5話 付き合いたいの?
そんなわけで、俺は昼休みをほぼ毎日、舞岡と過ごすようになった。もっとも、あいつが後から勝手に来て居座っているだけなのだが。
最近では、俺が寝るときには膝枕を提供して静かにしていてくれるので、まあいいか、と思っている。
今日もいつも通り弁当を食べてからペットボトルのお茶で喉を潤していると、コンクリートの階段を叩く、リズムのいい上履きの音が近づいてきた。聞き慣れたその足音は、迷うことなく階段を上り切り、俺の隣で止まった。
舞岡がストンと腰を下ろす。ふわりとシャンプーのような清潔な香りが鼻をくすぐる。
膝を抱えて壁に背中を預ける彼女の姿は、教室で見せる『お淑やかなお嬢様』とは程遠い、どこかだらしない、無防備な少女の姿だ。
緩やかな世間話がしばらく続いた後、徐々にその口調に棘が混じり始める。
「てかさ、マジで私の噂が酷すぎるんだけど」
舞岡は整った顔をむすっと歪める。
そういえば、以前もそんな不満を漏らしていたな。
「へー。どんな噂?」
「何か色んな男を取っ替え引っ替えしてるとか、他校の男子と遊びまくってるとか言われてるみたいなの」
「まじ? それはそれは、派手にやってますなぁ」
「やってないって言ってるでしょ!?」
「お、おう。そうだったな……」
眉を吊り上げて訴える舞岡に、俺は思わずたじろぐ。適当にリアクションし過ぎたな……
「大体同じ学校にすらろくに友達が居ないのに他校の男子って……言い出した奴は舐めてるんじゃないの? マジで!」
「噂って凄いなぁ」
男と交際した経験がない彼女に対して、ここまで尾ひれがついた恋愛遍歴が捏造されるとは。今後噂はあまり信じないことにしよう。
「あんたは私を信じるわよね?」
「まあ直接お前から聞いてるしな。ていうかその噂も知らないし」
「そう。良かったわ」
大体、噂なんて伝言ゲームの末に肥大化する。発生源から舞岡本人に辿り着くまでに生徒たちが又聞きを繰り返しているわけだし、最初は誰かの軽口かちょっとした誤解だったものが、大きな話になっている可能性がある。
「多分、同じ学校の男とは付き合わないから、他校うんぬんの話になったんじゃないか?」
舞岡は美人ではあるが、ストレートの黒髪で、派手な化粧をしているわけでもない。見た目は清楚系女子だ。彼女より派手で遊んでそうな見た目の女子なんていくらでもいる。それなのに彼女にそんな噂が立つだなんて、余程男にモテるのだろう。
「……一体どうしたらいいの?」
「誰かと真剣に付き合えばいいんじゃないか? そうすれば遊び人とか言われなくなると思うよ」
多分ね。一途なところも見せられるし、告白する男も減るだろう。女子からも嫌われなくなるはずだ。
「告白してくる男と恋人になるってこと? 嫌に決まってるんですけど」
「嫌に決まってるのか……」
「だってそんな知らない男に興味ないし、恋人になっても何をどうしたらいいのかわかんないもん」
「告白してくる男って知らない奴ばっかりなのか?」
「ほとんどは全然知らない人よ。話したことはあるのかもしれないけど、あんまり覚えてないから多分大したことは話してないわ」
「じゃあイケメンだったら付き合ってみようとか思わないの?」
「うーん……」
舞岡は眉を寄せながら天井を見上げ、記憶の底をさらおうとする。だが、すぐに興味を失ったように視線を戻した。
「……付き合おうと思ったことはないわね。そもそも告白してきた男の中にイケメンが居たのかも覚えてないわ」
「やばいね」
こいつマジで男に興味無さ過ぎだろ。高校生ともなれば、誰でも多少なりとも異性や恋愛に興味がありそうなものだが。
多分だけど、こいつが知らないと主張している男の中には、実際には何度か話したことがある男もいるんじゃないだろうか。
そういった無関心さも女子からの反感を買ってそうだ。その男子のことを好きな女子とかいたら最悪。
「大体私と付き合ってどうしたいわけ? 仲良くもないし、私のことなんて何も知らないのにさ」
確かに告白してくる男たちは、こいつがこういう性格だとは知らないだろう。普段はお淑やかな笑顔を振りまいて、天使みたいだとか言われてるくらいだ。
「……そりゃまあ、お前とえっちなこととかしたいんじゃないか?」
「何で私が知らない男と付き合ってえっちなことをしなきゃいけないのよ!?」
「いや知らねーよ。別に断ってるんだからいいだろ」
「もう男子も女子も最悪なんですけど!」
舞岡はぷんすかと鼻を鳴らす。
「一部の人たちの話だろ? みんなそうみたいに言うなよ」
「わかってるわよ!」
確かに、男子に下心を向けられ、女子に変な噂をされれば、どっちも嫌いになりそうだ。
「……モテるのも大変だなぁ」
恋愛に奔放なタイプならこの状況も楽しめたのかもしれないが、こいつのように男に興味のない女子にとっては面倒なだけかもしれない。世の中良識のある男ばかりとは限らないし。
ちなみに男が女子にモテ過ぎていても大変だなぁとは全くならない。ただ羨ましいとか妬ましいとか思うだけだ。だからと言って悪い噂を立てようなどとは思わないけれど。
舞岡は今だに不機嫌そうにぶつぶつ文句を垂れ流している。放っておけば、午後の授業が始まるまで続きそうだ。
しかし、そろそろ寝たいので、機嫌を直して貰おう。こいつの扱いなんて簡単だ。適当に煽ててやればいい。
「舞岡さんは美人だから、寄ってくる男が多いんだろな」
「…………うん」
「それに優しくて良い子だし、女子の多くは嫌っていないと思うよ」
「でも、睨まれたり、変な噂もされるし……」
さっきまでの鋭利な毒気が、見る間に霧散していく。彼女の頬は、淡い朱色に染まっている。やっぱり煽てられやすい奴だ。
「アイドルでもアンチはいるからな。俺は舞岡さんとこうやってお喋りするのが楽しいな」
「えへへ……そうかな……」
舞岡は指先で自分の黒髪をいじり、視線を泳がせる。
「あんたがそう言うなら、まあいいか……」
彼女の口角は緩みっぱなしである。あまりのチョロさに俺のほうが呆れてしまう。
「……じゃあそろそろ寝たいんだけど」
「しょうがないわね。はい」
舞岡は上機嫌で床にぺたんと女の子座りをすると、スカートの裾を整え、眩しいほどに白い太ももをぽんと叩く。
「ん……」
促されるままに体を倒し、彼女の太腿に頭を預ける。後頭部が、彼女の太腿をわずかに沈ませる。女子らしい柔和な温かさと柔らかさがスカート越しに伝わってくる。
その膝枕の持ち主は、しばらく上機嫌で鼻歌でも歌い出しそうな様子だったが、ふと我に返ったように声を上げた。
「はっ……何かまた騙された気がする……!」
騙してはいない。ちょっと煽てただけで、彼女がビックリするくらいチョロいのだ。今後彼女を不機嫌にさせたときは、とにかく煽ててやることにしよう。チョロくて楽だから。
ふと疑問が芽生える。
これほど攻略が容易な彼女が、何故陥落を免れているのか。
「なぁ、お前モテるとか言ってるけど、そんなに告白とかされるのか?」
仰向けになると、こちらを覗き込む舞岡の顔が視界に収まる。彼女の黒髪がさらりと零れている。
「まあね。去年は30回くらいは告白されたかな」
「え、マジ!?」
「うん。ちゃんとは数えてないけど」
「モテ過ぎだろ。そりゃ女子に嫌われるかもな」
1年間で30回? 中学時代とかも含めたら一体どうなるんだ。同性の嫉妬を買うには十分過ぎる数字だろう。
「そうなのよ。そのうちほんとに虐められるかもしれないわ」
「マジかよ可哀想……」
俺は哀れみの目を彼女へ向ける。
「いや何で他人事なの。虐められたら助けてくれるんでしょ?」
「プロレスラーみたいな女が来なければな」
「そんなのに虐められたら即学校辞めるわ」
そんなのに虐められたら俺でも学校辞めるわ。戦うのは無理だから。でも大学へは行きたいから、別の高校へ行くか大検でも受ける。
「それはともかく、お前男から可愛いとか美人だとか言われるんじゃないのか?」
「まあ言われるわね。理想の女の子とか」
そりゃお前は普段、猫を被って笑顔を振り撒いているからな。それに美貌が加わるので、理想の女の子にもなりそうだ。
「そのときは『嬉しい! 付き合う!』とはならないのか?」
「何故か全くならないわね。その人に興味もないし、下心があるのがわかるからかなぁ」
「ふーん」
確かにそういった男たちには、ほぼ下心があるだろう。知らない男なら興味もなくて当然だ。だからってこのチョロい女がよく引っ掛からないなと思うけど。
「それにその人たちって猫を被ってる私のことを好きなわけでしょ? 毎日猫を被って付き合うのとか面倒だと思うのよね」
「…………」
俺も猫を被ってるお前の方が好きなんだけど。天使みたいにお淑やかに微笑みながら、話したり膝枕をして欲しい。
「何よ?」
俺が何かを言いたそうにしていたからか、舞岡が顔を顰めて見下ろしてきた。
「……いや、まあお前は猫を被らなくても付き合いたいっていう男はいると思うよ。顔は可愛いんだし」
「……」
舞岡は少し驚いたように目を見開いた。
「何? あんた私と付き合いたいの?」
「あはは、それ超ウケる」
「殴るわよ」
舞岡はむっとしながら拳を振り上げる。こいつ、膝枕をしてるこの状況で顔面を殴る気か? 鬼過ぎるだろ。
「やめて。つーかもう眠いし寝るわ」
「……はーい」
舞岡が拳を下ろすのを確認し、俺は横向きに寝返った。




