1 ラヴィアンローズ
「今日のニュース見たか? 怪盗フレグランスの野郎、今度は船の『宝石』に予告だってよ」
「予告って、船に?」
「でも今回は変なんだよ。まず船って逃げ場がねえし、船側も警備を拒んでるんだ」
「それ悪戯じゃないか? 警備を拒んでおきながらニュースにするのはおかしいだろ」
「確かにそうだよな。ったく、こういう悪戯最近多いよなぁ」
今の会話は、これから五分後、この部屋で起こる雑談だ。
僕の日課は、毎朝見かけた候補生の未来を見ること。
と言ったら誤解を招きそうだけど、彼らのプライベートに興味なんてない。
本当の目的は、能力を鍛えることだ。
見るのは学園での行動だけだと決めているし、僕が見られる未来も限られている。
一時間後を見るだけで気絶した昔に比べたら、これでも上達した方だ。
それに知る必要のない雑談なら、僕はすぐ忘れる。
学園は長期休みに入っている。
それにも関わらず、ほとんどの生徒が病室にいる。
長期休みの直前にあった、二年生の夏に毎年行なわれる実戦訓練のせいだ。
僕は全治一週間にも満たないが、ひどい生徒は長期休みの全てをここで過ごす。
でも油断してはいけない。
もし僕が彼とあたっていたらそうなったかもしれない。
それにしても暇だ。
課題はもちろん、予習は済んでいるし、遊びに行くのもいいかもしれない。
本は好きだが、この学園の図書館の本はほとんど読みつくした。
キャバレーでピアノを弾くのも好きだが、本来あそこは僕のような子供が行く場所じゃない。
そういえば僕は会員制豪華客船『クイーン・エリアマリン号』の会員であることを忘れていた。
僕がそこに登録した理由は、その船のカジノが好きだからだ。
年齢制限がなく、ディーラーは不正ばかりする。
でもそれは未来を読める僕には関係なく、むしろそのディーラーの悔しそうな顔を見るのが好きだ。
唯一の欠点といえば、そのカジノが犯罪者が行き交う裏カジノであることぐらいだ。
今となってはその欠点が、僕にとって大きな抵抗になっている。
犯罪者と言ってもそれは裏の話であって、表ではいくら黒い噂が立っても咎められない人物だ。
まさに薔薇色の人生を送っている彼らが暇つぶしに行くのが、このカジノだ。
「また本読んでんのか?」
病室で読んでいた小説がちょうどクライマックスを迎えた時。
隣のベッドにいるハミルがこちらを向いてそう聞いてきた。
ハミルは病人用の水色の服を着ている。
彼もまた実戦訓練で怪我を負い、ここにいる。
「それ、『悪魔女帝と不良』だろ? 映画化して今すごいブームだよな」
僕は無言で本を閉じる。
表紙には青髪の女と茶髪の男が描かれている。
「てかお前、こんな恋愛モノに興味あったんだな」
「一応最後まで読んだけど、ありきたりな展開だったよ。大体皇帝が学園入る時点でおかしいし、何でこんなのが人気あるのかな」
そう言って僕はベッドから降りて、本を近くの机の上に置いた。
そして青のジャケットを腕にかける。
「あれ? どっか行くのか?」
「うん、久しぶりに遊びに行こうと思って」
「へぇー……って、えっ!?」
ハミルはわざとらしく驚いて、目を見開いた。
そう言ったものの、僕は具体的な行き先を考えていなかった。
何も決めないまま外に出ても、散歩程度で終わってしまうだろう。
「そんなに驚くこと?」
「まっまさか、お前から遊ぶって単語が出るとは思わなかったぜ。だって、お前の趣味って勉強しかねえのかと」
「毎日女の子にフラれてるナンパ男に言われたくないよ。君の場合、女の子なら誰でもいいんでしょ」
「いやいや、今日の子はマジだったぜ。なんたってあの巨にゅ……」
「はいはい、君は巨乳なら誰だっていいんでしょ。じゃあね」
僕は壁にかけてあるバッグを取り、病室を出る。
美術館一階に繋がる階段を上がっていると、私服姿のセヴィスを見つけた。
彼の傷はどうかというと、無傷の一言に過ぎる。
最強という称号を背負っているのだから、当然のことだ。
普段なら何も言わずそのまま通り過ぎるところだが、いつもと違った私服の僕を見て、彼は階段の途中で立ち止まった。
「もう出ていいのか?」
「ちょっと高貴なところに遊びに行くだけだよ。怪我は治ったしね」
と嫌味交じりに答えると、セヴィスは何の関心もなさそうに下に降りていった。
無傷な彼がここに来た理由はおそらく幼馴染であるハミルの見舞いだろう。
僕が先程読んだ未来で、二人は雑談をしていた。
内容はもうほとんど忘れてしまったが。
ハミルと違って、彼は嫌味を言えばすぐに話を終わらせてくれる。
僕はそれを利用して、彼に思ってもないような嫌味を言って話を終わらせることが多い。
理由は、僕が彼を避けているからだ。
最初はこんな奴が最強なのか、と僕も首を傾げていた。
でもこいつは勘が鋭く、運もいい。
頭は大したことないのに、相手の異変にすぐ気づく。
実際それで彼は様々なことを成し遂げてきた。
いくつかはどうやって気づいたのか、逆に僕も知りたかった程だ。
僕が彼と話をしたくないと思えるのは、僕の能力がバレるのを恐れているのかもしれない。
幸い、彼は僕の能力にまだ疑いをかけていない。
そんなことを考えていた時だった。
「本日午後8時に会員制豪華客船クイーン・エリアマリン号のルビー『レイン・ルージュ』をいただく、と予告した怪盗フレグランスは……」
この瞬間、僕の意識は受付のテレビに全て持っていかれた。
さっき二人が話していた、と言うより今話していることがこれか。
二人は偽者だと言っているが、もし本物なら今日の暇つぶしには最高だ。
あの有名な怪盗が、僕が会員の船を狙うなんて、すごい偶然だ。
しかも『レイン・ルージュ』は確か裏カジノの景品だった。
面白そうだし、正体を暴いてみようか。
どうせ僕の能力を知ってる人間なんて、ほとんどいない。
僕が能力を偽っているからだ。
僕は外に出てタクシーを呼んだ。
向かう先は港だ。
この作品はINNOCENT STEALのスピンオフ作品です。
短い話ですが、どうぞよろしくお願いします。
本編を読んでいない方にも分かっていただけるように一応書いておきます。
↓この話で出てきたキャラクターについて(『僕』については後ほど)
セヴィス=ラスケティア age:16
ナイフ投げを主な戦術とするS級祓魔師。普段はぶっきらぼうで協調性が一切なく、勉強に関してもまったくやる気がない。
本編の主人公。
ハミル=スレンダ age:17
B級祓魔師。格闘戦が得意。
セヴィスの幼馴染で、基本的に誰とでも親しく話せる気さくな人物。警察官の父親を持つ。