プロローグ
白と黒。単純で、色褪せた世界。
それでもこれが夢――現実ではない虚構だなどと誰が口にできるものだろうか。
虚構でなどあるはずがない。これほどのリアル、これは間違いなく現実にあったことなのだ。それが現在であるにせよ、過去であるにせよ。
1
世界はその一色で、染め上げられていた。白としろとシロ。
リノリウム張りの白い床に、しろい天井。窓にはこれもやはりシロいカーテン。刺激になるものを極力で排したその世界は結局のところ、ただの病室に過ぎない。
「……おはよう。ようやくのお目覚めかな、お姫さま?」
その言葉に、今しがたこの世界を取り戻したばかりの少年が、淡く淡く――消えてしまいそうなほどに淡く微笑んだ。
その様子を見れば少女――といってもベッドで横になる少年よりはいくらか年かさに見えるが――が彼のことをお姫さまと呼ぶのも頷ける。
色白で線の細い少年は性別に似つかわしくもなく、美しく可憐――それ以上にキレイだった。
「おはよ、姉さん。また、逢えた」
少女はただ悲しいだけの微笑みを、あわやというところで殺してみせる。苦し紛れに釣り上げた眉は、彼女の思う以上に場を取り繕ってくれた。
「あたりまえ。昨日も一昨日も、それどころか毎日だって会いに来てる。だから今日も会えたし、明日だって明後日だって、また会える」
「……でも、怖いんだ。眠るたびにいつも想う。
このまま、世界を失ってしまうんじゃないかって。この世界に何一つ遺せないままで」
潜むのは紛れもない恐怖。だからこそ少女は微笑うことを嫌った。つまらないことをと呆れて見せるし、苛立つことすら躊躇わない。
「また、難しいことばっかり。そんなじゃ、疲れるでしょ?」
「でも、やっぱり考えるよ。どうしても。ぼくはきっと、死の間際に想うんだ。
なんて無意味なんだろう。なんて不幸なんだろう。ぼくは生きることすらできずに死んでいくのか。
……そんなふうに、深く深く、悔いながら――」
少女はしかし、疲れてもいたのだろう。変わらずに透明で、底まで見透かせる少年の心に。
この日この時に、少女はついに微笑んで――。
「ころしてあげるよ」
「――え?」
あまりにも唐突な言葉でほうけたままの少年に、彼女は。
――吐き出した。どれということもなく、吐き出した。
きっとあなたを、ころしてあげる
あなたが、くいることのないように
とても、しあわせに
きっとわたしが、とてもしあわせに、ころしてあげるよ
だから哀しいことを言わないでと、少女は泣きながら微笑んだ。
それは認めるということだ。受け止めるということだ。彼という現実を。
そして。
忘れることだったのだ。あまりに幼い〝彼女〟のこれからを。