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「うさぎと兎と卯」byジル

 


 一日の仕事が終わり、今日は何を食べようかなぁっていろんな料理を思い浮かべながら、ボロ事務所から出たそのときだった。

「よう、ミキ。飯食いにいかね?」

 そんな男の声を聞いたのは。

 よっしゃあっ! きたあ!

 わたしは、心の中でガッツポーズを決める。

 ほら、わたしってスタイルがいいわりによく食べるから。ギャル○根っているじゃん。あれをちょっと可愛くした感じ。見た目も、食べる量も。

 だから、わたしに言い寄ってくる男たちは、みんな食べ物で釣ってくる。毎月食費が助かってます。

 心の中でお礼なんぞを言いながら振り向いたわたしは、笑みを頬に貼り付けたまま凍りついた。

 幸彦かよ。ダメ。こいつだけは無い。

 そんなわたしの心中も知らず、こいつは肉まんを二つくっつけたようなほっぺたを震わせながら、グフグフ笑っている。

 大体、デブってわたし嫌いなの。食べただけ脂肪になるって、なんて貧乏性。食べたら出す。こうじゃなくっちゃ。

 ギャル○根より可愛いぶん、わたし味と男の好みはうるさいのよね。いや、あの子の男の好みは知らないけどさ。

「そうねぇ。今日は兎料理を食べたい気分かなぁ。それだったら付き合ってあげてもいいよ」

 わたしって優しいわぁ。むげに断ったら、かわいそうだもん。いくらデブでも。ここから半径二百キロ以内に、兎料理を出すお店が無いのはリサーチ済み。名づけてかぐや姫作戦。

 自分で晩御飯を調達しないといけないのはちょっと痛いけど、こいつと食べるよりはまし。でも。

「いいよ。いい店知ってるから」

 ちょっと困った顔をしたあとで、なにやら気色の悪い笑みを脂肪の上に浮かべた幸彦の答えに、わたしの心は大きく揺れた。

 あるの? 兎料理を出すお店。

 鶏肉のように淡白で癖が無く、それなのにしっかりとうまみがつまった柔らかな食感、というもっぱらの噂。実はまだ食べたことないの。

 食したいっ! 心行くまで頬張りたい。そうよ。こいつの財布を軽くして、ダイエットに協力してあげるのも立派なボランティア。

「行こうっ!」

 そしてわたしは、妙に運転席側に傾いた軽自動車の助手席に乗り込んだのだった。


 結構きれいなお店じゃない。幸彦がこんな店を知ってるなんて、ちょっと意外。ていうか、こいつだけ浮いてる。

……ってことは、こいつの連れのわたしも浮いてる? やだなぁ。でも兎料理のためだ。がまんがまん。

 注文は任せてくれっていうから、どんな料理が出てくるのか分からないけど。でも、周りのテーブルを見ると期待できそう。早く出てこい兎料理。

「お待たせいたしました」

 よっしゃあっ! きたあ!

 って……ハンバーグじゃん。てっきりシチューか何かだと思ってたのに。しかも小さい。

 私は幸彦の顔をちらりと見る。相変わらずグフグフ笑ってる。う、食欲が失せた。この量でちょうどいいかも。

 まあいいわ。兎料理には違いないんでしょ。気を取り直して、早速ハンバーグにナイフを入れる。柔らかい!

 切り口にソースを絡めて、口に運ぶ。いい香り。ゆっくりと歯を立てる。やっぱり柔らかい……あれ?

 わたしはちょっと眉をひそめた。確かに淡白は淡白なんだけど。淡白すぎない? 兎肉って、こんなもの? そりゃ、確かに牛や豚とは違うけど。

 もう一切れ。なんかこの味、覚えがある。もう一度幸彦を見る。もう、笑ってんだか潰れてんだか分からない。

「ねえ、これって……豆腐ハンバーグじゃない?」

「そうだよ?」

 うわ、さらりと認めやがった。ミンチにされたいのか。

「あんた、兎料理を食べさせてくれるって言ったじゃん」

「だから、豆腐ハンバーグっておからを使うだろ」

 そう言うと、デブはテーブルの上に字を書いた。脂ぎってるから、何もつけてないのにちゃんと字が読める。

“卯の花”

「卯って、十二支で兎じゃん。嘘は言ってないよ」

 なんだそりゃあああ!

「うううう、さぎだぁ」


 そのあとメニューの上から下までを注文して、ささやかな復讐心とお腹を満たしたのは、言うまでもない。

 泣いてやんの。ザマァ。




(fin)

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