですが、一応本編の十五話とつながっています。
何しろ本編だとこいつが勝手に雑魚に倒されたみたいになってますので(ry
興味があればまた、このシリーズをよろしくお願い致します。