抽選の運命と大阪湾の氷風
大阪湾から吹き込む冷たい風が、アイスアリーナの窓を掠めて氷面に細かい霜をつける。
全日本ジュニア選手権 関西ブロック予選の開催日が迫り、全国各地のジュニア選手たちが大阪に集まり、会場内の緊張感がどんよりと高まっている。
珏は俊介に連れられ、選手待合室で最後のストレッチをする。
練習着の上に薄手のフリースを羽織った少年は、指先でスケートブレードの刃先を確かめながら、俊介の話を聞く。
「今日の強敵は二人体だ。寺岡隼人と橘健太だ。」俊介がノートを開き、選手のデータを指し示す。「寺岡は滑走が柔らかく、3Aの成功率が7割を超えた。橘は回転力が強く、3Lz+3Tの連跳を安定して決めれる——金さんが編舞した『1942年の夏』で、君の長所を活かせるかが鍵だ。」
金塑龍がスケートを履いて氷上から下りてくる。
眼鏡を推しながら、珏の練習の軌道を筆で描く。「『1942年の夏』の旋律に合わせた跳躍のタイミング、まだ少しずれている。特に3Aの助走は、音楽の重音の0.5秒前に始めると、軸が安定する。」
彼は珏の肩に手を当てる。「肩の力を抜け。音楽に体を任せれば、自然に動きが出る。」
選手待合室のソファで休憩すると、珏は偶然藤田悠真と遭遇した。
全日本ジュニアでも常に上位に入る実力者は、灰色のトレーニングウェアを着て、ホットコーヒーを啜っている。
「前に関西選抜で一緒に戦ったことがあるな。」藤田が笑いながら話す。「君の『Jane Eyre Theme』、当时から印象的だった。柔らかい手の動きと回転の速さが、他の選手より一際光っていた。」
珏は仰ぎ上げ、率直に問う。「藤田さんの選曲は『四季 冬』だけど、ちょっと藤田さんの雰囲気と違う気がする…。なんでクラシックを選ぶんだ?もっと熱い曲が合うと思う。」
少年の質問に、藤田は苦笑いする。「監督が『クラシックは審判に受ける』って言うからだ。俺は感情表現が苦手なので、妥協したんだ。」
「でも、金さんが言うには、『自分に合う音楽で滑れば、演技力も上がる』って。」珏は眉を寄せる。「藤田さんが本当に好きな曲で滑れば、もっと良いプログラムになると思う。」
抽選の時間が近づき、大会事務局のスタッフが銀色の抽選箱を持って登場する。
「関西地区代表、順番に抽選をお願いします!」
選手たちが一列に並び、珏は深呼吸をして手を箱に伸ばす。紙をゆっくり開くと——「第三グループ、二位出場」と黒いインクが書かれている。
紙を開く音が、静まり返った会場で意外と大きく響き、珏の耳に残る。
その瞬間、隣で抽選を終えた寺岡隼人と目が合った。
青い練習着の少年は、嬉しそうに手を振る。「カク! 同じグループだね! 君の新しいプログラム、超期待してる!」
その横で石黒蓮が紙を開く。
「第三グループ、三位。」
関西で急成長中の新星は、少し緊張した表情で珏に挨拶をする。
続いて橘健太の抽選結果が発表され——「第三グループ、一位」。
これで、珏は最強のライバル二人体に挟まれる形となった。
「大丈夫?」俊介が心配そうに肩を叩く。
珏はバナナを剥いて食べながら頷く。「うん。寺岡さんと橘さんが強ければ強いほど、勝ちたいと思う。」
バナナの糖分で体力を補給し、少年は平然と氷上のウォーミングエリアに向かう。
ウォーミング中、橘健太が3Lzを試す。助走は速いが、起跳時の外刃が一瞬浅くなり、着地時に足元を滑らせる。
「橘の3Lz、エッジが定まっていない。」金塑龍が場辺で小声に分析する。「君は起跳時にアウトエッジを明確に保ち、軸を絞るのを忘れるな。」
珏はその場面を見て、自身の3Lzの練習ポイントを思い出す——足先の点冰の強さ、空中での腕の位置……一つ一つ確かめながら助走を繰り返す。
夕暮れがアイスアリーナの窓から差し込み、氷面に街灯の光が反射する。
珏は最後に「1942年の夏」の旋律に合わせて3Aを試す——助走を加速し、音楽の重音で起跳し、空中で三周半を回転した後、刃を深く切って安定着地する。
「いい調子だ!」俊介の拍手が響く。
抽選結果が会場のスクリーンに表示され、大会の開幕が一分一秒近づく。
珏はスケートを脱ぎ、手袋を取る。指先が少し震えるが、それは緊張ではなく、闘志に満ちた熱意だ。
藤田が場辺から手を振る。「張り切っていけ! 君の音楽との契合度を、全て見せてくれ。」
珏は頷き、再び氷上に向かう。
氷を切る音が鋭く響く。
珏は助走を一気に加速し——
関西最強たちが待つ戦いの中心へと跳び込んでいった。
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珏の関西予選での活躍、お楽しみに!




