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美月の詩歌  作者: はるか
7/10

彼の不断、彼女の在処

 こうなるまでに、いろいろと予想外のことは多かったと思う。

 私たちが考えてたことなんて、美月に構ってくれる人ができれば、なんてその程度のことだ。それはもしかして、傲慢な考え方だったかもしれないけど、他に思いつくこともなかったし。

 とにかく、やってみることにしたのだ。幸いに都合のいい奴も、いたことだし。

 具体的にやったことといえば――たわいもないことだけ。

 それがまあ、始めてから数ヶ月。

 彼があの子に惚れてしまったのは予想外にしても――驚くほどではない。意識さえするようになれば、あの子は美人だし、可愛いし、魅力的だ。むしろ惚れないほうがおかしい、うん。

 そんなこんなで、ようやく上手くいきはじめたかなと思ったら、いきなりの美月の死。事故とはいえ、美月を殺した向坂詩歌。そして、そいつを選んでしまった私。

 怒りを覚えなかったわけがない。ほんとうに、殺してやろうかと思ったくらいに。でも。

 充は、少し様子を見ようって。

 あの子は幽霊になってしまったけど、それでもいままでのどんなときよりも楽しそうだったから。

 ほんとうはすぐにでも、あの子と話をしたいのを我慢して。ただ見守って。



「端から僕に訊いてくれれば良かったのに」

 とは道すがらに、何度も何度も聞かされた言葉だった。考えてみれば。詩歌に憑りついていた充であれば、美月がどうなったかを知っているのも当然のことだった。

「うるさいな。充も向坂詩歌と話してるときに、止めようとしなかったでしょ」

「僕は――うん。彼にも聞く権利があると、そう思ってたからね」

 そんなものかと、静月は弟の感傷は脇に放り投げた。付き合っていても面倒なだけだということは、すでに十二分に理解している。彼女の弟は生前の昔から、難しいことばかりを考えているのだから。

「ところで。美月がいる公園ってどっちなの?」

「ほら、あの裏が工事現場になってる公園だよ。カーンカーンとか、うるさいほうだね」

 言われて西公園へと向かう。ほんの僅かな差違とはいえ、駅から遠いことが静月にとっては殊更に億劫だった。それが表情にも表れていたのだろう。充からは「どうかした?」などと口に出すまでもない視線だけでの問いかけがあった。

「もーね。つかれたの」

 ほとんど口を動かしすらしないのも無理からぬことだった。なにしろ静月にとっては、本当に久々の生身での行動だ。いままではふわふわとやっていたことも相まって、自身で身体を動かし、そしてその疲れを自らのものとして得る疲労感たるや名状しがたいものがある。

「そういえば、その身体。返さなくても良かったのかな?」

「仕方ないでしょ。その辺にほったらかしにするわけにもいかないし。

 あとで、返しにいきます。きちんと」

 思いついた端から口にする、そんな上の空での返事。そぞろな気持ちはなにも疲労感のためだというばかりではない。西公園はもう、すぐそこなのだ。

 静月の胸の奥では借り物の心臓が、とくんとくん、と早鐘を打つ。

 あの子に逢ったら、何を話そうか。そればかりが頭のなかでぐるぐるとまわっている。

 ――――美月は、もう、すぐそこだ。


 色合いの深い緑のなかで木漏れ日に埋もれる久遠美月は、とても美しかった。それが儚さによるものだとしても。

 少しばかりの躊躇と、見惚れて働かない頭が。静月をして弟に先を越されることを許してしまう。

「美月? 久しぶりだね。僕が誰だか分かるかな。

 まあ、分かるか。姿はあの頃のままだし――」

 そこで違和感を覚えたのか、充の言の葉は葉擦れのざわめきにのまれて消えた。その戸惑いも理解できないことはない。

 美月の反応が、まるでなかった。無視しているのかといえば、それとも違う。まるで充の存在そのものに気がついていないかのようで――。

「ぶっ――」

 静月はあることに思い至って、思わず口の中に転がしていた言葉を形にする前に噴き出してしまう。

(まったくこの子は――)

「自分が幽霊になっても、霊感がからきしなんて。

 充。あなた、美月には見えてないみたいよ?」

 なんて。口に出してから、ぞっとした。

 遅れてやってきた悪寒に、訳が分からずに戸惑って――ようやく彼女は理解する。

(そんな。この子は、死んでからも、ずっとひとりぼっち?)

 周りを見渡せば、そこかしこには死者が在る。その誰につけても、他者との関わりが皆無だなどということはありえない。

 死人には死人なりの、コミュニティがある。みながみな未練の拭えない身には違いないので、健全とは言い難いにしても。

 それなのに。

 久遠美月は何処にいても、何が起きても、ひとりきり。

「――――っ」

 錯覚でもなく言葉がのどに詰まる息苦しさを意識して、慌てて息継ぎを思い出す。充の顔色にしても、こころなし青褪めているようだった。

「……こうなると、身体を借りたままだったのは正解だったかな。

 姉さん。美月と話を」

 平坦な声に促されて、静月にもようやく思い至る。いまの彼女になら、美月と話ができるということに。

「………………………………」

 しかし、いざとなると衝撃を引き摺ったままの思考は、空転する言葉にひとかけらの意義も見出すことができない。

 静月から奪い去られた言葉は動揺の檻へと押し込められて、焦燥の名を羽織る鍵がかけられてしまっていた。

「なんなんですか、あなた?

 私のこと、知ってるみたいですけど。それに、みちる兄のことも」

 どこか感情の欠け落ちた表情に、それでも宿っているのは不審と――恐らくは苛立ち。

「あの――あのね、わたし。えと、静月、なんだけど」

 あまりに考えの至らなかった言葉を出迎えたのは、ぎっと軋む音がするほどにきつい視線だ。美月の整った顔立ちも相まって、睨みつけるその姿は静月を凍りつかせるには十分な迫力を有している。

 再びの空白で頭のなかを埋め尽くされて、彼女はやはりなにも考えられなくなっていく。それでも時は待ってはくれない。転がり落ちる速度はむしろ増していく。

「みちる兄は死にました。しづき姉も死にました。

 それで。生きてるあなたが――誰だって言ったんですか?」

(なにか話さないと。美月には障害があるから、この身体が向坂詩歌の姉であることなんて分からない。私が憑りついてることも、知るわけない。だから、なにか話さないと――)

「どこの誰でどうして私と話せるのか知らないけど、私をからかっておもしろい?

 私の認識障害も知ってるんだ? それで。そんな下手な嘘に私が飛びつくとでも思ったの?

 ふざけないでっ! どこかいってよ。あなたとなんて、もうこれ以上、一秒だっていたくない!!」

「――――ぁ。ごめん、ごめ…ん」

 声が震えて。それを隠せそうにもない静月は。

 振り返ることもなく、逃げ出した。

「姉さん! まって、美月を放っておくつもり?!」

 追いすがる声も置き去りに、彼女は逃げ出してしまった。

「……だって、見ちゃった。もう二度と見たくなんて、なかったのに」


 あのときとおなじ――

 ――かなしい、なみだを。


 続く音色はひどく震えていて、囁いた本人にさえ届かないまま掠れて消えた。


   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 一晩が経過して、ようやく冷静になれた――と自分では思う。

 あの時は突然で再びの喪失に思わずパニックになってしまったが、よくよく考えてみれば、あのとき私と一緒にいた人は状況からみてアイツだろう。

――――ふぅ

 自分の溜め息が耳につく。ついでのように感情にも障っていくので、鬱陶しいことこのうえがなかった。

――――カン、カン、カン、カン……

 朝になって思い出したように聞こえてきた耳障りは、どうやらこの近くの工事のものであったらしい。再開された労働に、憂鬱が煽られる。もう少し静かにはできないものか。

「……どうしよう」

 言葉にしてみれば、それに尽きる。

 あんなふうに振る舞っては、いまさらアイツの家に厄介になるわけにもいくまい。どういうわけか自由の身なので、その必要もないように思えた。だが、だからといって他に行く当てがあるわけでもない。

 そもそもどうして私はまだ幽霊などやっているのだろうか。解放されたのなら、未練のない私は――。

「……ほんとうに?」

 未練はない、そのはずだ。でも。

(幽霊になったばかりの、あのときの私にはなかった。でも、いまは――)

 くだらない感傷を飲み込んで、噛み砕く。十二分に味わって跡形もなくなったそれは、もう初めからなかったのと大差はない。何を考えていたのかもあやふやだ。それでいい。

 ……ほんとうに、くだらない。

 つまらないことを考えていたせいか、気がつけば目の前に人影がある。だが、幽霊の身空で気にかけるほどのことでもないのは確かだ。

 構わずに木漏れ日に目を向ける。あのときにも考えていたことだが。

(やっぱり、すこし気分がいい)

 光に切り裂かれて、バラバラになった身体に恍惚とする。以前よりも少しだけ真剣に、その感覚に向き合った。

 虚ろな我が身を刻む移ろう光は、私の衝動を満たしてくれる。いまなら認められるだろう、私につきまとってきた欲求を。だって私はいま、こんなにも気分がいい。

 私は――私という退屈を切り裂いて、私という無価値を終わらせたかったのだ。

 偽りの具現に飽きるまで、欲求に喰らいつく。その狭間に。

(私はアイツを、傷つけただろうか?)

 不意によぎる痛みに驚いて、思わず手首に視線を落とす。

 傷がないことに落胆したのか、安堵したのか。私にも分からなかった。

 だから。それは私の意識の空隙――定まらないままの思考に滑り込む。その声に、私は耳を傾けるしかなかった。きっと深く思索に囚われていたとしても、同じことだったろう。

 私にとって、言葉にはそれだけの意味があった。

「自分が幽霊になっても、霊感がからきしなんて。

 充。あなた、美月には見えてないみたいよ?」

 みちる、みつき――その言葉には。

 先程よりも明確な、手にもとれると思わせる痛みに顔をしかめる。いったい、なにをいっているのだろうか、このひとは。

 改めて補強されたかのような無価値のレンズを通しては、文字通りの人影でしかないその人は、でもそれ以上は何も口にしようとしない。

「なんなんですか、あなた?

 私のこと、知ってるみたいですけど。それに、みちる兄のことも」

 促す私の声は自分でも不穏なものであることが自覚できたが、だからどうだということもない。不躾を隠す必要もないように思えた。

 荒れる気持ちを荒れたままに、言葉として相手に突きつける。次に降りかかる言葉が私の心を押し潰してしまいかねないものであることを、予感していたにもかかわらず。

「あの――あのね、わたし。えと、静月、なんだけど」

 しづき。しづきしづきしづき……。

 ――いま、しづきと。そういったのか、このひとは。

 頭の芯をよくない熱が焦がしていく感触。心の底に冷たい雫が流れ落ちてくる感傷。

「みちる兄は死にました。しづき姉も死にました。

 それで。生きてるあなたが――誰だって言ったんですか?」

 どうしてかその人に見いだせた安らぎはささやかで、なにともしれない感情の奔流を前にしては貪る気にすらなりようがない。

 私はだから、押し流されるだけだ。より確かな欲求に。

「どこの誰でどうして私と話せるのか知らないけど、私をからかっておもしろい?

 私の認識障害も知ってるんだ? それで。そんな下手な嘘に私が飛びつくとでも思ったの?

 ふざけないでっ! どこかいってよ。あなたとなんて、もうこれ以上、一秒だっていたくない!!」

 感情は爆発する。拙い言葉では顕せないほどに。

 だから、なんだろうか。ぽろぽろと、頬を伝いおちる。

 それはきっと私の気持ちそのもので。だから私には理解できない。

「――――ぁ。ごめん、ごめ…ん」

 私には表情なんて高等なものは分からないが、その人が傷ついたことだけは理解できた。

 耳に痛い震える声に、少しだけ冷静にさせられる。

 振り返りもせずに走り去っていく――彼女に。そう、彼女だと思う。静月と名乗った彼女の背を見て、私は震えた。

(……おいて、いかないで)

 理由もなく浮かび、零れることもない――叫び。だから、彼女に届くわけもない。


 どれほどに時が過ぎたろうか。彼女が完全に見えなくなって、それから涙に濡れることもない、実際にはありもしない頬を拭う。

 それでも。ないはずの濡れた感触、あるいは乾いた感触を想った。

(……もしかしたら。私は悲しかったんだろうか、とても深く)

 思いつきに、投げやりに首を振る。そんなことが分かるわけもない。

「…………」

 涙の意味。あの彼女になら分かりはしなかったかと願う夢想は、それこそ投げやりな思いつきに違いなかった。


   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇


 ぱたりと背に閉まる扉の音を聴いてから、しばらく動けずにいた。

「……ただいま」

 誰に聞かせる気もなかった言葉はささめきほどで、自身にすら届いていたかどうか。ただ、呟いて思いつくこともある。

「仕事、私のせいで休ませちゃったな」

 憑りついた身体の持ち主には悪いことをした、とは率直な感想だった。

(あとで会社のほうには、私から連絡を入れておこう。それなりに居ついていたし、宿主の生活のこともある程度は分かってるもの)

 そのくらいの配慮なら、私にもこなせるはず。そう結論付けてしまうと再び考えることがなくなった。いや、なくなってしまった。

 ちょうどそんなとき。

「おかえり」

 思いもかけない事態に、さすがに戸惑いは隠せなかった。

 まさか返事があるなどとは思慮の外だ。それ以前に彼のことなど、綺麗に忘れ去っていた。

「あ、うん。えー…」

 何を口にしたらいいのかに迷い、結局は何も話せずに口を閉ざす。

(……こんなのばっかりだ。じぶんでじぶんが、イヤんなってくる)

「まだ、あんたのほうだよな? 静月っていったか?」

「そう――ってあなたもぞんざいよね。これでもあなたよりは年嵩なんだけど」

「なにいってんだか。ガキの頃に死んだんだろ? ならオレより年下じゃないか」

「んー…、そんなでいいのかしら。なんか納得したくないかも。ま、いいけど。それで?」

 いまの静月には、話し相手はありがたい。重たい気持ちも少しは紛れるかもしれない。

「あいつ、どうだった?」

 数瞬前には確かに存在していた淡い期待は、彼女がそれと認識するよりもはやく打ち砕かれた。おもわず項垂れてから、いいかげんに向き合うことを決意する。

 それと決めてしまえば俯いてばかりもいられない。勢いよく顔をあげて、差し当たっては眼前の詩歌を付き合わせようとするあたりは実に彼女らしい。

「気には、してるんだ?」

「あたりまえ。オレ、泣かれるのは苦手だし」

 好きな子なら余計に、とは言われなくとも静月にも伝わってきた。ただ、好きだという言葉を口に出せない戸惑いまでも伝わってくる。

 なにも無理に逆撫でることはないので、静月も訊かれたことだけを考える。考えたところで、言えることなど一つしかなかったのだが。

「私も」

「んぁ?」

 名状しがたい間の抜けた顔をする詩歌には情けない気持ちにさせられる――ものの、そのおかげでこれから行おうとしていた懺悔じみた告白にも、少しだけ気が楽になった。

「私も泣かせちゃった。あの子、とってもつらそうな顔してて――」

 目に焼きついた光景に、静月のほうが泣きそうになる。だが、その資格がないことも彼女の中では明白だ。だから、じっと衝動が通り過ぎるのを待つほかなかった。

「……なにやってんだよ、あんた。あいつのこと、泣かせてばっかりじゃないか。

 まえに美月が泣いたのも、やっぱあんたが原因だろ?」

「そうかもね。ちょっと我慢できなくて。

 ……でもあの子、やっぱり泣いてたか」

 あのひとときのことを、じつのところ静月はよく知らない。

 美月をきちんと見てあげたい――その衝動は、それでも思い直した静月によって封殺された。だからこそ身を切るような感傷を振り切って、すぐにも視線を逸らすことができたのだ。

 充とも様子を見ようと話していたこともあるし、余計なことをするべきではないとの思慮もあった。それで結局、間借りする身体の深いところへと意識を沈めてしまったので、おぼろげにしか状況を知ることのできない状態にあった。

 しかし、それでも。彼女にも分かることが、確かにあった。

「ん、でもまあ。あれと今回とは違うかな。

 あのときはさ。ちょっと気が緩んだんじゃないかな、あの子」

 静月は、妹の〝つらい〟に敏感だ。なにしろ美月との別離を後悔してからずっと、そればかりを気にかけてきたのだから。

「……そうかも」

 詩歌の思わずといったつぶやきには、これも思わずといった風情の溜め息までがついてくる。

「なんか腹立つなぁ。あいつのこと、オレよりよっぽど分かってる奴がいるって。

 当たり前なんだろうけどさ」

「ひがまれてもね。あいにく、こっちは年季が違うんだから」

 苦笑する。その程度では覆せないほどの溝が、いまの美月との間にあることに。

 それを認めて――だから。ようやく導くことのできる解もある。

 ――彼なら、どうなんだろうか。

「……ねぇ。美月はいま、とっても苦しんでると思う。ほとんどは私のせいで、残りの少しは――。

 あなた、美月に逢いにいきなさいよ」

 すぐ近くで詩歌の身体が強張るのが、静月にも容易に見てとれた。それはまさしく心の表れであったろう。だとしても。

「あの子のこと、好きなんでしょ?」

 沈黙は横たわる時間の前では無力だ。まして彼女と彼と、この場には二人しかいない。

 弱々しい声はすぐにも、静月にまで届けられた。

「……やめてくれよ、いまさら。

 それに。あんたがどうにかしてやればいいじゃないか」

「できるなら、そうしてる。

 でも。できなかったから、こうしてる」

 静月の心情からすれば、これも逃げていることには違いなかった。しかし美月のためになるのなら、それはそれで構わないような気もしていた。

「あなただって、あの子を傷つけた。なら、その責任くらいあるでしょ?」

「あいつを傷つけたのはオレだけじゃないだろ。みんながみんな、あいつのことを蔑ろにしてたじゃないか」

 それは、そのとおりだろう。だが。

「でも、だからって。その全員に代償を求めるの?

 そんなことは無理だし、幽霊のあの子に何かしてあげられるのは――」

「だから! なんでオレなんだよ?!

 オレの気持ちは偽物で。なのにオレは、あいつを傷つけたんだぞ!」

 激した感情に振り回されることにも、いいかげん疲れてきていた。詩歌はその疲労を意識しながら、まどろむかのように心を吐き出していた。

 しかし肝心の静月はといえば、剥きだしの心にも首を傾げている。

「偽物ってなによ? 何を勘違いしてるのかは知らないけど。

 あなたの気持ちは偽物なんかじゃなくて、作り物だったってだけ」

 その彼女の言葉に、詩歌はひどく傷ついたようだった――と、そこでまた静月が首を傾げた。まるでこの状況にとてつもない違和感を覚えているのだとでも言わんばかりに。

 しかし、それが詩歌にとって慰めになるかということになると、そんなわけがなかった。

「……そうかよ。だからなんなんだよ!?

 もうわけわかんねぇよ、ちくしょう!!」

 顔を真っ赤にして叫び散らしたかと思えば、一目散に自分の部屋へと走り去っていく。

――――ばたんっ!

 閉まる扉の音は、どこか滑稽で。しかし、だからどうだというわけでもなく。

「………………………………………………………………………………………………………………………

…………………………………………………………………………………………………………………………

…………あれ、なにか間違えちゃったかな、わたし?」

 十二分に余韻に浸った言葉すら、どこか場違いな印象を静月から拭い去ることはできなかった。


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