朝練りのメニューと鹿島コーチの指導
鈴木俊介の家は大阪北区の和式アパートにある。
玄関の下駄箱には三足のスリッパが並んでいた――一番大きいのは俊介のもの。
真ん中のグレーの新しいスリッパは、ヒールがまだ磨かれておらず、明らかに珏用に用意されたものだ。
一番小さい青色のスリッパには、翔太の好きな『アンパンマン』の絵がプリントされ、つま先には歪んだ『翔』の字が刺繍されていた――俊介の手作りに違いない。
「早くコートを脱いで。」
俊介は屈んで珏の荷物袋を受け取り、袋底の擦り切れた布地に指を当てる。
「これだけ着替え?」
珏は頷き、翔太のマフラーを解く手を伸ばした。
翔太の左足はまだ完全に力を入れられない。
珏が支えて畳の上に上げると、子供の目はすぐにこたつに向いた――大阪十二月の風は雨粒を含んで冷たいが、こたつの炭火は勢いよく燃え、オレンジ色の火光が翔太の膝の包帯に当たり、柔らかい毛布のように包んでいた。
俊介はキッチンから二杯の味噌汁を端に置く。
椀の桜模様は洗いすぎて薄くなっていた。
「朝から煮たんだ、納豆ご飯と一緒に食べな。」
彼は翔太の椀をこたつのそばに寄せ、珏の椀には豆腐を一さじ多く盛った。
「二時間も電車に乗ったんだから、きっとお腹空いただろう。」
珏が箸を手に取ると、箸置きがスケートブレードの破片で作られていることに気づいた。
縁は滑らかに磨かれ、小さな『J』の字が刻まれている。
彼は思わずポケットのネジ回しを触った――去年のクリスマス、俊介が「滑りたくなったらこれで調整できる」と渡したものだ。
当時彼は笑って「バレエの方が好き」と答えていた。
「翔太のリハビリプランは医師に聞いたよ。」
俊介は味噌汁を一口飲み、自然に話題を翔太の足へ移した。
「毎日適度に動かすといいそうだ。午後、アイスリンクで朝練を指導するから、暖房は十分にあたたかい。一緒に散歩しに行かないか?」
翔太の目が一気に輝き、珏の袖口を掴んで揺らした。
「兄ちゃん、氷を見に行きたい!」
珏の視線はこたつ横のスケートバッグに落ちた――ジッパーは閉まっておらず、黒いブレードカバーの一部が覗いている。
母がいつもバレエシューズのサテンを拭いてくれたことを思い出す。
今、そのピンクのシューズは病院のロッカーの奥に置かれたままだ。
「行こう。」
珏は最後の一口を口に入れ、声はいつもより柔らかかった。
「ちょうど君の足を動かすために。」
アパートから関西アイスリンクまでバスで二十分。
降りた瞬間、翔太が珏の手を握った。
「兄ちゃん、アイスリンクは寒いの?」
珏が「たぶん」と答えようとしたとき、俊介はすでに自分のマフラーを外し、翔太の首に巻いた。
「暖房の中は寒くないよ。入る時だけ少し風がするだけ。」
ガラスのドアを開けると、寒気と氷の破片の匂いが押し寄せる。
珏は思わず首を縮めた――おじさんの家のこたつの暖かさに比べると、まるで冷たい霧に包まれている。
入口掲示板にはトレーニングスケジュールが貼られ、一番上に赤ペンで「青少年組朝練7:00-9:30」、下に小字で「鹿島コーチ指導日毎週水・金」と注釈されていた。
「鹿島コーチは俺の師匠だ。」
俊介は翔太のマフラーを直しながら言った。
「昔、3Tを練習してよく転んだとき、彼が一ヶ月間、落ちた重心を直すよう指導してくれた。今でも『当時は木こりのようだった』と言うんだ。」
リンク上では、青い練習着の十数人の子供たちが円を描いて滑っている。
コーチは「膝をもっと曲げろ」「エッジをはっきりさせろ」と声をかける。
スケートブレードが氷面を切る「ギシャ」という音は、薄氷を噛み砕くように脆い。
翔太は手すりにつかまり見入り、小手でガラスに円を描きながら小声で「一つ、二つ……」と数えていた――子供たちが跳ぶ回数を数えているのだ。
珏の視線は端で2Aを練習している女の子に落ちた。
三度転んで起き上がるたび、まずコーチにお辞儀し、次にスケートブレードを触る。
四度目のジャンプ時、珏は無意識にポケットのネジ回しを握り締めた――緊張すると小物を触る癖だ。
「試してみる?」
俊介は黒いスケートを差し出した。
舌革のロゴはほとんど磨り減っている。
「俺が昔履いていたものだ。サイズを直したから、君の足に合うはず。」
珏の心拍は一瞬止まる。
指先のネジ回しが掌を刺すように疼いた。
「……僕、もうずっと滑ってないんです。」
後ろに半歩下がり、視線を避けるが、翔太の期待の目とぶつかる――子供は手すりにつかまり、彼を見上げている。目の中はリンクのライトで輝いていた。
「十分間だけ。」
俊介はスケートをベンチに置き、蹲って翔太の膝を揉む。
「翔太も兄ちゃんの滑りを見たいだろ?」
翔太は力強く頷き、珏の衣角を掴んだ。
「兄ちゃん、ここで見てるよ……走らないから。」
珏は蹲り、緩んだマフラーを巻き直し、包帯に指を触れた。
「寒い?」
翔太は首を振り、凍えた小手を珏のポケットに入れた。
珏は長い間滑りを見つめた――靴ひもに浅い傷があり、俊介が全日青少年選手権で転んだ跡だ。
俊介は当時「この傷は勲章、怖くなかった証」と言った。
珏は靴ひもを解き、足をスケートに入れる――舌革が足首に当たり、温かく、まるで事前にあたためていたかのようだ。
氷面にスケートブレードが触れると、珏はよろめき、すぐバリアーに手をついた。
周囲の子供たちは好奇そうに見ている。
俊介はバリアーの外で叫んだ。
「まず二周り滑って感覚をつかめ、急がなくていい。」
一回目は生涩だった。
膝がこわばり、氷面の抵抗は記憶より大きい。
二回目の半ば、鹿島コーチの言葉を思い出す――「スケーティングはコットンの上を歩くように、重心は体に追従させろ」。
無意識に膝を曲げると、抵抗は軽くなり、軌道も滑らかになった。
三回目、バリアー外で手を振る翔太を見た。
子供は高く跳び、満面の笑み。
珏の口角もそっと上がり、簡単なアーレーベンを試す。
体を氷面に近づけ、腕を伸ばす。
ブレードは氷に細長い弧を描いた。
「すごい!」
翔太は拍手し、声はリンク内に響く。
俊介はバリアーにもたれ、携帯で写真を撮った。
画面の珏は頭を下げ、額の前髪が垂れているが、滑りの姿は子供の頃そっくり――六歳で初めて氷に上がった時、俊介について半周滑れたのを見て、彼は澄子に「この子はスケートの才能がある」と言った。
十分はあっという間に過ぎた。
珏がスケートを脱ごうとした時、俊介が白いトレーニングボードを差し出した。
上面に「3T着地重心練習」、下に小さな模式図。
指腹が文字に触れ、母がスケートを拭いてくれた姿を思い出した――当時母は「珏のブレードは人が映るくらい輝かせなきゃ」と言った。
心が締め付けられる。
「おじさん、」
珏の声は少しかすれた。
「上手く滑れたら、金って稼げますか?」
俊介は一瞬驚くが、蹲って彼の目を見つめる。
「稼げる。大会に出れば賞金ももらえるし、スポンサーもつく。その時、一緒に君の母の治療費を稼ごう。」
珏はボードを胸に抱き、指腹で「3T」を繰り返し撫でる。
氷場の寒さが上がってくるが、心はこたつで温められたように熱く、とろけそうだ。
「明日も練習に来ます。」
翔太が駆け寄り、珏の足を抱く。
「兄ちゃん、明日も応援する!」
俊介は二人を見つめ、岩にメッセージを送った。
「小珏が今日氷に上がった、子供の頃より滑りが上手くなった。翔太もおとなしく、リハビリも協力的。東京でも安心して。」
朝練が終わり、子供たちは列を作って帰る。
珏のそばを通る男の子がスケートを持ち上げ、「明日も来る?一緒に滑ろう」と聞いた。
珏は頷き、遠くに走る背中を見つめ、ふと思った――大阪の冬は、そんなに寒くないかもしれない。
みなさん、読んでくださりありがとうございます!
これからは、毎日お昼に二章ずつ更新していく予定です。
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