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きっちり返してもらおう

金の切れ目は縁の切れ目。一円の借金を笑う者は一円の借金に泣く。

 まったくケチな男だ。

 毎日のように、金返せ、金返せとうるさい。

「あのね、貸した金は帰ってこない、そう思った方がいいよ」

 俺はコーヒーをすすりながら、のんびりとした口調で答える。なんだって苦いんだ。この飲み物は。

 しかし、相手はとんでもない、と首をふった。長年友人関係を続けている男だが、そういう融通がきかないことはよく知っている。広い応接室、見たこともないような調度品。俺が借金をしている側で、こいつは堅実に金を溜め込んでいたようだ。

「借りたものは返す、それは当たり前だろう?」

「ケチな男だ。君は充分裕福なのだから、あんなはした金、あってもなくても変わらないだろう」

 いやいや、と彼は苦い顔をする。

「金に頓着がないから、君はいつだって貧乏なのだ。俺が裕福だというなら、それはケチケチ真面目に生きてきたからに他ならない」

 まったく堅苦しい言葉遣いをする。このままではまたお説教される。悪いやつではないし、俺を思って言ってくれるのはわかる。だが、耳に痛い言葉を素直に聞き受け入れるほど、俺はできた男でもない。


 しかし今日ばかりは、金を返す確約をとらないことには返してくれなさそうだ。それに、自分の数少ない友人をこんなことで失いたくはない。

 その気持ちを伝えると、彼はたいそう喜んでくれた。

「いくらずつ返せばいい?」

「君が払える範囲で、無理のない程度でいい。毎月一円でどうだ?」

 やれやれ、これではあと半年、まるっきり遊べない。真面目に返せるだろうか。自信はあまりない。

 ちらり、と友人の顔を見る。俺の言ったことを真に受けて、仏さんのような顔をしていやがる。素直なやつだ。この顔をまた苦々しくさせるのは気が引けた。真面目に頑張ろう。


 しめて、六円の借金。たかが六円、されど六円。


「今月の家賃、吹っ飛んだなぁ」

「おまえ、人に借金している身分で、家賃六円なんて随分いいところに住んでいるんだな」

 その皮肉に、俺は肩をすくめた。

「そういえば、夏目漱石の新刊読んだか。その中でも、貸した三円が返ってこないと嘆いているよ」

「話をそらすな」

 友人の顔が苦々しく歪む。そろそろ退散しよう。

 いや、庶民の俺には手が出ない、高級嗜好品のコーヒーをおかわりしてから帰ろう。差し出した空のカップを見て、彼は眉間のシワをより深くした。

「がめついところは変わりそうにないな」

「ケチケチ生きるのがいい、と言ったのはおまえさんだろう?」

 どっかの国からやってきた黒い飲み物なんて苦くて、うまくもねぇが。



   了

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