「魔性のこたつ」by名無し
商店街の隅にある古ぼけた店。
木造の薄暗く埃臭い店内に、二人の男が商品を前にして立っている。
「こいつが?」
30代後半の髪を短く刈り込んだ男が、そのいかつい顔をもう一人のほうに向けた。
「そう、こいつだ」
残り少ない白髪が側頭部に少し残っている老人は、丸いサングラスの奥で男をちらりと見ると、怪しげなどじょう髭を引っ張りながら答える。
「これが……魔性のこたつ」
男は一見普通に見えるこたつを薄暗い情熱をたたえた目で眺める。
「ひっひっひ、今までに何人もの人間がこいつの所為で命を落としている……お前さんにぴったりだ」
老人の下品な笑い声が店内の空気をよどませる。
男はこの老人があまり好きではなかった。しかしその老人の「いわくつきのもの」を探し出す能力は男にとって必要な物だった。
「そいつらはどんな死に方をしたんだ?」
昼だというのに日の光の届かない店内で、薄闇の圧力を感じながら男は尋ねた。
「ひっひ、おまえさんも好きだね」
老人の笑い声がなんとなくくぐもって聞こえる。
「最初の奴は、このこたつで寝たまま死んだ。次の奴は寒い日の夜、こたつに入って寝たまま死んだ。その次は、一人寂しくこたつに入って寝たまま死んだ。そして」
「全部同じなような気がするんだが」
言葉を途中でさえぎられた老人は、少し不機嫌な顔をして男を睨んだ。
「まったくせっかちだの」
男は老人を無視して言葉を継いだ。
「確かに妙なこたつだな。ところで死因は分かっているのか」
「ひっひ、寿命」
「せいっ!」
「ぐほっ!」
男の拳の形をした突っ込みが老人のテンプルにクリーンヒット。老人はよろけて片膝をついた。
「ひっひひ、まあ待て。こんなに立て続けに死んでいるのはおかしいと思わんかね?」
頭部が右斜め45度に傾いた老人の言葉に、男は自分の顎をなでた。
「……確かに。するとこれは死を呼ぶこたつか」
「ひっひっひ、そうそう。まさに死を呼ぶこたつ」
老人の陰鬱な顔に愉快そうな表情が浮かぶ。
「おそらくこのこたつの内部には、怒りが充満しておるのだろう。おこたが怒った、なんつってな」
「ふんっ!」
「げふうっ!」
男の蹴りの形をした突っ込みが老人のストマックにクラッシュ。老人は床に大の字に倒れた。
「げほっほ。ひっひひ、短気だの。それでどうするね、買うかね?」
老人の丸いサングラスの奥の目が怪しく光る。
男は不審という文字が読み取れそうなほどいぶかしげな表情をしていた。
「最後に聞きたいんだが」
「なにかの?」
「死んだ連中の素性だ」
老人の丸いサングラスの奥の目が怪しく光った。
「素性? 最初の奴は丸々と太った鼠で、次の奴は卵を尻につけたゴキブリで、三番目は」
「滅殺!!」
「んふうっ!」
男の殺意が店を揺るがし、床板を震わせる。老人はきりもみ回転しながら店の奥へ消えていった。
「また来る」
男はそれだけ言うと、崩れかけた戸を蹴り飛ばして出て行った。
後に残されたのは……魔性のこたつ。