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14話 日常

 電話を終えた俺は、スマホをベッドの上へ放り投げた。


 制服のブレザーを脱ぎ、ネクタイとワイシャツのボタンをはずす。


 そして部屋着に着替えているうちに、段々と冷静になってきた。


 少し怒り過ぎてしまったかもしれない。無茶苦茶な展開に巻き込まれたせいで、俺としたことが大人気なく怒鳴ってしまった。


 あいつの反省の色が薄そうだったせいもあるけど。


 冷静になって考えると、あいつに悪気があったわけではなかった。ただ単純に馬鹿なだけで。


 一応謝ってたしな……


 もう一度電話して、俺も怒鳴ったことを謝っておくべきだろうか。


 うーん。まあ後でいいか。少しくらい反省させてやってもいいだろう。


 でもあの嘘告白は女子を味方にすることに関してだけは上手い手だったな。被害者が俺でなければ、あの場でそんな策を思い付いたことを褒めてやりたいくらいだ。


 いや、思い付いたことよりも実行したことの方が凄いな。みんなの前で嘘告白だなんて、思い付いたとしても普通はなかなか出来ない。あいつマジでめちゃくちゃだわ。


 断固として断る選択肢もあったが、たかが嘘告白にくそ真面目に返事をして教室を変な空気にしてしまうより、偽恋人になることを選んだ。


 結果、女子からは支持と祝福を受けたが、男子からは物騒な声が飛んできた。


 以前から舞岡は女子に嫌われていると愚痴っていたが、今日1日で一気に状況をひっくり返された。


 別に俺のせいで彼女が嫌われていたわけじゃないが、とてつもないカウンターでも食らった気分だ。あいつの話に適当に相槌を打っていた罰が当たったか……


 殴るとか呪うとか、校舎裏へ来いとか……怖過ぎるだろ。


 今後人気のないところに呼び出されても絶対に行かない。



 リビングへ入ると、姉さんがいつものようにソファでだらしなく寝転がっていた。足を投げ出して寛ぎながら、テレビの画面を眺めている。


「何見てんの?」


 俺はキッチンで入れてきたウーロン茶のグラスを持ちながら、他愛のない問いを投げる。


「……昨日録画しておいた映画」


 姉さんはゆっくりと体を起こし、ソファの上であぐらをかいた。タイトルを尋ねたんだけどな。


「ふーん」


 姉は映画やドラマが好きらしく、毎日色んなものを録画していて、暇さえあればソファでだらだらしながら観ている。


 俺はテーブルにグラスを置いて、彼女の隣に腰を下ろす。


 すると待ってましたとばかりに姉さんが倒れかかってきて、俺の膝の上に頭を乗せた。


「頭撫でて」

「はいはい」


 俺は素直に彼女の頭を撫で始める。いつものことだ。


 細くて柔らかい髪が、指の間をすり抜けていく。こうしていると、まるで飼い猫である。


 映画は徐々にクライマックスへと差し掛かり、俺の視線は画面へと釘付けとなっていた。アクションの緊張感に息を呑み、手を止める。


「んー」


 抗議のように発する声を聞いて、俺は苦笑しながら撫でる手を再稼働させる。


 映画が終わると、姉は起き上がりもせず、リモコンを手探りで操作してチャンネルを変えた。画面にはニュース番組が流れ始めた。


「さっき誰と電話してたの?」


 俺の太ももに顔をもにょもにょと押し付けながら尋ねてきた。声が聞こえていたのか。感情的になって大きな声で怒鳴ってしまったからな。


「クラスメイトだよ」

「随分と怒ってたね」

「ちょっと色々あってね」

「ふーん。女?」

「……うん、まぁ」

「ばーか」


 横腹を指で突いてきた。まるで嫉妬しているかのような物言いだが、基本的に発言が適当な人なので、気にしない。


 姉の名前は三島葵。1つ年上で、同じ高校の3年生だ。肩先で不揃いに流れる黒髪が、彼女の飾らない性格を物語っている。顔は人形のように整っていて、体は見るからに華奢だ。


 彼女は昔から学業の成績は良いらしいが、かなりのぐうたら女で姉らしいことは何も出来ない。家事なんかしているところを見たことがない。


 姉さんは映画を観終えて眠くなったのか、俺の膝の上で寝息をたて始めた。


 俺はポケットからスマホを取り出し、英単語アプリを起動する。どこでも気軽に英単語の暗記が出来るのでとても便利なアプリだ。


 俺は姉を膝の上で寝かせたまま、暗記を続けた。


 家族は姉と母と俺の3人。父親は亡くなっており、母親は仕事で帰宅が遅い日が多いので、平日は基本的に俺が夕飯を作っている。姉は満足そうにただそれを口へ運ぶ。


 女王のような姉に思われそうだが、そうではない。一言で言えば甘えん坊なのだ。


 夕暮れ時になると、姉は目を覚まし、もぞもぞと身を捩った。


「……お腹すいた」

「じゃあ夕飯を作るよ。何がいい?」

「オムライス。トマトソースで」

「わかった」


 俺が立ち上がると、姉は名残惜しそうにしながら体を起こし、ソファの上で伸びをする。


「サラダとスープも付けてね」

「はいはい」


 背中から飛んできた声に答えながら、キッチンへと向かう。


 姉はトマトソースのオムライスが好物な為、作る機会が多い。まあ簡単だからいいけど。俺も好きだし。


 フライパンにバターを溶かし、手早く卵を滑らせ、表面が固まる直前でチキンライスを包み込む。そして、特製トマトソースをたっぷりとかける。


 淡々と作業を終え、夕食をテーブルに並べる。トマトソースのオムライスとサラダとオニオンスープだ。


「頂きます」

「どうぞ」


 姉さんはスプーンを手に取り、トマトソースが掛かったオムライスを、静かに口へ運ぶ。


「美味しい」


 頬を緩ませた彼女の表情を見て、俺も頬が緩む。やっぱり作ったからには美味しいと言われたいからな。


 俺もオムライスを食べ始める。我ながら美味い。姉さんと同じで、俺もトマトソースのものが好きだ。


 夕食を口に運んでいると、玄関の扉がガチャリと音を立てて開き、「ただいまー」という母さんの声がリビングに響いてきた。 


 続いてスリッパの音がぱたぱたと近づき、ほどなくして彼女が顔を見せる。


「お帰り」

「お帰りなさい」

「ただいま。はあ〜、疲れた〜」


 母さんは鞄を壁際に放り出し、ソファにどさりと腰を下ろした。ぐったりとした仕草とため息混じりの声から、疲れているのが伝わってくる。いつもお仕事お疲れ様です。


「あんたたち、何食べてるの?」

「オムライスだよ。姉さんの希望で」

「また? ほんと好きね」

「母さんには別のものも作れるけど?」


 母さんは「んー」と少し悩む。


「魚を食べたいわ」

「おっけい」


 丁度食べ終えた俺は、立ち上がり、キッチンへと向かう。


 何を作ろうかと冷蔵庫を覗き込み、少し考える。ぶりがあるから照り焼きとかでいいか。


 サラダはさっき作ったものが残っている。豆腐とワカメの味噌汁も作ろう。


 作り終えてテーブルに並べると、母さんは嬉しそうに「頂きまーす」と言って食べ始めた。


 風呂に入って、その後は自室の机に向かう。


 まずは授業の予習、復習。次に苦手だと思うところを主に勉強し、さらに今までやってきた総復習もやっていく。勉強は成績を落とさないために怠らない。


 これが俺の日常だ。

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