「樹齢三千年の樹の下で」byヘボ
草原に一本の大樹が立っていました。陰のない緑の海で、樹はたった一つだけ陰を生み出していました。そのため、樹の下にはたくさんの動物が来ていました。皆大樹の下では争わず、静かに身を休めていました。
ある時から大樹に一羽の梟が住み着くようになりました。
彼は物知りでたくさんのことを知っていました。草原の端にある高い山を越えた先の世界の話や、一面真っ青な海の話、煌めく星たちの伝説など、彼は樹の下の動物達に教えてあげました。
いつからか樹の下に明るい声が響くようになりました。動物達は前にも増して樹の下に集まるようになりました。
数年が経ちました。物知り梟はその生涯を終えました。彼の話を楽しみにしていた動物達は皆涙を流して悲しみました。彼が動物達に与えたものはかけがえのないものだったのです。
梟は死ぬ間際にこんなことを言い残しました。
「生きるということはなんと残酷で美しいことなのだろうか。
私はこれまで数多くの友人を作り、彼らの死を見守ってきた。その度に身を引き裂かんばかりの悲しみが私を襲い、絶望のどん底へと落ちていった。
しかし、彼らがいなかったのなら、私がこの世界に生きていなかったのならば、私は彼らと友人になることは出来なかった。彼らとの楽しい毎日は生まれなかった。
……生きるということは残酷だ。辛くて悲しくて耐えがたい悲しみに何度も襲われる。
だが、とても素晴らしいことでもあるのだ。皆が今こうして私を見守っていてくれることが何よりの証拠だよ。私は嬉しい。心から嬉しい。この世界に産まれたことにこの上ない幸福を感じている。
だから皆も悲しまないでほしい。恨まないでほしい。私が死にゆくこの世界のことを。この世界にはまだまだ美しいことが沢山ある。どうかその輝きを見失わないでおくれ」
動物達は梟の亡骸を樹の下に埋葬することにしました。梟が彼らに多くの知を与えてくれた場所を彼の墓標にすることにしたのです。
深く掘った穴の中に安らかに瞳を閉じた梟を安置する時、動物達は再び涙を流しました。動物達は嗚咽を堪えながら、一匹ずつ梟に土を被せていきました。
それから三千年。緑の草原はコンクリートに押し潰され、真っ青だったあの空は灰色に澱んでしまいました。ビル街の中の一角、日の当たらないじめじめした場所に樹はひっそりと立っていました。葉は枯れ落ち、幹は干からびて、亡骸となって立っていました。
今、この世界に自然はありません。知を持った梟も、その話を楽しみにする動物達もいません。灰色の街とヒトばかりが、もくもくと吐き出される煙が覆う世界にいます。疲れが全てを支配していました。世界は辛く苦しいことを全面に押し出すようになっていました。
一人の少女がビルの間を駆けていきます。異臭を放つゴミなど意にもかいさず、可愛らしい洋服を汚しながら駆けていきました。手に清んだ水の入った上呂を持っています。
少女は大樹の前にしゃがみました。労るように慈しむように上呂を傾けました。小さなシャワーの下にあったもの、幼い双葉でした。
「どうか輝きを見失わないでおくれ」
梟の言葉が、動物達の笑い声が、双葉にはちゃんと聞こえていました。