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「四年後の僕ら」byヘボ

 光が殺意を持つことがあるなんてこと、君は想像したこともなかった。

 ずっと閉じ込められていた施設の蛍光灯は、無機質で冷たく、四方を全て白に覆われていた君たちの“世界”をただ照らしていただけだったから。だから、こんな風に深く暗い夜の森の中で舐めるようにして走る光の姿はとても奇妙で怖かった。意思を持って君たちを追う光の存在は、まるで底なしの沼のように、じわりじわりと君たちの余裕を削いでいた。

 君たち五人はただただ走っている。施設にいた時と同じ、味気のない水色の布のような服を身に付けて、目印もない、出口も分からない森の中を走っている。緑の濃い、力強い森だ。

 足元には日中の少ない木漏れ日を浴びようと、貪欲に草が生い茂っている森。走ってきた道筋など、とうに呑み込まれ分からなくなってしまっているだろう。彼らは生きているのだ。

 そんな草を見下ろす木々が君たちを見つめている。その太い幹をどっしりと大地に据えて君たちを見つめている。動けない彼らは、しかし明確な意思を持って君たちを迷わせようとしている。命の力を獲ようとしている。彼らは生きているのだ。この森の闇夜に動物の声は響かない。

 走る君たちを幾筋もの光が追う。君たちの頭上を、左右を通り抜けて、森を照らし出す。君たちを探している。その光が森を明るくする度に、君たちの筋肉は一瞬縮こまって、息が詰まる。歩幅が乱れてしまう。捕まって施設に送り返されてしまうかもしれない。そんな絶望的な未来が脳裏をよぎる。表情に暗い影が差し込む。

 けれど、それでも君たちは走ることをやめない。そうだからこそ走ることをやめない。逃げ出すために、自由を手に入れるために、何より君たちの家族を奪い去った奴らにいつの日か復讐するために、君たちは走っている。先の見えない森の中を、闇雲に走り抜けていく。

「あっ」

 そんなか細い声を発して、君たちの中の一人が盛大に転倒した。張り出していた木の根につまづいてしまったのだ。君たちは数歩走った後で一斉に立ち止まる。転んだ仲間の下へと集まる。

 すぐさま少年がしゃがみこんで状態を確かめる。転んだその子は、君たちの中では一番幼い女の子だ。彼女は右足首に両手を添えて苦痛に表情を歪めている。額に浮かんだ大粒の汗が、次第に数を増していっている。目尻に涙が浮かんでいた。

 少年が彼女に手を解くよう指示する。彼女はゆっくりとその掌を解いた。そこには赤く腫れ上がった細い足首があった。

「挫いてしまっているようだ」

 しばらく足首の状態を確認していた少年がそう呟いた。

「もう走ることは出来ないと思う」

 その瞬間、君たちに降り注ぐ森の闇は、一段とその濃度を増したようだった。

「……わたしはここまで。みんなは逃げて。すぐにあいつらがやって来る」

 彼女はそう言って、痛みに耐えながら残酷な運命に耐えながら微笑んだ。逃げられないと、足手まといになってしまうと悟り、諦め、未来を受け入れてしまったのだ。仲間を想うが故の自己犠牲。君たちの、とりわけ君の心はそんな彼女の表情に強く反応した。

 ――みんなで逃げるんだ。絶対に。

 そう君が仲間たちに約束したんだったよね。

「俺が負っていく。相対的に速度が落ちるから、人数が多いと見付かりやすくなるだろう。ここでお別れだな」

 君は力強くそう言った。

「あたしたちはいいけど、あんたは大丈夫?」

「心配ない」

 仲間の心配も吹き飛ばす、はっきりとした声だ。それに中間たちも力強く頷き返す。彼女だけが状況を理解できず、口を開け呆けた顔をしていた。

「そう言う訳だ。まだ終りじゃない」

 君は彼女に笑いかける。あの時の約束は今の君たちを繋ぐ一番暖かな温もりになっていた。

「ごめんね」

 しゃがみこんだ君の背後、背中にしがみついた彼女はぽつりとそうこぼした。

「気にするな。これは俺たちのエゴなんだ。仲間を残したまま逃げたくないという、お前の想いを踏みにじるエゴなんだ。お前が気を病むようなことじゃない」 光が殺意を持つことがあるなんてこと、君は想像したこともなかった。

 ずっと閉じ込められていた施設の蛍光灯は、無機質で冷たく、四方を全て白に覆われていた君たちの“世界”をただ照らしていただけだったから。だから、こんな風に深く暗い夜の森の中で舐めるようにして走る光の姿はとても奇妙で怖かった。意思を持って君たちを追う光の存在は、まるで底なしの沼のように、じわりじわりと君たちの余裕を削いでいた。

 君たち五人はただただ走っている。施設にいた時と同じ、味気のない水色の布のような服を身に付けて、目印もない、出口も分からない森の中を走っている。緑の濃い、力強い森だ。

 足元には日中の少ない木漏れ日を浴びようと、貪欲に草が生い茂っている森。走ってきた道筋など、とうに呑み込まれ分からなくなってしまっているだろう。彼らは生きているのだ。

 そんな草を見下ろす木々が君たちを見つめている。その太い幹をどっしりと大地に据えて君たちを見つめている。動けない彼らは、しかし明確な意思を持って君たちを迷わせようとしている。命の力を獲ようとしている。彼らは生きている。この森の闇夜に動物の声は響かない。

 走る君たちを幾筋もの光が追う。君たちの頭上を、左右を通り抜けて、森を照らし出す。君たちを探している。その光が森を明るくする度に、君たちの筋肉は一瞬縮こまって、息が詰まる。歩幅が乱れてしまう。捕まって施設に送り返されてしまうかもしれない。そんな絶望的な未来が脳裏をよぎる。表情に暗い影が差し込む。

 けれど、それでも君たちは走ることをやめない。そうだからこそ走ることをやめない。逃げ出すために、自由を手に入れるために、何より君たちの家族を奪い去った奴らにいつの日か復讐するために、君たちは走っている。先の見えない森の中を、闇雲に走り抜けていく。

「あっ」

 そんなか細い声を発して、君たちの中の一人が盛大に転倒した。張り出していた木の根につまづいてしまったのだ。君たちは数歩走った後で一斉に立ち止まる。転んだ仲間の下へと集まる。

 すぐさま少年がしゃがみこんで状態を確かめる。転んだその子は、君たちの中では一番幼い女の子だ。彼女は右足首に両手を添えて苦痛に表情を歪めている。額に浮かんだ大粒の汗が、次第に数を増していっている。目尻に涙が浮かんでいた。

 少年が彼女に手を解くよう指示する。彼女はゆっくりとその掌を解いた。そこには赤く腫れ上がった細い足首があった。

「挫いてしまっているようだ」

 しばらく足首の状態を確認していた少年がそう呟いた。

「もう走ることは出来ないと思う」

 その瞬間、君たちに降り注ぐ森の闇は、一段とその濃度を増したようだった。

「……わたしはここまで。みんなは逃げて。すぐにあいつらがやって来る」

 彼女はそう言って、痛みに耐えながら残酷な運命に耐えながら微笑んだ。逃げられないと、足手まといになってしまうと悟り、諦め、未来を受け入れてしまったのだ。仲間を想うが故の自己犠牲。君たちの、とりわけ君の心はそんな彼女の表情に強く反応した。

 ――みんなで逃げるんだ。絶対に。

 そう君が仲間たちに約束したんだったよね。

「俺が負っていく。相対的に速度が落ちるから、人数が多いと見付かりやすくなるだろう。ここでお別れだな」

 君は力強くそう言った。

「あたしたちはいいけど、あんたは大丈夫?」

「心配ない」

 仲間の心配も吹き飛ばす、はっきりとした声だ。それに中間たちも力強く頷き返す。彼女だけが状況を理解できず、口を開け呆けた顔をしていた。

「そう言う訳だ。まだ終りじゃない」

 君は彼女に笑いかける。あの時の約束は今の君たちを繋ぐ一番暖かな温もりになっていた。

「ごめんね」

 しゃがみこんだ君の背後、背中にしがみついた彼女はぽつりとそうこぼした。

「気にするな。これは俺たちのエゴなんだ。仲間を残したまま逃げたくないという、お前の想いを踏みにじるエゴなんだ。お前が気を病むようなことじゃない」

 君は立ち上がり、周りを見渡す。森の奥から奴らの足音と声が響いてくる。光は変わらず君たちを探している。もう時間はそんなに残っていない。

 君は突然仲間たちの名前を呼んだ。君たち自身が自らつけた名前だ。自分を確立する、大切な宝物。君はそれらをひとつひとつしっかりと呼んでいく。

「またいつの日か、必ず、この仲間で」

 君たちの瞳には希望が輝いている。閉じ込めておくことなんて出来やしない未来が輝いている。そんな眼たちが頷いた。またいつの日か。

 そして君たちは別れ、走り出していく。君たちはそれぞれ違う道を行く。君は三人が走り去って行くのを見届けると、別方向へと駆け出した。

「……ありがと」

 背後で彼女が呟いた。君にしがみつくその腕は少し震えていたけれど、しっかりと君に抱きついていた。

 君は何か答えることもなく走り続ける。言葉なんてなくても、伝わる想いがあるのだと君は知っている。だから君は、返事をする代わりに、強く強く、大地を蹴ったんだ。

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