14話 日常
電話を終えた俺は、スマホをベッドの上へ放り投げた。
制服のブレザーを脱ぎ、ネクタイとワイシャツのボタンをはずす。そして部屋着に着替えているうちに、段々と冷静になってきた。
少し感情的になり過ぎたかもしれない。無茶苦茶な展開に巻き込まれたせいで、俺としたことが大人げなく怒鳴ってしまった。あいつの反省の色が薄そうだったせいもあるけど。
落ち着いて考えると、あいつに悪気があったわけではなかった。ただ単純に馬鹿なだけで。一応謝ってたしな……。
もう一度電話して、俺も怒鳴ったことを謝っておくべきだろうか。
うーん……まあ後でいいか。少しくらい反省させてやってもいいだろう。
でもあの嘘告白は、女子を味方につける手としては上手かったな。被害者が俺でなければ、あの場でそんな策を思い付いたことを褒めてやりたいくらいだ。
いや、思い付いたことよりも実行したことの方が凄いな。みんなの前で嘘告白だなんて、普通はなかなか出来ない。あいつ、マジでめちゃくちゃだ。
断固として断る選択肢もあったが、たかが嘘告白にくそ真面目に返事をして教室を変な空気にしてしまうより、偽恋人になることを選んだ。
その結果、あいつは女子から支持と祝福を受け、俺は男子から物騒な声を浴びせられる羽目になった。殴るとか呪うとか、校舎裏へ来いとか……怖すぎるだろ。今後人気のないところに呼び出されても絶対に行かない。
別に舞岡が嫌われていたのは俺のせいじゃないが、とてつもないカウンターでも食らった気分だ。あいつの話に適当に相槌を打っていた罰が当たったか……。
◇
リビングへ入ると、姉さんがいつものようにソファでだらしなく寝転がっていた。足を投げ出して寛ぎながら、テレビの画面を眺めている。
「何見てんの?」
俺はキッチンで入れてきたウーロン茶のグラスを口へ運びながら、声をかける。
「昨日録画しておいた映画」
「……ふーん」
タイトルを尋ねたんだけどな。
姉さんは映画やドラマが好きらしく、毎日色んなものを録画して、暇さえあればソファでだらだらしながら観ている。
俺はテーブルにグラスを置いて、姉さんの隣に腰を下ろす。
すると待ってましたとばかりに、姉さんが俺の膝の上に頭を乗せてきた。
「頭撫でて」
「はいはい」
俺は素直にその頭を撫で始める。いつものことだ。
細くて柔らかい髪が、指の間をすり抜けていく。こうしていると、まるで飼い猫でも撫でている気分だ。
映画は徐々にクライマックスへと差し掛かり、俺の視線は画面に釘付けになっていた。アクションの緊張感に息を呑み、自然と手が止まる。
「んー」
抗議のような声を聞いて、俺は苦笑しながら撫でる手を再稼働させる。
映画が終わると、姉さんは起き上がりもせず、リモコンを手探りで操作してチャンネルを変えた。画面にはニュース番組が流れ始めた。
「さっき誰と電話してたの?」
俺の太ももに顔を押し付けながら、姉さんが尋ねてくる。声が聞こえてたのか。
「クラスメイトだよ」
「随分と怒ってたね」
「ちょっと色々あってね」
「ふーん。女?」
「……うん、まぁ」
「ばーか」
横腹を指で突いてきた。まるで嫉妬しているみたいだが、基本的に発言が適当な人なので、気にしない。
姉の名前は三島葵。一つ年上で、同じ高校の3年生だ。肩先で不揃いに流れる黒髪が、飾らない性格を物語っている。顔は人形のように整っていて、体は見るからに華奢だ。
昔から学業の成績はいいらしいが、かなりのぐうたら女で姉らしいことは何も出来ない。家事なんかしているところを見たことがない。
姉さんは映画を観終えて眠くなったのか、俺の膝の上で寝息をたて始めた。
俺はポケットからスマホを取り出し、英単語アプリを起動する。手軽に暗記ができるので重宝しているアプリだ。
家族は姉と母と俺の三人。父親は亡くなっており、母親は仕事で帰宅が遅い日が多いので、平日は基本的に俺が夕飯を作っている。
姉さんは満足そうにただそれを口へ運ぶ。女王のような姉に思われそうだが、そうではない。一言で言えば甘えん坊なのだ。
夕暮れ時になると、姉さんは目を覚まし、もぞもぞと身をよじった。
「……お腹すいた」
「じゃあ夕飯を作るよ。何がいい?」
「オムライス。トマトソースで」
「わかった」
俺が立ち上がると、姉さんは名残惜しそうに体を起こし、ソファの上で伸びをする。
「サラダとスープも付けてね」
「はいはい」
背中越しの声に答えながら、キッチンへと向かう。
トマトソースのオムライスは姉さんの好物で、作る機会が多い。まあ簡単だからいいけど。俺も好きだし。
フライパンにバターを溶かし、溶いた卵を流し込み、表面が固まる直前でチキンライスを包み込む。それを皿に乗せて、仕上げにトマトソースをかける。
淡々と作業を終え、出来上がった料理をテーブルに並べる。オムライスとサラダ、それにオニオンスープだ。
「いただきます」
「どうぞ」
姉さんはスプーンを手に取り、オムライスを静かに口へ運ぶ。
「美味しい」
満足そうに食べる姿を見て、自然と頬が緩む。
俺もオムライスを食べ始める。うん、我ながら美味い。
二人で他愛のない会話を交わしながら食事を進めていると、玄関の扉がガチャリと音を立てて開き、「ただいまー」という声が聞こえてきた。
続いてスリッパの音がぱたぱたと近づき、母さんが顔を見せる。
「お帰り」
「お帰りなさい」
「ただいま。はあ〜、疲れた〜」
母さんは鞄を壁際に放り出し、ソファにどさりと腰を下ろした。ぐったりとした仕草と深いため息から、疲れているのが伝わってくる。
「お疲れ様。ご飯どうする?」
スプーンを止めて、声をかける。
「……あんたたち、何食べてるの?」
「オムライスだよ。姉さんの希望で」
「また? ほんと好きね」
「母さんには別のものも作れるけど?」
母さんは「うーん」と少し悩む。
「魚を食べたいわ」
「おっけい」
ちょうど食べ終えた俺は、空いた皿を持ってキッチンへと向かう。
何を作ろうかと冷蔵庫を覗き込み、少し考える。ぶりがあるから照り焼きにするか。サラダはさっきの残りでいいとして、豆腐とワカメの味噌汁も作るとしよう。
作り終えてテーブルに並べると、母さんは嬉しそうに「いただきまーす」と言って食べ始めた。
風呂に入った後は、自室の机に向かう。
予習と復習をしてから、苦手な部分を集中的に潰していく。成績を落とさないよう、毎日の勉強は怠らない。
これが俺の日常だ。




