父の気持ち
子供が生まれる。
その時の父の気持ちとは。
幸助は背広をひるがえし、顔を赤らめながら走っていた。
駅から病院まで歩いて十分。だけどいてもたってもいられない。三十八才。若くないから、病院につくころにはバテてしまっていた。
先ほど、妻から産気づいたと連絡があり、会社を早引きしてきた。どうせすぐには産まれないから、急がなくてもいいのよ、と呑気に笑っていたがそうもいかない。
しかし、結局は電車のダイヤが乱れ、予定よりも二時間遅くなってしまった。緊張とあせる気持ちとで、何度も駅のトイレに言った。
こういうとき、やはり女は強いと思う。彼にとって初めての経験ではないが、やはり男は無事産まれるようにと願うだけなのだから。
院内のエスカレーターにのり、産科へ。入院している病室のドアをスライドさせる。
「あら、あなた。もう産まれたわ。かなりの安産で早かったの」
妻は、にこやかな顔で幸助を迎えた。しかし、それは幸福満面といった顔ではなかった。
「そうか」
あがった息を整え、ネクタイを緩める。ひとつ咳払いし、病室に踏み込む。緊張で足が震える。
「どうだ、体は」
「大丈夫。子供もね」
母子共に元気。ひとまず安堵のため息を漏らす。それがなによりだ。
だけど、子供を育てるというのはそれだけでは済まない。嫌というほど、味わう時が来るだろう。
「お父さん、すっごい顔」
くすくすとした明るい笑い声。長女だ。妻とは逆に、幸せを体現している。今まで、こんなにも美しい娘を見たことがあるだろうか。
ベッドに横たわり、産みおとしたばかりの我が子をいとおしそうに眺める十五才の娘。彼女はシングルマザーの道を選んだ。
何に代えても、この二人を守っていこうと、固い決意の灯った瞳で、幸助は妻と目配せをした。
了