氷上の調律と3Aの刃
大阪の朝は、薄い靄が氷面を覆うように訪れた。
関西アイスリンクの練習場には、早くも珏のスケートブレードが氷を切る「シャッ」という音が響き渡っていた。
新しいフリープログラム「1942年の夏」の編舞調整が本格始まった。
珏は助走をつけ、音楽の節拍に合わせて滑り出す。
金塑龍が場辺で腕を組み、眉を寄せる。
「手先を弧を描くように伸ばす——二拍前で肩を落とし、三拍目で緩やかに開く。フレーズの余白に君の息を合わせろ。」
珏は指示に従って動くが、ステップシークエンスの衔接で動きが生硬になる。
「ここが詰まってる。」
金塑龍がスケートを履いて氷上に滑り込み、珏の手を取る。
「重心を左足に移しながら、右足で氷を軽く叩く。このリズムで滑れば、自然に次の動きにつながる。」
繰り返し練習するうち、ステップはなめらかになるが、3Aの着地で新たな問題が発生——空中の回転は安定したのに、着地のエッジが浅く、足元が少し浮く。
「刃が深く切れていない。」
鹿島コーチが杖を地面に叩く。
「ジャンプは力じゃない。呼吸で跳べ。着地時に腹を締め、氷に刃を深く喰わせる。」
珏は再度助走をつける。
音楽の高音が流れた瞬間、母に抱かれていた記憶が蘇る——暗い部屋で、この旋律に合わせて母が自分の手を揺らしていた。
その温もりを胸に、自然と手先が柔らかく開き、跳び上がる瞬間に息を止める。
空中で三周半を回転し、着地時に膝を柔らかく曲げて刃を深く切る——「シュッ」と音が響き、安定して着地した。
「いい調子だ!」
場辺から翔太の声が響く。
少年はランドセルを背負い、紙を高く掲げる。
「兄ちゃん! 新しいプログラムの絵描いた! この手の動き、前よりきれいだね!」
紙には、珏がスピンをしている姿が歪んだ線で描かれており、周りに「キレイ!」と書かれている。
「翔太の絵、助かる。」
珏が頭を揉むと、寺岡隼人が滑り寄ってきた。
「珏! さっきの3A、超カッケー!」
青い練習着の少年は興奮して跳ね上がり、金塑龍の編舞を真似て腕を揺らす——どうしても生硬な動きで、周りの子供たちが笑い出す。
「寺岡、手先をもっと柔らかく!」
珏が指摘すると、寺岡はへこむけど、すぐに再び挑戦する。
休憩を挟んで練習を再開すると、金塑龍がノートを開く。
「スピンの部分、回転数は足りるが、上半身のシェイプが乱れる。背中を伸ばし、肩を固定しろ。」
彼は筆で空中をなぞり、「音楽のフレーズが変わる瞬間に、頭を少し上げる。それで物語性が出る。」
夕暮れが近づくにつれ、氷面には長い影が伸びる。
珏は最後にプログラムの前半を一気に滑る——ステップの衔接が自然になり、3Aの着地刃も深まり、音楽との契合度が段違いに上がった。
俊介おじさんが携帯で録画し、満足そうに頷く。
「今日はここまで。」
金塑龍が氷から下りる。
「明日は後半の調整をする。この調子でいけば、大会に間に合う。」
珏がスケートを脱ぐと、携帯が震える。
父からの電話だ。
「小玉……母さんが、君の名前をつぶやいたよ。」
父の声が震えている。
「看護師が言うと、音楽を流したら、指を動かしたって。明日、プログラムの録画を持ってきてみないか?」
珏の喉が詰まるような感じがして、うまく言葉が出ない。
「……知道了。明日、必ず持ってくる。」
夜風が氷場の冷気を運んでくるが、珏の胸は熱い。
編舞の詰まりも解け、3Aの技術も安定し、母の反応が新たな力になる。
——このプログラムで、母に見せたい。
少年の目には、輝きが宿り、足取りは確かに前へ進む。
新プログラムがだんだん形になり、母の反応も嬉しいニュースだね~
金さんの専門的な指導、翔太の絵、寺岡くんの熱血応援が超癒やし!
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応援が珏の力になるよっ!
また次で会おうね~




