過去からの歌
受験勉強に疲れた由紀子が、ある日ラジオから聞いた音楽とは……。
由紀子はラジオが好きだった。孤独な午前様受験勉強も、ラジオがあると寂しくない。
大学受験まで後少し。最近は両親と口をきく暇もない位勉強浸けだ。
そういえば、昔父はラジオを改造して遊んでいたっけ。それからラジオ好きになったのかもしれない。
一時を周り時報が鳴った途端、ラジオからはひどい雑音が。顔をしかめていると、次第に雑音は薄れた。しかし音質の悪いラジオからは、いつもと違うパーソナリティの声。しゃべり方が古臭い気もする。
周波数を間違えた? と思い、デッキのウインドを確認するものの、いつもと同じだ。首を捻りつつ、そのまま流しておく。
ラジオからは、浜松ケンジ特集をしていた。番組では、今時電リクを受け付けている。メールなんてひとつも読まれない。
何かがおかしい。
「浜ケン、って誰だっけ」
名前は知っていた。けれど、昔の人という印象と、大ヒットした歌一曲を、なんとなく聴いた事があるくらい。聴けば思い出す程度だ。番組を変えるのも面倒なので、仕方なしに聴いていた。
しかし。いつしか、由紀子の手は止まっていた。目からは涙が溢れてくる。浜ケンの歌は歌謡曲そのものだったけれど、ストレートな歌詞に共感し、テンポのいいメロディは聴いていて気持がよかった。
心地好さに誘われるように、ノートを開いたままその場で眠りについた。
翌日起きた時、机につっぷして眠ったせいか体中が痛かった。一晩中流れ続けているラジオは、間違いなく今のニュースを伝え、最新の歌を流していた。
「……夢かな」
顔をしかめつつ、電源を切った。
体をゴリゴリ動かし、急いで学校へ行く準備をした。あれは、過去からの電波ジャック? まさか。
リビングにつくと、父が先に朝食をとっていた。そこには、浜ケンのチラシが置いてある。
「浜ケン!」
飛び付くように見る。ギターを持ったおじさんの写真が載っていた。はじめて写真を見る。どうやら、近々あるコンサートの告知らしい。
「なんだ、浜ケンを知っているのか」
新聞を手にした父が話かける。由紀子はただ頷いた。生で浜ケンの歌を聞きたいと思った。
「行きたいな……」
ポツリとこぼした。勉強なんかほっといて、あの歌に体を委ねたい。最近、全然遊んでいない。
「チケット二枚あるけど、行くか」
父は新聞に目を落としたまま尋ねた。
「うん、行く!」
勇んで声をあげた。
「ほら、由紀子。その話は後で。遅刻するわよ」
母の忠告に慌てて朝食を口に入れ、由紀子は家を出た。
「うまくいきましたね。それにしても、手の込んだこと」
「あのラジオだけに電波を送るのも大変だったよ」
「電気オタクも役に立ちましたね。浜ケンも気に入ったみたい。さすがファンね。昔のラジオ音源とってあるなんて」
母はのんびりと笑った。
「たまには、息抜きも大事だ」
「二人で出かけたいだけでしょうに」
父は寝不足の頭を起こす為、コーヒーをグイと飲み干した後、口元をほころばせた。それを妻から隠すように、再び新聞を持ち上げた。
「素直に誘えばいいのに」
そんな妻の嫌味も、今朝は聞こえない。
了