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美月の詩歌  作者: はるか
1/10

プロローグ~彼の、彼女の、~

 ジャンル:恋愛 とはしてみたものの、やや斜め上をふわついているかもしれません。なんだかいろいろなジャンルに掠っている気がするのです。それでも私としては、この作品に恋愛を詰めているつもりなので。デコレーションごと味わってもらえれば幸いです。








 日常を喰らうことに厭いたという訳ではないが――、

 だからとて溜めおいた息を吐き出すに、不足することもないだろう。









   0


 閉じていた瞼を開けば、それで起きたことになる。簡単だ。

 生まれてから此の方、自分の部屋でろくに眠れた例などないのだから。

「…………」

 それでも。起きているからといって、すぐさまに動けるわけではない。眠りの浅さが禍してか、身体が思考に追いついてきていない。

 一般には、金縛りというのだろうか。詳しいわけでもないので、断定はしないが。

 指一本も動かせないままで、天井に這わせていた視線を部屋のいたるところへと巡らせていく。

 写真、写真、写真……。

 躍動する様々の、切り抜かれた一瞬たち。そこに息吹を感じさせるほどの腕前など持ち合わせてはいないので、すでに停滞に澱むモノにすぎないのだとしても。

 ――やはりそれらは、躍動の残滓ではあるのだろう。

「ぁ――」

 そこまで思い至るにようやく、喉から絞り出されるような声。あまりに掠れていて笑えてさえくるものの、笑えるほどの自由はいまだ身体の外にある。

 諦めるまでもなく受け入れていることなので、動かない身体はそのままに。

 ……ふと写真たちのなかに混ざる姉弟の姿に目が留まり――そのまま視線を逃がした。

(……また、朝か)

 胸に生じた、少しだけの憂鬱を舐めていた。



 ようやく取り戻した自由を満喫するでもなく着替えを済ませ、階下へと足を運ぶ。下りたところで、挨拶を交わす相手がいるでもなければ、用意された食事があるでもない。

 とりあえず、あたりまえのこと。

 両親は失く、兄弟も亡い。世間一般で言うところの一人暮らし。

「…………」

 何というわけでもなく、ただ目を伏せる。それだけ。

 何か思うところがあったわけではない。ほんとうに。



 結局は気分が乗らず、朝は食べないままで家を出た。

 行きかう人並みに目を眩ませて、それでもどうにか脚を交互に繰り出していく。落ち着かない気分を移ろわせる慰めに、思いつくままの意識を手にとっていく。

考えてみれば歩くということは前に進むたび、片脚を置き去りにすることになる。同じように脚と呼ばれる彼らの複雑な関係に思いを馳せるも、それがどうだというわけでもない。

つまりはそうしたいくつかの、どうということもないことで。

 気がつけば踏み切りで足を止められ、そこでふっつりと何を考えていたかが分からなくなった。

 ……それもあたりまえか。想いを遊ばせることは夢に見るのと大差ない。結局は、何も残らないに違いないのだから。



 今年から通い始めた高校は、予想していた通りに退屈だった。

 席に着いて床から届く陽射しの照り返しに目を細めながら、そいつをもてあます。

「……その体勢。寝ちまうぞ、じき授業も始まるのに」

「……眠いし。あんたには関係ない」

 伏した頭の上から降ってくる「ふん」と鼻から息を抜く音は、別にめげた証でもなんでもない。私にまとわりつくときの、彼の癖みたいなものか。

「――――っ」

 なにか喚いているが、知ったことか。聞く耳は持たないので、聞いた端から意味が曖昧になっていく。そうなってしまえば、もうBGMみたいなものだ。

 頭のどこかで始業のチャイムを聴きながら、意識を空白に埋もれさせていく。

(――――やっと、ねむれる……)



 昼休み。空腹に揺り起こされて、ようやくと目を覚ます。

 寝惚けた頭で弁当を取り出していると、ふと気がついた。やはりというかなんというか。私の机の上には、すでに別の弁当が広げられていた。男物――は言うまでもないか。

「…………また」

「イヤそうな顔すんなよ、傷つくだろーが」

 無視してさっさと食べ始める。

 とりあえず、あたりまえになりつつあること。



 放課後、誰もいない教室で。やっぱり目を覚ますところから。

「おー、起きたか。じゃ、帰ろうぜ」などとありそうなものだが、それがないことは分かっている。アレは部活があるし、なにかと忙しそうにしていた。

 ……それでも。ときおり声をかけにくることには、さすがに辟易する。それに嫌悪を思わせないのは、アレの唯一の美点といったところか。――――くだらない。

 ゆっくりと背筋を伸ばす。無理な姿勢で眠っていても、不思議と痛みは覚えないのだが。

 これに比べれば自分の家で眠ることのほうがよほど悼みを覚えて、窮屈だというものだ。



 帰り道。十分な睡眠が取れたせいか、行き道よりはだいぶと易い。もちろん、憂鬱であることには違いがない。学校へ行くことも、家へ帰ることも。どちらも義務のようなものだ。

 ――働きに出る気概もないのでは、言えた愚痴でもないのだろうが。

 なんとなく踏み切りに捕まっている自分を顧みる。もしかすると毎朝毎夕、この踏み切りに足止めを食らっているような。いや、間違いなく食らっている。だからどうだというわけではないものの、そのことが無性に気に掛かった。

だとしてもそれは、遮断機があがれば何処吹く風と、家路に乗せられてしまうほどのもの。



 寝るまでに必要な諸々を済ませる。

 それでさっさと寝床に着いた。名ばかりのそれの中で、ゆっくりと溜め息をついて。

 一応の暗闇に、どうにか意識を堕としていく。



 とりあえず、日常のこと。





   1


「…………はぁ」

 溜め息が一つ。気がつけば、また溜め息をついていた。なにも特別なことではない。

 ただ、今日に限っては、いつもよりも自分の溜め息が耳障りだったというだけ。それにしたところで、いつもより少しだけ気に掛かるという程度だが。



 何を想うでもなく、ただ歩く。当然だ。

 学び舎への行き道に頭を悩ませていては、人が生きていくには難いはずだ。世の中を見渡しても判るとおりに、そんな奴が自らを殺すにコト欠くことがない。

 首筋に触れ、思いついたように手首にも触れておく。傷痕のあろうはずもない。

「――くっだらな」

 何を想うでもなく、ただ歩く。もしかすると、そんなことはないのかもしれないが。

 それでも、ただ歩く。

 溜め息はやはり、いつものように置き捨てて。



「またかよ。いい加減にしろよ、おまえ」

「……なにがよ」

 面白くもないので、適当に訊いておく。とりあえず、日常のこと。

「だからさ、溜め息」

「?」

「幸せ、逃げるって言うじゃん。おまえのせいでオレのまで逃げたら、イヤだかんな?」

 面白くもないので――いや、面白くはないが思うところはあったので、言い返しておく。もちろん適当に。

 そう、適当に応えるだけ。

「逆でしょ。幸せじゃないから溜め息が出るんであって、溜め息だから幸せじゃないなんて。うん、おかしい。

 ……私の言いたいこと、分かってる?」

 きょとんとした顔だから、きっと分かっていないのだと思った。つまらない。

「なに、じゃ、おまえは不幸だから、いつも溜め息なワケ?」

 ――やはり、つまらない。



 幸せじゃないコトが、すなわち不幸だなんてわけがあるものか。別にそんな言葉を転がしていたわけではないけれど、なにとはなしに窓の外を眺めている。

 窓際には惜しくも手が届かない場所であるため、例の照り返しを頼りに心持ち温まりながら、退屈な授業を聞き流す。そうと定めてみれば、アレはアレで眠気を誘い、心地よい。

 外を眺めていたはずが、いつの間にか眠り込んでしまうほどに。



「ん……」

 目を覚ます。それが自覚して行ったものかといわれれば、否としかいいようもないが。

 半分寝惚けた目で、机の上を見る。次に時計を見て、隣で座っている奴を見る。

 べつに。それで何がどう、というわけではないけれど。

「……起こしなさいよね、あんた」

 まず言えることが、机の上にはほぼ食べ終わっている弁当があり、時刻が午後一時を過ぎようとしていること。くわえて。隣にはただ口をもぐもぐとさせる、腹の立つ男。

「おべんと、食べ損ねたじゃない。どうせここで食べるなら、起こしてくれてもいいでしょ」

 思わず口調も険悪なものになるが、しかたない。うん、しかたない。

「……あのな、一限目からずっと寝てるおまえが悪いの。

 それにオレがおまえを起こすわけないじゃん。おまえの寝顔はおかずになるんだよ?」

「――しねっ」

 何を意図しての発言かは知らないが――なにせ、意味が分からない――なんだか顔が熱くなる。とにかく腹が立ったのだ。

 だから、一発くらい殴っても構わないだろう。人間、ご飯を食べていないとカリカリするものなのだ。

「…………」

 それでも笑っているコイツに、なおのこと腹が立ったのは言うまでもない。



「ん……」

 目を覚ます。

 ……いや、似たような状況であることは認めるが、私としては既視感なんて、とてもではないが覚える気にもなれない。

――――くきゅ~っ……

 空腹で目を覚ますのは、他のどんな状況よりも侘しかった。

「ははっ、いがいと可愛い音でやんの」

 なんだろう。殺意とはこんなものなのかもしれない。つまりは空腹であるとか、そういうこと。

「しかし、おまえはよく寝るよな。腹が減ってても、そんなに寝れ――っと」

「…………」

 言葉を口にする気にはなれなかった――なにせそんなものでは腹が膨れる道理がない――が、とりあえず抗議の視線だけは送っておく。

 どうして、いま出したばかりの弁当を、取り上げられなければならないというのかっ。

「おいおい。……えーと、そう! 季節考えろよ、きせつ。弁当、悪くなってるかもだぜ」

「いい。お腹すいてるより、ずっとまし」

 なにが季節か。もはや初秋――いかばかりか暑さが拭えないとはいえ、弁当が腐るほどではない。まあいまなら、どちらにせよ食べる以外の選択肢はありえなかったが。

 とにかく取り返そうと伸ばした手を、これはやすやすと避けられた。いまいましい。

――――くくるきゅ~っ……

「ぶはっ!? おまえ、まぢ、かわいすぎ!」

 ……おまえ、まぢ、ころしたすぎ。

 そろそろかなり真剣に、完全犯罪の可能性についての検討を始めていた。もしも、それで無理なら、捕まってもいいから実行する。そんな気分。

「あー、にらむなにらむな。その、なんだ。やつぱり、起こさなかったオレにも、責任の一端くらいなら……ある気もする。

 だから、だな? オレが……これからメシ奢ってやる。だから、弁当は食わんでよしっ」

 なんなのだろうか。さっきから、いちいち微妙にあたふたして。なんだかこう、右を向こうとして左を見てるみたいな。上手く説明できない。

とにかく、目の前の手合いが珍しくもそわそわしている。気持ちが悪い――とはいわないが、居心地は悪かった。まあ、それでも。

「……なに、奢ってくれるの?」

 空腹に勝てないというのは、在り方としてはあながち間違ってもいないはず。



 こう何度も主張しなければならないのは、甚だ不本意なのだが。空腹なので、一刻も早く食べ物にありつきたかった。

 だから、ヤツが連れて行こうとしていた店はパス。なにかと洒落たところで、フランスだかなんだか――とにかくそれっぽい。だが、そういうところは注文から何から時間がかかるものだ。いや偏見かもしれないが、そうしたイメージ。

 それで適当に見つけた牛丼屋に入ることにした。なにせ早い。とりあえずうまい。くわえて量も申し分ない。足りなければ、お代わりでも何でもすればいい。もとが安いうえに、財布が自分のものではないのだから。

「……手加減はしない」

「そういう特殊な盛り上がり方は、女の子としてまずくないか?」

 知るか。甚だ不本意なれども、そういう状態なのだ。



 牛丼が三杯目にさしかかろうとするにあたり、ついにヤツが動いた。なにやら先程からそわそわしていたが、ついに焦れたのかもしれない。

 だが、奢るといったのはヤツだ。とりあえず、釘は刺しておく。

「……へはへんはひはひ。ほぅ、ひっははふほ」

 ……手加減はしない。そう、言ったはずよ。

そんなふうに言いたかったのは、分かる人には分かってもらえるはず。

 そして目の前の男は、そのへん分かるヤツだった。

「ちがうっつの。そんなしあわせそーに食ってるやつを、誰がとめるか。

 あー、くそ。だから、ヤだったんだ。こういう店には雰囲気もくそもありゃしないんだから」

「???」

 とりあえず、食べることはやめなかったが。

「……はぁ。ま、いいか。そういうマイペースなとこも、嫌いじゃないし。

 でな、話したいことがあるわけよ。オレは。おまえに」

 マイペースでいいらしいので、とりあえずは四杯目を注文しておいた。それでも、現状では食べるものが手元にない。

 そういった事情もあったので、多少はまともに話を聞いてやる。それくらいはしてやってもバチは当たらない。

「オレな、おまえのこと、好きみたいなんだ。いや、好きだ。

 ――付き合ってください」

「お断りします」

 即座に断って、届いたばかりの四杯目に取り掛かる。

「即答――いや、即食い!?

 なんでだ? なんで、オレじゃダメ?!」

「いやだって。あたし、あんたの名前とか知らないわけだし」

「――はぁッ?! 冗談よせよ、もうそれなりに長い付き合いだろうが!!」

 叫ぶな、やかましい。なにやら怒っているようだが、こちらにも事情がある。

「……じゃ、そういうことで」

 四杯目も食べ終わったことだし、そろそろ店を出ることにした。なにしろ、面白くない。

 溜め息をひとつ。それだけを置き去りにして、足早に店を後にした。

 結構な急ぎ足だったから、ヤツに追いつかれるまでに、それなりの時間があった。数分ほどか。追ってくるだろうとは、さすがに考えていたから驚いたりはしない。

 ちょうど行き道の踏み切りが遮断機を下ろしていたので、立ち止まらざるを得なかったことには、もはや溜め息も出なかったが。

 ヤツが追いついてくるまでの、数分間。ちょっとだけ考えてみた。

 例えば、私の事情だとか。胸に重たい閉塞感だとか。そうしたことのなんやかや。アイツに話そうとか、そういうわけではない。まったくない。なんだか考えさせられたのだ。それだけ。

 それのいい証拠に、一切、まったく。アイツの告白のことなんて考えていなかったわけであるし。

「……おい」

 名前も知らない奴の手が、肩に掛かる――いや、アイツの手なわけだが。

 振り向いてなどやらない、とうぜん。

「おいって! いいからこっちむけよ!!

 なんかよくわかんねぇけどちゃかすな」

 怒ると早口になるらしい。後半は何を言っているのか、さっぱりだった。

 とにかく乱暴に肩を揺すぶられて、強引に振り向かされた。

「あ――」

 だから、なのだ。

 その時、後ろに風を感じた。列車やなんかが連れてくる、ひどくやかましいアレ。そして、視界には怒ったアイツと――。

その後ろから、ひょこひょこと近づいてくる頭。そいつの友人、なのだろう。それらと話すために、後ろ向きに歩いている。こちらには気づいていない。

(ばかなヤツ。私たちがいなかったら、大怪我だ。

 だって――、)

 そんなものが見えてしまった。見えたからどうだというわけでもなかったのだが。予測するくらいならできてしまった。このあと、どうなるのか。

 ふと。今朝の通学路を思い出した。正確には、そこでの思考を。

とっさに手首を見る。やっぱり傷なんてない。

――――どんっ

 でも。首に触れてる時間なんて、なかったから。

 もしかしたら、血とかどばどば出ていたかもしれない。

(いやさ、これ。私が自殺したみたいに、見えそうじゃない?)

 男の子に背中からぶつかられて、体勢の崩れたアイツはこっちを突き飛ばすみたいになって――。


 辞世の句。

「ははっ、なんかこれ。

――――おもしろいかも」

 だって、こんな状況。

だから、アイツの目を見て言ってやった。


 ……あれ、もしかすると。それがいけなかったんだろうか。




   2


 予想していたものとは違っていた。そこは認めよう。

「――おまえ、突き飛ばしただろう! 見てたぞ!!」

 なにしろ、アイツのせいになっている。

「…………」

 当のアイツは、いま出来上がったばかりの死体――自分で言うのもなんだが、これがわりとキレイなままなのだ――ばかり見ていて、弁解しようともしないし。ひょこひょこ一同はとっくに逃走してしまっていたし。

 これは非常にまずいのかもしれない。ただひとり弁解してやれるはずの人物が、すでに死んでしまっている。それは、なんというかよくない。

 せっかく久しぶりに楽しめたというのに、最後にケチがつくようで納得行かない。

 だが、だからといって、死人にとやかく言える口はない。手の施しようがなかった。

「――こいっ!!」

 などと考えている間にもアイツはどこか――おそらくは警察へ、連れて行かれようとしている。

(まあ、しかたないね。ごめん、ばいばい)

 …………いや、そのつもりではあったのだ。

「へっ、きゃわあ!? ちょっ、や――へんなとこ、ひっぱらないで!!」

 なんというか、こう……アイツが連れて行かれるのにあわせて、こっちまで引き摺られている。これがまあ、なんとも居心地が悪い感触だった。

 アイツに大事な部分というか、根っこの部分というか――そういうのを鷲掴みにされている感覚。

「や、ん――ちょ、ほんきでいやぁぁぁぁぁッ!!?」

 こんなに叫んだのは人生でも――いや、死んでおいて人生もなにもあったものではないが――初めてのことだった。

 よくよく考えてみれば、そういうものもなかなかどうして。

 ともあれかくもあれ。なにしろ幽霊らしくなっているので、叫ぼうが何しようが、誰もこっちのことなんか気に留めていない。

 …………あれ、やっぱこれ、おもしろいよ。


 それで、警察。これは特におもしろくなかったので、割愛。


 そういうことでいろいろあって、翌日の昼。アイツはようやく家に帰してもらえることに。なんだか、ひょこひょこズ――あー、ひょこひょこ歩いてたのは一人だけだから、〝ズ〟は違うかもしれない――のことを見ていた人が何人かいたようで、事故だということになったらしい。もっと早くに名乗り出ろ、とは思わないでもない。

 とにかくアイツが家に帰る道中も、ずっと引き摺られている私がいた。

――皆までは語るまい。もう慣れたとだけ言っておく。



   3


 部屋に戻るなり、ベッドへダイブ。……いや、私ではなく。

「よかったじゃない? 無罪放免。これでいろいろ面倒じゃなくなるね。

 鉄道関係はお金も掛かるって言うし――あれ、でも電車は止まらなかったし、修理も清掃も必要なさそうだったかな? じゃ、お金はもともと払わなくてもOKだ」

 ここに来るまでの間に、それなりに気がついたことがある。

 それはともかく、アイツはベッドに顔を押し付けて、枕で上からきつく挟み込んだりしている。見ようによっては、耳を塞いでるように見えるかもしれない。

「ねね、返事くらいしなさいよ。なんでずっとだま――」

「うるさい! なんでおまえ、そんなテンションたかいんだ?!」

 ――やはりか。コイツこっちの声が聞こえていやがった。ついでに見えてもいそうだ。

「……なんで無視してたの?」

 この状況、いろいろコイツのおかげ――いやいや、コイツのせいだというのに、露骨に無視されていたのでは腹も立つ。

「……おまえ、分かってないみたいだけどな? 考えてること、だいたい筒抜けだぞ」

 なんと。話す手間が省ける。とかささやかに思っていたら、盛大に溜め息を吐かれた。けっこうしっかり聞こえているみたいだ。

「溜め息、イヤとかいってたくせに。それにアンタのせいなんだから」

「……なんで、オレだよ?」

 コイツ、私のことを殺しておいて、口尖らせやがった。

「あー……、嘘だよ? これくらいで落ち込まないでほしい」

 勝手に私の思考を覗いておいて、落ち込まれても。

「……も、やだ。おまえ、こころんなかで容赦なさすぎ」

 ……少しだけ、傷ついた。心の中なんて、私だって恥ずかしいのに。

「あ、ごめ――」

「くっくっ、やばい。なんか、すごく楽しい」

 その狼狽しきりの無様を、ひとしきり笑わせてもらう。

……さて、なんだか不貞腐れているので、そろそろ説明しなければならないだろうか。どこをどうすると、コイツのせいになるのか。

「……いいけど。おまえ、ほんとにオレの名前、知らないのな。

 コイツにアイツに――それからアンタ。ちっとも、オレのこと名前で呼んでないし」

「じゃ、なに? アンタは私のこと、こころんなかでは名前で呼んでるんだ」

 急に真っ赤になった。――なんか、気持ち悪い。

「あー、もう。私が考えてることで、いちいちへこまない! こっちでも気をつけるから。

 で、話を進めると――」



 ――――私はね。幽霊になんて、なるはずがないんだよ



 取って置きの秘密を晒すかのように、まことしやかに囁いた。

 確証なんて何一つありはしないが。確信だけはこの胸に、澱のように沈んでいたから。

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