「怪盗『イルミネーション』」by豆腐
何か黒い影が、動いた気がした。
トイレから戻ってきた祐樹は、寝ぼけながら、窓に近づいた。カーテンを閉めるのを忘れていたらしい。またママに怒られる──そんなことを思いながら、手を伸ばす。
やはり、何かが動いた。
時刻は深夜二時。窓の外に、何かがいていい時刻ではない。
「……だれですかー?」
半分寝たままで、窓を開ける。寒い。──まさかサンタさん? いやでもまだ十二月になったばかりだし……祐樹はちょっと首をかしげて、大きくあくびをした。
「ばれてしまっては、しかたがない──」
不意に、いやにダンディーな重低音が響いた。
さすがに祐樹の目も覚めた。信じられない思いで、目の前に仁王立ちする、大きな男を見上げる。
「我が名は、怪人イルミネーション!」
ちょっと困った。
どうしよう。
ママかパパを呼んできた方がいいだろうか──しかし、この大きく愉快なおじさんが、何か悪さをするとも思えなかった。
全身に豆電球がくっついている。帽子にサングラス、マスクまでしているが、サングラスの中央にも豆電球がついており、時折ぴかぴか光るので、怪しいというよりはおかしい。
「あの、うちになにかご用ですか」
聞いてみた。礼儀作法ばっちりな植田祐樹、六歳。来年は小学生だ、恐れおののいているわけにはいかない。
「はっはっは、ご用といわれればご用だとも! 夜が闇である限り、人々の心と家の庭先とテーマパークに光を灯すのが、私の仕事だ!」
怪人イルミネーションは、人差し指を祐樹の胸に突きつけた。
ビカーっとサングラスの豆電球が赤く光る。
「君の心に……ライト、オン!」
ずきゅーん、と銃を撃つような仕草をすると、片方の電球だけが瞬いた。ウィンク仕様。
そのまま、とう! とかいいながら、姿を消した。
消したというより、全身の豆電球を消して闇に紛れたので、見えなくなった。
「…………」
祐樹は、ぼんやりと、暗闇を眺めた。
「……寝よう」
数秒後、現実的な結論を導き出し、ベッドに潜り込んだ。
翌朝。
母親──喜美恵の悲鳴で、祐樹は目覚めた。
「大変! パパ、祐樹、ちょっと来て!」
どちらかというと嬉しそうな悲鳴だ。なんだか眠いなと思いながら、寝間着のままでもたもた歩く。喜美恵の元へたどり着くと、玄関の外にまで連れ出された。
「なにー?」
「大変なの! 出たんだわ! 怪人イルミネーションよ!」
「……?」
なんか聞いたことがあるぞ、と祐樹は記憶をさぐる。
新聞を持ったまま出て来た父親が、感嘆の息を漏らした。
「こりゃあ、見事なもんだなあ」
その言葉に、初めて、祐樹も見た。
玄関戸の前に、電飾で作り上げられたクリスマスツリーとサンタクロース。塀にも花壇にも、これでもかと電球がちりばめられている。
「素敵!」
喜美恵は身をくねらせ、そう感想を述べた。
──怪人イルミネーション、各地に現る!
四十代後半と思われる中肉中背の中年男性が、夜中、民家やテーマパークに侵入し、無断でクリスマスイルミネーションの飾り付けをするという事件が相次いでいる。
「とても綺麗で喜んでいます」という感謝の声から、「やるなら電気代も払ってくれ」という家計を憂える声まで、被害者の声は様々あるが、不法侵入であることは疑いようのない事実であり、どうにか怪人を捕獲しようという動きが高まっている──
祐樹は、子ども新聞を厳かに置いた。
なんか世の中大変だな、ということはなんとなくわかった。
事件のあったあの日以来、祐樹は新聞やテレビに気をつけるようになった。気にして見ていると、世の中は怪人イルミネーションの話題で溢れていた。
どうやら、怪人イルミネーションを捕まえるために、どこかの企業が宣伝も兼ね、「省エネ戦隊 シゲンジャー」結成したらしい。シゲンレッドの必殺技は、自家発電だそうだ。
「ねー、ママ」
祐樹は台所で忙しく動く喜美恵に声をかける。喜美恵はいつものように動きは止めず、声だけ返してきた。
「なあに?」
「クリスマスが終わったら、イルミネーションってどうなるの?」
喜美恵は、台ふきでテーブルを拭き始める。こともなげに、
「そりゃ、かたづけなくちゃ」
さらりといった。
「じゃあ、怪人さんのやったこと、ぜんぶ無駄だったの?」
「世の中、無駄なことも必要なのよ」
祐樹は、なんだかやりきれない気持ちになった。これだけ世の中を綺麗に飾ってくれているのに。
それとも、あのおじちゃんは、全部わかっててやっているのだろうか──
「怪人イルミネーションは、犯罪者なの?」
「まあ、自分で怪人っていうぐらいだものねえ」
祐樹は、あることを思いついた。
すぐに部屋にもどり、机に向かった。
落書き帳を引っ張り出し、鉛筆を持つ。
かいじんイルミネーションさんへ
ぼくのおうちをぴかぴかにしてくれてありがとうございます。
とてもきれいだってママもおおよろこびです。
パパもすごいなっていってます。
ぼくも、とても、かんしゃしています。
だから、ぼくは、しょうらいかいじんさんみたいに、いろんなひとのこころとにわとテーマパークにひかりをともすひとになります。
でしにしてください。
ゆうきより
会心のできだった。
丁寧に折りたたんで、封筒に入れた。雨に濡れてもいいようにビニル袋に入れ、庭先にそっと置いた。
よくわからないけれど、あの日確かに、祐樹の心には、光が灯ったのだ。