食べられた武器
頭が割れるように痛い。
最近の疲れが、持病の偏頭痛として表れてしまったようだ。
夫には申し訳ないけれど、今日は早めに寝かせてもらおう。しっかり者の夫のことだ、適当に夕飯を作って、自分で食べてくれる。自立した夫で助かった。
私は横たわっていたリビングのソファから起き上がり、よろよろとキッチンへ。ふらふらして少々の吐き気もある。かすむ目で、冷蔵庫にはりつけてあるホワイトボードへ伝言を書き連ねる。
「あたまがいたくて……あれ、漢字が出てこない」
酷い頭痛の時は思考が停止する。夫もそれをわかってくれるだろう、とひらがなで書き連ねた。そうそう、冷蔵庫に入れてあるけど、あのお惣菜は、腐っているから食べないように、と忘れずに。
あとは頭痛薬が効いて、眠れることを祈ろう。
薬が効いてくれたのか、次第に頭痛は治まっていた。気がついたら一度も起きることなく朝まで寝ていた。朝の五時だった。
早めに起きて、手の込んだ夫の朝ごはんを作ろう、と起きる。体がとても軽い。たっぷり眠れたおかげだ。無茶を言って起こさない夫に感謝だ。しかし、夫は寝室にいなかった。布団が乱れていたので帰ってきてはいるのだろう。
リビングに行くが、夫の姿はない。帰宅した形跡はあるが……。
トイレで水が流れる音がした。ああ、トイレにいたのか、と安心してそちらを見やる。すると、真っ青な顔で、腹を押さえている夫がいた。脂汗が額に浮かんでいる。
「どうしたの?」
「朝方から、ひどい腹痛で……」
「悪いものでも食べたんじゃないの?」
そこまで言って思いつく。常温だとニオイがきつくなるので、あえて冷蔵庫に入れている。慌てて冷蔵庫の扉をあけると、お惣菜はなかった。
「昨日のだから、お惣菜は食べないでって書いたじゃない。まさか食べたの?」
すると、夫は愕然とした表情を浮かべる。眉をしかめながら、苦しそうに続ける。
「あれは、野田くんからもらったものじゃないのか?」
のだくん? 誰のことを言っているのかわからなかったが、そういえば夫の部下にそんな名前の人がいたと思い当たる。
「どういうこと? あなた毒を盛られたの?」
「そんなわけないだろう」
呆れて呟いたあと、夫はよろよろとキッチンのホワイトボード前に歩いていく。
「『ずつうがひどいのでねます、ごはんはじぶんで。おそうざいはきのうのだから』って……」
面倒で、短文で済ませたホワイトボードの文字。今見てもよろよろした文字だが、充分読める。何を読み間違えたのだ、と寝起きの頭で考えてみる。
きのうのだから。
昨日、野田から。
嘘でしょ、って脂汗をたらす夫を見る。
「賞味期限が昨日の物だから、ってことよ。漢字書くの面倒で。それに、呼び捨てにした時点でおかしいって思ってよ!」
なんという間違いだ、とちょっと小ばかにして夫を見る。
「もしあれがただの腐った食べ物じゃなくて、毒を盛られていたら……俺死んでたな」
あぉっ、と妙な声をあげると、夫はまたトイレへ駆け込んだ。
なるほど。そういううっかりミステイクな殺人も、あるにはあるわけか。
結婚三十年目にして、私はいらぬことを考えてしまった。
了
花梨@ka_rin_91312月25日
花梨さんは『食べられた武器』というタイトル(テーマ)のショートショートを「地口オチ(ダジャレ・言葉遊び)」で書きましょう。プラス「頭」の要素も入るかな? #shortshortmaker http://shindanmaker.com/420064
こちらの診断メーカーからお話を考えました。