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「月夜の下でラッタッタ」byヘボ

 街の灯りはどうしてこんなに寂しくなるんだろう。十月の夜風はどうしてこんなにも冷たいんだろう。

 暗い暗い街外れの高台で、ひとり手摺にもたれかかりながら、私はそんなことを考えていた。答えなど、もうとっくに出ているのに。思考は同じ軌道をぐるぐる回る。広がる夜景はとても綺麗だった。

 夜風がスカートから覗いた足を撫でていく。首筋をなぞっていく。寒さに思わず首を竦めた。マフラーを持って来れば良かった。こんな場所、来なければよかった。少し後悔した。

 空には三日月が懸っていた。

 さっきまで一人でフルコースを食べていた私。出てきたフランス料理は片っ端から平らげていった。ワインは二本空けた。

 素敵な記念日になるはずだった一日は、別れを告げられた不幸な一日となってしまっていた。朗らかに微笑んで、共に晩餐をするはずだったあいつの向かい側の席には、温もりさえ宿らなかった。

 予約したレストランで、一人料理を貪っていた私。不思議と悲しみは込み上げてこなかった。黙々と料理を口に運んでいた。

 一体いくらしたのだろう。払った料金は覚えていない。支払いはカードで済ませた。最中、背中に他の客たちの好奇な視線を感じた。振り向いたが、誰も私を見てはいなかった。声をかけられる。作業を終えた従業員は笑顔でカードを返してくれた。何だか腹が立った。

 見世物じゃないんだ。馬鹿にすんな。

 奪うようにしてカードを従業員から受け取り、店の出口へと向かう。真っ黒なガラスに私が映った。少し気合いを入れてしまった服やアクセサリーが、馬鹿馬鹿しかった。

 その後、どうやってここまで来たのかは分からない。気がつけば、私はこの高台にいた。かつて二人愛を誓ったこの高台に。

 私は今、あの時の景色を見ている。ひとりぼっちで眺めている。

 あいつは、何をしているのだろう。光の街を見ながらふと考える。テレビを見ているのだろうか。友人の所へ行っているのだろうか。もしかしたら、もういる新しい女の所に身を寄せているのかもしれない。

 よく分からない。

 でも、何となくだけれど、それらは違う気がする。そんなこと、あいつはしない。出来るわけがない。そう思う。

 あいつは今、ビールを飲んでいるんだろう。暗い寒いアパートで、一人壁にもたれかかってビールを飲んでいるのだ。多分、それが一番正しい。別れた私に想いをはせては、ちびちびと缶ビールを傾けているのだ。

 もし本当にそうだとしたら、あいつがそんなことをしているのだとしたら。

 私は堪らず手摺の上に組んだ腕に顔を埋めた。

 あいつ、笑ってる。寒さに震える私を想像して笑ってる。

 噴き出しそうになった。何だか無償に可笑しいのだ。

 今日まで、どうしようもない人間同士が馬鹿みたいに愛を語らっていたことが。いつだって自分が傷つくことを恐れて、欺き付き合っていた二人が別れたことが。そしてようやく、別れた今更になって本心で向き合っていることが。

 この上なく、くだらなくて馬鹿馬鹿しい。

 自虐的な笑いが次第に音となって溢れ出していく。月だけが淡く青く照らす広場に笑い声が響いてしまう。

 ああ、何てくだらない! 何てつまらない毎日だったんだろう!

 私は手摺から崩れ落ちるようにして蹲ってしまった。膝に力が入らなくなってしまったのだ。腹を抱えて笑い続ける声は、広場に虚しくこだましていた。

 誰もいない、光もほとんどない広場。望む夜景が美しい広場。私はひとりここにいる。

 笑い疲れた。手は自然と目尻を拭っていた。指先に付いた涙は、寒さをより一層身に染みさせた。

 息を整え立ち上がる。輝く街を見下ろす。もう笑うことはない。

 眠らないこの街のどこかにあいつがいる。私と同じ、くだらない人間がいる。

 二人共に過ごしてきた街は、こんなに大きく、明るく、綺麗だったのに。この景色を二人で見ることは、もう二度とない。

 風が吹く。随分と数の減った虫の鳴き声が細々と聞こえてくる。季節は絶えず巡っている。小さな出来事も、大きな出来事も、全部全部包み込んで巡っているのだ。

 何だか無性に回りたくなってきた。誰もいないこの広場。今夜ぐらい主役を演じてもいいんじゃないだろうか。きっといいよね。

 くるくるくるくる回りながら私は広場の中心へと移動していく。小さく歌を口ずさみながら。手にした荷物を遠心力に任せて放り捨てて、回り始めた。


 ラッタッタラッタッタ お馬鹿な私

 ラッタッタラッタッタ 今宵はひとり

 ラッタリララッタリラ 月夜の下で

 ラッタリララッタリラ くるくる回る

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