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6 ノワール

「僕はこの女に売り飛ばされてから、常に死と隣り合わせの生活を送ってきました。強制的でしたが何人もの人を殺しました。だから、自由になってから安全な環境が落ち着かないんです。祓魔師という命を掛けて戦う仕事を選んだのも、そのせいかもしれません。

 僕は別に死にたいわけじゃありませんし、人を殺したいわけじゃないんですよ。ただ、悪人の悔しさに歪んだ表情を見るのが好きなだけです」

「狂っている。おそらく私が見た中で、一番狂った人間だ」


 僕は否定しなかった。

所詮僕は狂った姉によって狂った組織に入れられた人間だ。

脳内が狂っていることに関しては自覚もある。


「長々と秘密を話してしまいましたね。もうそろそろ終わりにしましょう」

「そうだ。終わらせよう。貴様の狂った人生をな」

「……一応確認しておきますけど、あなたが僕を殺していいのなら、僕もあなたを殺してもいいんですよね」


 僕が両手で二丁の拳銃を持つと、ラムダは一つの銃口を向ける。


「ただの祓魔師や警察じゃ、あなたは手に負えない存在です。だって、あなたのような『悪魔の皮を被った人間』を制裁するのは、僕の役目ですから」


 僕はラムダたちに向けて甲板を蹴った。

自分が見た未来を捻じ曲げたのだから、これから先どうなるかは正直のところ分からない。

それでも負ける気はしない。

なぜなら今日の朝見た未来では、不意打ちを受けた僕は死んでいなかったからだ。

唯一気がかりだったのは、フレグランスがどこへ行ったのか、ということだった。


 僕を殺そうと最初に迎え打ったのは、太めの剣を持つ太った男だ。

それに銃弾を撃ち込むと、他の人間が僕の背後に回りこむ。

その中に探している人物はいないと確認すると、僕は両手で散弾のように乱発した。


 全員に一瞬の隙ができる。

何人かは死んだが、ほとんどは生きている。

ラムダが僕の足を狙おうと引き金を引く。

僕はとっさにデッキ側に跳躍して、彼らから距離を取った。


「殺せ! 臓物残らず、殺せ!」


 ラムダが何人かに攻撃を指令する。

そこに僕が探していた男、『細剣を持つ男』が紛れていた。

すぐに僕はありったけの弾丸を彼以外にぶつけ、彼との一騎打ち状態に持ち込む。

ラムダが次の刺客を送り込む前に、僕は弾の切れた拳銃を一丁だけ彼に投げる。

ゆっくり飛んできた拳銃を弾こうと、彼が細剣を振りかざす。

拳銃と細剣がぶつかって鈍い音を立てた、その瞬間に僕は彼の右腕を掴み、腹から地面に叩きつける。

腕を背中に持ってくると、彼は激痛のあまり細剣を落とす。

僕はその剣を奪って、すぐに彼の心臓を刺した。


 僕は拳銃で撃たれる心配はしていなかった。

今朝僕が見た未来では拳銃を扱う人間は六人いて、それらはもう既に死んだ。

他にいるとは思えない。

いくら僕が海側にいたとしても、ラムダは自分の船を傷つける拳銃をあまり使わせないだろうと思ったからだ。

それにラムダの無駄に仲間思いな性格もまた、僕を銃撃から間接的に守っていた。

仲間を殺さないように、攻撃を指令してから拳銃を一切使っていないのがその証拠だ。


 全て分かっていた。

ラムダの仲間に、一人だけ僕が得意な細剣を持っている者がいることを。

そしてここにいる全員が、人間であることも。


 僕が細剣を手にしてからは、ほとんど独壇場だった。

僕自身が驚くほど、彼らは弱かった。


 先程の僕の銃撃で倒れた者たちは戦闘不能状態だ。

それでも一人残らずとどめを刺した。

気づけば心臓を貫かれた死体がデッキに溢れ、プールを赤色に染めていた。

悪魔と違って死体が残るのは何度見ても気味が悪い。


「ダーリン……」


 そうイリアが言った時、僕は丸腰になった彼らに細剣を突きつけていた。

ラムダの仲間が全滅してからこの状態になるまで、十秒もかかっていなかった。


「ベルクくん、この世は不公平だと思わないかい。そう思うなら、私の話を最後に聞いてくれないかい」


 僕は黙って細剣を下ろした。

ラムダはルーレットの時の少し優しい口調で、話し始めた。


「昔、私はとある会社で麻薬を売っていた。だがそれはすぐにばれて、私たちは世間から追われる立場になった。私は社長夫妻と共にあるスラム街に逃げ、そこで麻薬を売った。それからは悪魔を仲間に入れて、いくつもの罪を犯して、この船のオーナーにまでなった。なのに、ベルクくんはそれも踏みにじるのかい」

「あなたが軽く家出した姉に麻薬を渡したせいで、姉はキチガイになりました。姉が麻薬中毒にならなければ、それを買う為の金も必要ありませんでしたし、僕が組織に売られることもありませんでした。だから同情はしません」

「そう言うことは分かっていた。だから、これから私たちがとる行動を、しっかり目に焼き付けるんだ」


 そう言って、ラムダはイリアに視線を向けた。

イリアは立ち上がって、僕の左手を取った。


「ベルちゃんかモルちゃんか知らないけど……わたしの家族だったら同じ苗字のモルちゃんよね。未来を読めるのだったら、もう分かってるでしょ。これから何が起こるか」

「分からないよ。だって、僕は自分で自分の未来を捻じ曲げたから」


 どうして、今僕は敬語を止めたのだろう。

考えても分からなかった。


「ねえ、モルちゃん。未来って何?」


 イリアは唐突に難問を出してきた。


「自分で切り開くものだよ」


 何も考えず、僕は答えた。


「じゃあ、モルちゃんはちゃんと切り開けるのね。わたしたちとは違うものね」

「……え?」


 イリアは微笑を浮かべて、ラムダの元へ走る。

そして二人は、僕の隣を通りすぎてデッキの先端へ向かっていく。


「……」


 僕は海を覘こうと思わなかった。

誰も望まない心中だった。

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