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「捻れた小指」byジル



――ずっと一緒だよ


――ずっと?


――そう、ずっと


指きりげんまん嘘吐いたら――


「いい加減にしろよっ!」

 喫茶店に入るなり、俺はテーブルに掌を強く叩きつけて、唯を怒鳴りつけた。俺たちより先に待っていた唯の薄い肩が、びくりと縮こまる。

 俺の隣に立つ祥子が、フン、と鼻を鳴らす。

 周囲の客の視線が集まっているのに気づいて、俺たちは唯の向かいの席に腰を下ろして、声をひそめる。

「だって、晋ちゃん、約束したじゃない……」

 唯は血色の悪い顔をうつむけたまま、上目遣いに俺たちを見た。

「なんだよ。約束って」

 祥子の険しい視線を頬に感じて、俺はそっけなく聞き返す。

「わ、忘れちゃったの? 四年生のときにした、指きり……」

 俺は、せっかく決めた髪をガシガシとかきむしった。ワックスが指にねっとりと絡みつく。

 唯の言葉に、俺はようやくそれを思い出していた。そう、唯は、俺がその小学校に転校したばかりのころ、最初の、そして唯一の友達だった。

 家庭の事情、ぶっちゃけて言えば両親の不仲とその末の離婚というごたごたですっかりひねくれていた俺に、席が隣だというだけで、いろいろ親切にしてくれた。

 親の仲たがいで、逆に大人の色恋に敏感になっていた俺は、確かにそんな結いに惹かれていたのかもしれない。

「四年生って、いつの話だよっ! ガキのころのたわ言を今頃持ち出すなっ!」

 だけど、おとなしくて、しかしとても真摯な瞳をしていた少女だった唯は今、退屈で根暗な、何の魅力もない女に成長して俺の目の前にいる。

「でも……でも、私はずっと忘れなかったもの。ずっと、晋ちゃんのこと……」

「だからってねぇ、あんた。こんなストーカーまがいなことをしていい理由にはならないでしょう」

 祥子が、持ってきたコンビニ袋の中から、封を乱暴に破られた手紙の束を取り出し、それをテーブルの上にばさりと放り投げる。

 唯の顔が、驚いたように俺を見た。

「こ、この人も読んだの?」

「あたりまえじゃない。あたしは晋一の彼女なんだから」

 俺の代わりに祥子が答えたとたん、唯の顔がくしゃりと歪んだ。

「酷い……」

 幸薄そうな唯の頬を、涙が一筋流れる。だけど俺は、同情する気にはなれなかった。

 祥子と俺が付き合いだしてから、これらの手紙が届くようになるまで、唯からのメールが一日何十本となく送られてきていたのだ。

 何をいっても、無視を続けても止まないそれらに業を煮やした俺がメアドを変えたとたん、これだ。

「ねえ、晋ちゃん……」

「やめてよ。幼馴染かなんだか知らないけど、晋一のことを馴れ馴れしく呼ばないで」

 唯の言葉を、祥子が遮る。しかし唯は、かまわずに続ける。

「晋ちゃん、あの約束は、嘘だったの……?」

 俺は一瞬言葉を失った。そう、そのとき、俺は確かに本気だったはずだ。ずっと、唯と一緒にいたいと、そう思っていたはずだ。

 だけど、そんな思いは祥子のギリリという歯軋りの音にかき消された。

「ああ、大嘘だよ。頼むからもう、俺たちに付きまとわないでくれ、いいな」

 帰るぞ、俺はそう祥子に声をかけて席を立った。がたりと音を立てて祥子も立ち上がり、店の出口に向かう。その後を追いながら、これから祥子の機嫌をどうやって取ろうか、それだけで俺の頭の中は一杯だった。

 しかし――

 突然、客の一人が甲高い悲鳴を上げた。なんだ? 俺はあわてて振り返る。一人の女が立ち上がって、何かを指差していた。その先には、唯がいた。

 唯は右手にナイフを持って、その刃を自分の小指に当てていた。

「ばっ……! 何してやがるっ!」

 同じく振り向いたまま凍りついている祥子をその場に残し、俺は急いで唯に駆け寄る。冗談じゃない。これ以上こいつのために厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

 しかし唯は蒼白な顔に笑みさえ浮かべて、俺を見上げた。

「だって、ずっと一緒って約束を守れなかったから。指を切らないと……」

 それと同時に、唯の右手に力がさらに入った。そして、カツン、という乾いた音とともに、細い小指がテーブルの上を転がった。店内を、さらに悲鳴が埋め尽くす。

 俺は動転した。あわててその小指を拾い上げると唯の左手をつかみ、傷口に押し当てる。切ってすぐなら指はつながる。漫画化何かで読んだその知識だけが、俺を動かしていた。

 だから、その後唯が言った言葉も、祥子の悲鳴も、聞こえていなかった。ただ、鮮血に染まった唯の左の小指を必死に押さえつけていた。

「晋ちゃんも、嘘を吐いたんだから――」

 俺ののどに、冷たい痛みがもぐりこんでも、妙に捩れた唯の小指を、元に戻そうと……


――晋ちゃんは、ナイフ一本で赦してあげる……


「ハリセンボン、飲ーます」



(fin)

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