大人になりたくて
精神年齢と、不思議な水をめぐるお話。
山と呼ぶのは気が引ける、木々が生い茂る山。そこにはいつの時代に建立されたかわからない寺があった。寺の隣にある大きな岩の隙間からは、湧き水が美しい水をたえまなく溢れさせている。岩の窪みから、こんこんと湧く水は煌めいていた。
しかし、地元の人間も古びた寺には近寄らない。都会から少し離れた、それなりに人のいる場所にあるが、気味が悪すぎて不良すら近寄らないのだ。木々が鬱蒼としげり、外から見る分にはただのこんもりとした雑木林にしか見えない。
幽霊の目撃情報でもあれば、あるいは人気スポットになったのかもしれない。しかし、そんな噂すらたたなかった。
悪く言えば地味、良く言えば未踏で神秘的な寺ということ。
しかし、その煌めく湧き水は曰くつきだった。
――精神的に大人になると、その水は口に入れた途端美酒に変わる。
その言い伝えを半信半疑ながら信じていた光博は、小学生のころ山に入り込み、寺の湧き水を見付け飲んでみた。……ただのおいしい水だった。中学、高校生になりまた飲んでみたが、まだ水。二十歳を越えても水だ。まだまだ精神的に子供なんだな。光博は苦笑いをし、そしていつしかその湧き水の言い伝えも忘れていった。水が美酒に変わるなんて、科学的にはありえない。馬鹿馬鹿しい。何を信じていたのやらと、山を降りた。それ以来、山に入ることはなかった。
それから十数年後。言い伝えを聞いた丈瑠がその寺に行った。わくわくしながら、湧き水を口にする。甘い、と思い飲み込んだ途端、のどが焼けるように熱くなる。
「これが、お酒?」
次第に、頭が妙に軽くなる。ほわん、と体が浮いたみたいだ。曰くつきのとおり、水が美酒に変わった。
「あれぇ~これ、おいし~い~よ~。うへへぇ。パパも飲んでぇみなよぅ~」
酔い始めた丈瑠を、光博は苦々しく見つめる。そして十数年ぶりに飲んでみたが、やはり水だった。
了